第75話 船旅の一日目
鈴木公平改めヘイス・コーズキーはついに魔物大陸から旅立った。
ウェストリア大陸。
アスラルテア山を擁する魔物大陸の西側にある大陸で、東端は魔物大陸の南西300km程度から始まり、南半球を半周し西端に達すると北側に湾曲、赤道を越え北端は北極圏まで至るという、惑星アスラで最大の大陸である。
地勢は、南半球では東西に、北半球側では南北に山脈が走り、アスラルテラ山ほどではないが5千メートル級の高山がいくつもあって通行を困難にしている。
ヘイスのイメージでは横に伸びたひらがなの『し』の形状であるが、南西部分は南極圏に近く冬季は雪に覆われるという。暮らしやすいのは南半球では東端部と大山脈の北側の平野部、北半球では北極圏を除く山脈の両側だそうだ。山間部や極寒の地はいわゆる『亜人』が多いらしいとはアスラ神からの情報だが、1000年前のことならともかく、結界の維持に全力だった近年は情報収集力に欠けているため参考程度だ。
地形や気候などは1000年ぐらいでは大きな変化はないからアスラ神の情報も役に立つが、人間社会についてはほとんど情報がないといえる。国名などがそうだ。アスラ神も興味がなかったようであるし。
だが、ヘイスがアスラ神からの新たな任務を遂行するに当たって行く先々の国の情報がないのは、どう考えても行き当たりばったり過ぎる。
よって、ヘイスは情報収集に努めた。
幸いといっていいか、ボルサスからミッテン王国の港までの船旅は寝るほかにすることがない。またドラゴン移送の件で注目を浴びたため、船内をうろつくと乗り合わせた商人たちに絡まれる可能性大なので船室に篭るしかない。
同室なのはヘイスと似たような立場のギルド職員、孤児院出身のナジャスだ。
これはナジャスから色々聞き出すしかないではないか!
「ヘイスさんも大変ですね」
「やっぱりナジャスも狙われるか」
「ええ。ドラゴンそのものというよりはいつどこで売りに出されるかという情報がほしいんでしょう」
「それがわかっててナジャスに護衛が付いてないのはどうしてだ? ギルマスからは一応護衛代わりを期待されてるみたいだが」
「ミッテン王国の港町でギルドが護衛を用意してくれているはずです。船自体の護衛はちゃんといますし、船長とは話がついていますので部屋に篭っているかぎり問題はないと思いますよ」
「なるほど、やっぱり連絡手段があるんだな。それは一般的か?」
「いえ、ギルドや国など大きな組織しか使えないでしょう。よくは知らないのですが、かなり高価な上使う度に魔石を大量に消費するそうですから」
「なるほど、個人じゃ気軽に使えそうもないな」
「ええ。よほどの金持ちじゃなければ」
ヘイスはついこの間アルマン王国の暗部から襲われたことを思い出した。没収した物資の中に通信機があったはずだ。だが、気軽に使えないというならしばらくはアイテムボックスの肥やしにするしかないと落胆する。魔石の数など気にするヘイスではないが人目につくと任務に支障が出る恐れもある。それに使い方がいまいちわからない。トランシーバー方式で1対1なのか、携帯電話のように通信相手を複数登録できるのか。まあ、今のところ連絡しなければならない相手はアスラ神だけなので、どちらにしろ宝の持ち腐れではあるのだが。
「(連中に使い方を聞いておけばよかったか?)話は変わるが、アルマン王国とやらの地理関係はわかるか?」
「アルマン王国ですか? ああ、そういえば商業ギルドに関係者が潜り込んでたそうですね。あそこは急進派が多いらしいです。まあ、ミッテン王国も少ないとはいえませんが」
「急進派? 何だ、それは?」
「えーと、ボルサスを領地だと言い張ってる連中です。知りませんか?」
「ああ、アレな? 二人ほど見た」
「どちらも大昔に魔物大陸から逃げ出した連中が建国した国ですが、ミッテン王国は西に領土を広げることも可能ですし、逆に西から攻められる恐れもあります。その対応でボルサスだけに構ってはいられないでしょう。ああ、もちろん南のアルマン王国からの侵攻にも備えなければなりませんから余計に忙しいでしょうね」
「侵攻って、その二つの国は仲が悪いのか? アルマン王国とやらも西に攻めればいいだろう?」
「領地争いはどこにでもありますよ。特にアルマン王国は狙えるのがミッテンとボルサスだけですから」
「どういうことだ?」
「ああ、ヘイスさん、紙とペンはありますか?」
言われたとおりアイテムボックスから紙とペンを取り出して渡す。
ナジャスは礼を言うと、その紙にウェストリア大陸の地図を描きはじめた。
ヘイスの見るところ、アスラ神から聞いたとおりの地形ではある。ナジャスはそれよりも少し詳しく、国境線付きだった。
「ウェストリア大陸はこんな形です。まあ、実は私も行くのは初めてなんで、慌ててギルドの資料室で勉強してきたんです」
「安心しろ。俺も形ぐらいしか知らん。それで?」
「あ、はい。それでここがミッテン王国で、こちらがアルマン王国です。アルマン王国の西側は大山脈が通ってますから領土を広げるのは不可能です」
ヘイスは右に45度ほど傾斜させて太らせた日本の東北の地形を思い浮かべた。魔物大陸が北海道だとするとミッテン王国は青森県、アルマン王国は岩手県だろうか。確か奥羽山脈というのがあったはず。
「なら南に領土を広げればいいんじゃないか?」
「すでに領土だそうです。広さだけはあるんですが、南に行けば行くほど荒涼として価値がないんだとか」
「……なるほど、ここは南半球だったな」
日本人の常識が残っているヘイスは南は暑いというイメージがあるが、アルマン王国領土の南西、大山脈の南側は南極圏に近いようで、生活するにはこの世界の文明では厳しいらしい。
「それに、大山脈や荒野には、魔物大陸ほどではありませんが魔物も多いですし、攻め取るならすでに開拓したところの方がいいのでしょう」
「納得した。こっちはいい迷惑だな」
「本当にそのとおりですよ」
「戦争ならミッテンとアルマンだけでやってればいいのにな」
「それなんですが、ヘイスさん。ドラゴンがミッテン王国に移送される話は商業ギルドを通じてアルマン王国にすでに伝わっているはずです。ボルサスから目を逸らすために大々的には発表しましたからね。これでしばらくはボルサスも静かになるでしょうが、問題は私たちです。ギルドの護衛は付くはずですが、ヘイスさんも気をつけてください」
「なに、港に着いたらドラゴンを置いて、さっさと旅に出るさ」
「え? 移送は港のギルドではなくミッテン王国の首都までですよ?」
「そ、そうだったか……地名で言われてもわからんかった……」
「まあ、出発ギリギリまで秘密にしていましたし、仕方ないでしょう。ともかく、それまでよろしくお願いしますね?」
「……首都のギルドまでだぞ? それ以上は付き合わないからな」
「はい。首都のギルドなら警備も万全でしょうから、私も肩の荷が降ろせるというものです。まあ、私は契約やら何やらで仕事がありますが……」
「まあ、がんばれ?」
「……冒険者は気楽でいいですね? 私も現役に戻りたいですよ……」
そんなこんなで船旅の一日目は過ぎていくのだった。
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『鋼の精神を持つ男――になりたい!』 https://ncode.syosetu.com/n1634ho/ 月水金0時投稿予定。
『相棒はご先祖サマ!?』 https://ncode.syosetu.com/n1665ho/ 火木土0時投稿予定。




