第81話 本部と総本部
鈴木公平改めヘイス・コーズキーはミッテン王国の首都を目指して港町・ケムールを出発した。
ヘイスのため、というかドラゴン輸送のため用意された護衛は6パーティー32人。これは20台以上の馬車を擁する大商隊に匹敵する護衛の数だ。しかも今回は中級冒険者以上に限定されている。
何故ここまで大袈裟な護衛が付いたのか。それはドラゴンの価値を考えれば当然のことで、大袈裟と感じているのはヘイス一人ぐらいだった。本当にヘイスがドラゴンをアイテムボックスで運んでいるか疑う者がいたとしてもギルドが公言している上は護衛体制を不思議がる者はいない。逆にこの人数でも足りないのではないかと危惧する意見もあったという。
ヘイスが情報収集の傍ら聞き出したことだが、実は首都に向かう商隊の一向に紛れて護衛の数を嵩増ししようという案も出たがすぐに却下されたらしい。ギルドがコントロールできない商隊専任の護衛が敵に回る可能性もあるからだ。
「ドラゴンを売ってくれ!」
「うるせえっ! ギルドに言え!」
ここはケムールから首都に向かう街道にある宿場町。
ヘイス一行は道中何事もなく一日目の宿泊予定地まで辿りついていた。
それはいいことなのだが、ケムールからわざわざヘイスたちを尾行ていた商隊があり、宿まで押しかけてきているのである。
ヘイスの護衛役の上級冒険者たちがヘイスに代わって応対してくれている。態度はアレだが。対応している者以外の冒険者たちも辟易とした表情だ。もちろんヘイスもである。
「これって、これからも続くのか?」
「おそらくはそうでしょうね」
ナジャスはボルサスで同じような体験をしている。受付担当ではないものの、祭りの間中商人たちが冒険者ギルドに押しかけてきていたので、影響は全職員にも出ていたのだ。
ドラゴンの販売をボルサスで独占すれば利益が莫大なものになるのはわかりきっている。しかし、付随した揉め事もまた大きくなることも容易に予想できた。ボルサスは国家に属していないため抑止力は低い。そうなると本来の活動理念である開拓が阻害されてしまう。ボルサス上層部は目先の利益より将来の利益を重視した。
ドラゴンに関わる揉め事は他所に押し付けてしまえとばかりに情報を流した。これでボルサスは平穏になったことだろう。
しかし、ボルサスからの交渉役として白羽の矢が立ったナジャスは貧乏籤を引いたようなものである。それもこれもヘイスと面識があるという理由からなのだから少しはヘイスにも苦労を分かち合ってほしいと思っているのだ。
「……まあ、大変なのは護衛だからな。俺たちは部屋で休ませてもらうか」
「……そうですね。では、護衛の皆さん、よろしくお願いします」
「くそっ、こんな依頼、引き受けるんじゃなかったぜ!」
ヘイスの気楽なセリフにナジャスが乗っかる。そしてロックが嘆くのだった。他の護衛役の冒険者たちも苦笑いである。
その後も商人たちが宿を訪れてはヘイスに商談を持ちかけようとしていたが、ヘイスが表に出ることはなかった。口では悪態を吐くものの、ロックたちは真面目に任務をこなしているようだ。
さすがに夜中に突撃してくる商人はいなかった。盗賊などの襲撃もなかったので、一行は交代でゆっくり休むことができたようだ。
ヘイスの受けた依頼はミッテン王国の首都・テランにある冒険者ギルドにドラゴンを搬送することだが、港町ケムールからテランの間には5つの貴族領があり、そこの領都にあるギルドで護衛を交代する予定だ。
隣の領都・ユーブネまでの予定は七日間。全行程でおよそ一ヶ月かかるというのだからミッテン王国の広さがわかるというものだ。その情報を聞いたときのヘイスの驚きはどれほどのものだっただろうか。いや、驚きというよりはむしろ脱力感というべきか。
ご存知のとおり、ヘイスはチート持ちである。《飛行》と《目視転移》のコンボがあれば数分で目的地に到着するというのに、馬車を連ねてノロノロと進まねばならないのだ。襲撃される確率も時間が経てば経つほど上がるだろう。よほどスキルを公表してしまおうかと葛藤したものだ。
しかし、今回のドラゴンで失敗した自覚はヘイスにもある。これ以上ヘイスの異常性を知らしめるのは本来の任務上適切ではないとギリギリで自重するのだった。それに、追加された勇者の情報集めという任務もある。期待薄だが移動中に耳にすることもあるだろう。
今では、なるようになれと半ば諦観の構えだ。
「しつこいな。王都とやらまで付いてくるつもりか?」
移動二日目の朝、ヘイスは馬車の窓から顔を出し、後ろを眺めてそう零した。
ヘイスたちの馬車隊は冒険者ばかりで構成されている。この世界では滅多にないことらしい。無論貴族の行列というのはあるらしいが、普通はスケジュールの合った商隊同士で助け合い、なるべく大きな集団で進むのが安全のようだ。
今回は荷物が荷物だけに商人も信用ならず冒険者単独となったが、結局は同じ街道を進む者、まるで仲間だといわんばかりにヘイスの馬車隊の後を複数の商隊が付いてくるのだった。
「まあ、ここは港町と王都を繋ぐ街道ですからね。我々に関係なく交通量は多いのでしょう。見たところ大きな商会はなさそうなので本気でドラゴンを狙っている人間はいないでしょう」
「……昨日あれだけ売ってくれって騒いでたんだが?」
「それは、あわよくばというか、ダメ元というか、商人の業というヤツなのでしょう」
「本気だろうがダメ元だろうが、こっちはいい迷惑だな」
「同感です。ですが、これも仕事です。王都のギルド本部までの辛抱ですよ。ドラゴンさえ引き渡せば後の面倒ごともギルドが引き受けてくれるはずです」
「そう願いたいがな……ところで、本部、本部といってるが、そこが冒険者ギルド全体の本部なのか? 世界中の」
「ああ、ヘイスさん、それも知らなかったんですね? 相変わらず不思議な人ですね」
「まあ、修行で人里には近づかなかったからな」
「修行って一体どんな……まあ、いいでしょう。本部と私たちボルサスの関係者は言いますが、正しくは『ミッテン王国本部』なんですよ。ボルサスは元々ミッテン王国の支部だったので、本部といえばそこを指してたんです。ヘイスさんが聞きたいのは、たぶん総本部のことだと思います」
「総本部か。すると各国にもナントカ王国本部があるわけだ。その総本部はこの大陸にあるのか?」
「ええ。正しくは『ウェストリア大陸総本部』です。実は各大陸に、いえ、魔物大陸を除いてですが、三つの総本部があるんです。そこは今も統合されていません。協定が結ばれてはいますが」
「まあ、人間誰しも自分のところが一番じゃないと気が済まないだろうからな。それはわかる。それでも全世界で通用する権利って物凄いな。よく国と揉めないな。信じられん」
「そこは付き合いかた次第です。魔物大陸ほどじゃありませんが、どこの国にも魔物の被害があるんです。冒険者がいなかったら国は武力を魔物に振り分けなければなりませんからね。そんなことしていたら他の国の食い物にされますよ」
「その弱みを突いたってわけか。冒険者ギルドもなかなかやるな」
「ヘイスさん、あなたも、その冒険者ギルドの一員なんですよ?」
「褒めたつもりなんだがな。で? この大陸の総本部はどこにあるんだ? この国じゃないんだろ?」
「大陸中央の天声教国です。教会のお膝元ですよ」
「てんせい……」
ヘイスは勇者の出所がわかった気がした。
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