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第71話 さよなら、ミーちゃん

 


 鈴木公平改めヘイス・コーズキーは今後勇者の動向にも気を配らなくてはならなくなる。


 アスラ神との相談の結果、ヘイス自身が別大陸に渡り勇者に関しての情報を集めることになった。主にアスラ神のリソースの問題でだ。

 今までにヘイスが回収して来た魔素は放置されている状態なので、ヘイスが急いでしなければならない仕事はない。

 もともとこの隙間時間を利用して他の大陸を廻ろうと計画していたのだ。主に和食を求めて。


 ついでの仕事が増えるが、特に計画を変更する必要はない。

 それよりも喫緊の問題は早く孤児院から距離を置くことだ。ヘイスの弱みを握ろうとする愚か者が再び現れる前に。


 そう考えたヘイスは、さすがに黙って姿を消すわけにもいかず、何より事情を説明すると言ってしまった手前朝一番で孤児院を訪ねた。


「おじちゃーん! こわいのやだー! いっちゃ、やだー!」


 ……訪ねたのだが、昨晩の説明や別れの言葉を切り出す前にミスティにしがみ付かれてしまった。


 泣いているのは、酷なことだが想定内である。それよりも《スリープ》から自然に目覚めることができていることにヘイスはホッとした。体調も《鑑定》では異常は見られない。


 シスター・アネリアやジェシーにその辺の事情を聞くと、ミスティは昨晩ヘイスが連れ帰ってきてから寝たままだったそうだ。

 だが、朝になって目を覚ますと突然泣き出し、何を聞いても『こわい』『おじちゃん、たすけて』としか言わないので他の幼い子供たちにも不安が伝染して困っているという。


 ヘイスは瞑目する。

 思ったよりミスティの心の傷は深かったようだ。

 だが、これも想定はしていた。

 ヘイスは、ミスティが目を覚ましたら誘拐のことは忘れているかもと調子のいいことを心のどこかで考えていたが、もし覚えていても何とかなるだろうとも思っていた。


 ヘイスは元サラリーマンであって、心理学者でもカウンセラーでもない。しかし、この世界には魔法がある。しかもヘイスはある意味チート持ち、アスラ神曰く『原初魔法は森羅万象に干渉する』のだ。


 ミスティが誘拐されたことはなかったことにする。

 幸い、孤児院や教会では誘拐された場面を目撃されてはいない。行方不明の期間も小一時間程度だ。さらに誘拐されたミスティ本人は5歳の子供で、恐い思いはしただろうが何が起きたか正確には理解していないだろう。

 怪しいタイミングで怪しい手紙は来たが、誘拐の『ゆ』の字も書かれていない。ヘイスが口にしなければもう事実を知っている人間はいないのだから。


「ミーちゃん、恐い夢を見たんだな? 夢だから大丈夫だよ。おじちゃんがいるしな」


「くすん、くすん……おじちゃん、いっちょに、いて?」


「ああ、いっしょにいるとも。さあ、もう一度寝ようか。今度は楽しい夢を見るんだぞ?」


 ヘイスは軽く《スリープ》をかけ、半覚醒、半睡眠状態にすると、続いて《思考誘導》をかけた。内容は『昨日は路地裏で迷子になって疲れて寝てしまった。恐いと思ったのは只の夢である』というものだ。

 これはシスターたちの前で行なっているので、半ば彼女たちへの説明にもなっている。

 最後にもう一度ミスティに《スリープ》をかけて完全に眠らせた。


「シスター、もう大丈夫だと思う。このまま寝かせてやってくれ」


「……はい。ありがとうございました……」


 昨日一緒に裏路地まで探したジェシーも、大人のシスターもヘイスの説明に納得がいっていないような表情だったが、ミスティが無事ならばとヘイスの言い分を受け入れたようだ。


 そしてミスティをベッドに寝かせてシスターたちが戻ってきたところで本題を切り出す。


「突然だが、俺はこの街を出て行く」


「……そう、ですか。冒険者ですからね。今度も3ヶ月くらいですか?」


「いや、戻るつもりはない」


「えっ、そんな……」


「ヘイスさん、それじゃミーちゃんが泣いちゃいます」


「それでも、ミスティのためだ。いや、他の子供たちのためでもある」


「他の子?」


「ああ。今回はミスティが迷子になっただけだったが、このまま俺がこの孤児院に居座ったら今度こそ子供が狙われる」


「それは、ドラゴンのせいでしょうか」


「ああ。考え無しに見せびらかした俺のせいだ。子供たちに懐かれて浮かれてた俺が悪かった」


「そんなことは……」


「そうです! ヘイスさんはミーちゃんの目を治してくれました!」


「それも出来れば秘密にしてくれ。目立つとロクなことにならない。ドラゴンはギルドに売ったっていうのに、昨日は商人に2回も絡まれた。もしかしたら俺が2匹目を持ってると思ってるのかも知れん。アイテムボックスも狙われる理由だろうな」


「そんなことが……」


「でもでも! それじゃミーちゃんはどうするんですか!」


「かわいそうだが、危ない目に遭わせたくない。大きくなったらわかるようになるさ。そもそも俺は気まぐれな旅人だ。ここ(孤児院)には立ち寄っただけだ。忘れてくれていい。いや、忘れたほうがいいな」


「わ、私たちも、ということでしょうか?」


「ああ、そうしてくれ。お互いのためにな」


「……わかりました」


「あたしは嫌! ミーちゃん呼んでくる!」


 大人のシスター・アネリアはヘイスの気持ちを汲んでくれたが、まだまだ子供のジェシーは感情が勝ってしまったようだ。


「……しかたないな。俺はこれで退散しよう。子供たちが俺を探そうとしたら止めてやってくれ。しばらくの間でいい」


「はい」


「ああ、それからこれを。本当はもっと置いていきたいところだが、頭のいいバカを引き付けかねない。これで勘弁してくれ」


 ヘイスはテーブルのうえに金貨を積む。ヘイス的に多からず少なからずというところだ。


「そんな! いただけません!」


「いいんだ。最後になってしまうが、寄付だ。迷惑料とでも神サマへの寄進とでも思ってくれ。俺は旅を途中で立ち寄った熱心な信者、それでいいじゃないか」


 ヘイスは笑って席を立つ。

 笑ったのは自嘲。邪神の使徒が熱心な信者とは確かに笑える話だ。固有名詞を出していないからあながち間違いではないかもしれない。


「それでは、世話になった。もう会うことはないと思うが、元気でな。子供たちをよろしく頼む」


 金貨を前にして戸惑っているシスター・アネリアに最後の挨拶をして部屋を出て行く。返事は聞かなくともよい。


 ミスティが起きるまで待っていろとジェシーに泣きつかれたら決心が鈍るかもしれないとヘイスは急ぎ孤児院から出て行った。


 幸いといっていいか、残念ながらというべきか、ジェシーもミスティも戻ってこなかった。


 自分の選択である。

 ヘイスは一抹の寂しさを胸に抱えながら次の目的地に向かった。


 このままヘイスが行方不明になるのも騒動の元である。

 キッチリと移動先を告げておいた方がいい。追っ手がかかるなら孤児院はさらに安全になるはずだ。


 そんな思いでギルドに向かうヘイスであった。

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