第87話 すべてナジャスに任せている
鈴木公平改めヘイス・コーズキーは、ギルドのやり方だと時間がかかるだけでなく盗賊も呼び寄せてしまうことを懸念し、同行者であるナジャスにもギルドを無視するように唆した。しかし、ナジャスは、このまま自分たちが行方不明になれば最悪ドラゴン強奪の罪を着せられる恐れがあると予想、一度はギルドに報告するべきだと主張する。
「ここも似たような造りだな……」
ユーブネの冒険者ギルドを目にしたヘイスの観想である。観光スポットとしては、ヘイス的にマイナス評価らしい。どちらかというとコンビニなどのチェーン店を思わせるようだ。
「ま、わかりやすくていいんだろうけどな」
「どうしたんです? 入りますよ?」
ナジャスに促され、ヘイスもギルドに足を踏み入れる。
現役ギルド職員のナジャスが朝の混雑を予想しピークを避けたつもりだったが、ギルド内は結構混雑していた。流石は領都といったところか。
「すみません。こういう者ですが、話のわかる方を呼んでいただけませんか?」
混雑していたが、ナジャスは何とか手の開いていそうな職員を捕まえ、自らのギルドカードを提示した。もし一般のギルドカードであれば『列に並べ』といわれるだろうし、その並んでいる冒険者たちからも非難轟々だったろうが、ナジャスのカードは職員専用カードだ。別業務扱いである。
「えーと……少々お待ちください」
受付担当職員は『この忙しいのに』といわんばかりだったが、面倒は誰かに押し付けるつもりのようで結果的にスムーズに話が通ったようだ。
そもそも他ギルドの職員の話を受付カウンターでするわけにもいかないのでこの対応は当然なのだ。すぐにお呼びがかかる。
「どうぞ、こちらに」
別の職員に連れられスタッフオンリーの扉を潜った。ヘイスも一般冒険者ながらボルサスのギルドで何度か経験がある。黙って職員の案内に従った。
しばらく応接室で待たされたが、今度もわりとすぐに別の職員がやってきた。
ヘイスの見たところ、貫禄があるわけではないが若すぎるということもない男性職員だ。おそらく主任クラスか、よくて係長クラスだろう。異世界の呼び方は知らないが、いくら別のギルドの職員が来たとはいえ、アポ無しでいきなり部長以上の人間が出てくることはないはずだ。
ヘイスは、ボルサスではいきなり事務長や本部長、ギルドマスターに対面することになったが、それはミゲールという特殊なコネ? があったからだ。ミゲールも結構な地位のはずだが、現場主義らしく、建前より効率だ、という感じでホイホイ上の人間を引っ張り出すのだ。こんな幸運は日本でもないわけではないだろうが、極めて少数の部類だろうことは理解しているため、『もっと上の人間を呼べ!』などとゴネたりはしない。
「お待たせしました。受付主任をしておりますカーシンと申します。どのようなご用件でしょうか?」
どうやらヘイスの見立ては正解だったようである。
交渉ごとはすべてナジャスに任せているのでヘイスは無言のままだ。
「はじめまして。ボルサスから来ました、ナジャスと申します。こちらはある物の輸送の依頼を受けてもらっておりますヘイスさんです」
「どうも……」
「ナジャスさんとヘイスさんですか……職員の方が何故わざわざ? ここのギルド宛の輸送なら買取部門に直接行ってもらえればそれでいいのですが」
「ええ。ここへのお届け物というわけではありません。このギルドを訪れたという報告をボルサスに入れたいと思いまして」
「なるほど。通信の魔道具を使いたいというわけですか。しかし、アレはそう簡単に使用許可が下りるものでは……」
「ええ、存じてます。ですので、ギルマスかサブマスに取り次いでもらいたいと思います」
「いきなりギルマスはちょっと……ん? ボルサス? 輸送って……まさか、ドラ……」
結局『上の人間を呼べ』のパターンになったなあ、などとヘイスが考えていると、受付主任は何かを思い出したようだ。
「あー。知ってましたか……やはり緘口令は出てないようですね?」
「緘口令どころか、街の人間だって知ってますよ。ここ2、3日は商人が押し寄せて受付は大忙しなんですから!」
「それはそれは……お忙しいところ恐縮ですが、そういうわけですからギルマスと面会できるように取り計らっていただけませんか? ああ、なるべく秘密裏に。現物がこのギルドにあると知れ渡れば商人どころか盗賊まで押しかけてくることになりますよ?」
「わ、わかりました。すぐに呼んできます!」
ドラゴンのことを知っていたため話は早かった。
ヘイスとナジャスはまもなく奥まった会議室に移動させられるのであった。
「本部からの連絡より随分早いが、本当にお前たちがドラゴンを運んできたのか? 護衛はどうした?」
会議室でヘイスたちが対面したのは五人。ギルドマスターとサブマスター、残りは幹部だろう。ナジャスが秘密裏にと頼んだおかげで少人数での報告会になったようだ。
自己紹介が済んだ後、ギルドマスターを名乗ったケビンという年配の男性が開口一番ヘイスたちを疑う発言をする。
これはヘイスもナジャスも、さもありなん、と平然としていた。
「はい。お疑いなら、この後人払いした倉庫ででもお見せしましょう。今はドラゴンを輸送中であることを前提にして、二つ報告させていただきます。
一つ目は、ケムールのギルドが用意した護衛の依頼を取り消して、今後は我々二人だけで王都を目指すことにしたことです」
「待て! それでは話が違う! こちらも護衛は準備しておるんだぞ!」
ナジャスの一つ目の報告を聞いて幹部の一人が大声を上げた。どうやら依頼関係の担当者らしい。
「お待ちください。その結論に達した理由でもありますが、もう一つ報告がございます。我々がこの大陸を訪れてからまだ5日ですが、この短期間に2度も盗賊の襲撃を受けております」
「なんだと! そんな報告聞いてないぞ!」
「ですから、今こうして報告しております。一件目はケムールの港ででした。誰かに雇われたらしい冒険者が犯人です。確かここにも報告するとケムールのギルマスはおっしゃってましたが、改めてご確認ください。
二件目は二日前のことです。50人以上という規模でした。こちらもギルドから情報が流れたようなことを盗賊の一人が言っていたのを護衛の方が聞いています。護衛パーティーは今日の午後、遅くとも夕方にはケムールに帰還すると思いますので詳細はそちらにもご確認ください。
報告は以上です」
「50人以上だと……おい、ウチの選んだ護衛で100人からの襲撃に耐えられるか?」
「そ、それは……」
ギルドマスターの問いかけに、担当幹部は言葉に詰まった。
「くそ、ドラゴンと聞いて見積もりを誤ったな……おい。ナジャスとか言ったな。結局、何が狙いだ?」
「狙いも何も……単に状況が変わったことを報告しに来ただけです。できれば通信の魔道具をお借りして直接ボルサスとケムールのギルドに連絡をしたいのですが、ご許可願えませんか?」
「魔道具は構わんが、護衛無しで行かせるわけにはいかん。護衛の数は増やす。それまで待ってろ」
「……お断りします」
ナジャスはハッキリと断った。
ヘイスは『そこは「だが断る!」だろう』などとくだらないことを考えているのだった。
【作者からのお願い】
「面白かった」「続きが読みたい」と思われた方は下記にある【☆☆☆☆☆】で評価していただけますと、執筆の励みになります。