第69話 俺が魔王ポジかよ……
本作『ヘイスが征く~』は今後週一投稿になります。
毎週日曜0時(土曜24時)です。
鈴木公平改めヘイス・コーズキーは誘拐犯の船に再度乗り込んだ。
魔法を駆使し出来る限り情報を抜いた。
残るは誘拐犯たちの処分である。
日本だったら鈴木公平には考えられない反社会的行為だ。
だが、これは誰にも知られずヘイスがやらねばならない。ヘタに日本の倫理観に縛られて穏便に話し合いを、などと言っているとヘイスや子供たちが理不尽な目に遭う。それは愚かなことだ。現にいきなり誘拐からの脅迫をされた。だからこの誘拐劇はなかったことにする。
国がドラゴン欲しさに画策した。これはヘイスにも理解できる。しかし、誘拐計画段階でヘイスがすでにドラゴンを手放したことがわかれば敢えてヘイスを狙う必要はないだろう。
だが、誘拐が成功した後、ヘイスに人質を奪還されたとなれば国はドラゴン関係無しに報復や口封じのためにヘイスを狙うかもしれない。ヘイスだけが狙われるならまだマシで、誘拐されたミスティも必ず狙われる。孤児院自体がターゲットになる恐れだって否めない。
そうならないためにも、どうしても誘拐自体をなかったことにしなければならない。
つまり、誘拐犯一味には行方不明になってもらわなければならないのだ。ハッキリ言えば殺すということ。
ヘイスは魔法で全員の記憶を消すという手も考えた。
しかし、良い手とはいえない。
なぜなら、突然大量の記憶喪失者が現れたら大騒ぎだ。何があったか調査されるだろう。身元が判明すればアルマン王国も介入してくる。その結果ヘイスのことが明るみに出たら、アルマン王国は公然とヘイスを犯人に仕立てる可能性がある。
だが、行方不明なら話は別だ。元々暗部の人間、人知れず行動しているはずだ。無論仲間は不審に思うだろうが、ヘイスがやったと決め付けることも出来まい。船乗りたちも不思議がるだろうが、後ろ暗いところがあるなら騒ぐことはないだろう。いつの間にかいなくなっていた、何も知らない、で済ませるはずだ。
だからこれは必要なことなのだ、とヘイスは自分に言い聞かせる。
ヘイスはアスラ神によって《思考誘導》を受けている。日本の倫理観ではなく、この世界の倫理観寄りになっているはずだ。だからといって殺人を楽しむ気持ちは一片もない。せいぜい忌避感が薄れている程度だろう。
ヘイスは初めて生き物を手にかけた時のことを思い出す。ダンジョンモンスターが生き物かどうかはこの際関係ない。スノードラゴンを棍棒で殴ったときは手が震えた。その時の気持ちは今でも忘れられない。これからも人間として生きたいなら忘れてはいけないと改めて思うヘイスだった。
が、実は本当の初めて殺した相手はスノードラゴンではなく、二つ手前のミノタウロス(仮)だ。印象が薄いのは罪悪感も薄いということで、その原因は物理(棍棒)ではなく魔法(魔素吸収)で止めを刺したからだとヘイスは考えている。
ならば、今回も魔素吸収で処理しよう。ヘイスはそう考えた。
ヘイスはアスラ神からの任務を達成するまではこの世界と関わらなければならない。比較的安全な日本と違って自分の命は自分で守らなければならない世界だ。今後も貴族やら盗賊やら理不尽な存在と相対しなければならなくなることもあるだろう。
実戦となれば勢いのまま命を取ることもできよう。でなければヘイス自身が死ぬことになる。
しかし、目の前の誘拐犯たちは意識がない状態だ。いくら必要とはいえ直接手にかけるのにはまだ躊躇いがある。
だから今回は《魔素吸収》を選んだのだ。
「吸収……」
ついでに実験というわけでもないが、ダンジョンモンスターはHPが0になると崩壊し始める。人間がどうなるのかも知っておきたかった。
鑑定で確かめる。
「HP0。崩壊は……しないか……」
ついにヘイスは一線を越えてしまった。
《思考誘導》のおかげか、激しく取り乱すことはなかった。少しの罪悪感とともに呆気なさを感じた程度である。そのことにヘイスは自嘲するのであった。
この船ですべき作業はすべて終わった。
ヘイスは誘拐犯たちの亡骸をアイテムボックスに回収すると甲板に出る。
無関係の船員たちはまだ眠っている。魔力が回復すれば自然と目が覚めるだろう。無責任だが放っておくしかない。何かあっても、犯罪者に利用されたのだ。不運と思うしかない。
空を見ると白み始めている。尋問に相当時間がかかったようだ。
ヘイスは、早起きの港の人間に見つからないように船から離脱した。
目指すはアスラルテア山ではない。対岸の港でもない。ヘイスは魔法で空を飛び海岸に沿って東に向かう。
空を飛べばすぐだが、歩いても30分ほどのボルサスの南門から約2キロの街道沿い、海岸の人気のない岩場に着陸する。
人が隠れそうな岩を選び転移プレートを設置した。これでボルサスに来るときは目視転移する必要がなくなった。
ヘイスは今度こそ転移でアスラルテア山に向かった。途中第一中継地点に立ち寄り、少し離れたところに魔法で穴を掘り遺体を埋葬した。さすがに死人に鞭を打つ気にはなれない。
ヘイスは日本人らしく手を合わせて冥福を祈る。この世界の宗教観は知らないが、心は僅かに軽くなった気がした。
アスラルテア山ダンジョンの最下層に着くと、誘拐犯のリーダーはまだ眠っていた。このまま仲間と同じように処分しようかとも思ったが、リーダーならもっと深い情報があるかもと考え直す。ヘイスは男を引きずってコアルームに入っていった。
「ただいま。神サマ」
『ふむ。その様子じゃと処分は何とかできたようじゃな』
リソースの関係でヘイスの心を覗いてはいないだろうが、さすが神というべきか、お見通しのようであった。ハッキリ殺人と言わないところも気を遣ってのことだろう。異世界人がこの世界の人間の命を奪うことについては何も言わなかった。人間の倫理観と神の倫理観は違うものなのだろう。そんなことより魔素の問題が大事なのかもしれないが。
「ああ、何とかな」
『その人間はどうするのじゃ?』
「もうちょっと聞きたいことがあってな。俺がやってみるよ。コイツらの仲間には上手く出来てたと思うから」
『そうか。好きにするがよい』
「ああ、そうするよ」
ヘイスは船のときと同じように覚醒させたリーダーに《魅了》と《思考誘導》をかける。
結果、聞き出せたのはほぼ船で聞いた内容と同じものだった。商業ギルドの代表のようなボルサスにいる連絡員やスパイの情報などは知ってもどうにもならない。誘拐の実行犯が一網打尽に出来ていれば今回はそれで問題ないのだ。ヘタに騒ぎを大きくしないのが吉である。
しかし、気になる情報が一つだけあった。
「勇者?」
上役から指示をもらったときに零れ話として聞いた話らしい。
なんでも、他国に勇者が召喚され、アルマン王国はドラゴンの武具をエサに勇者を引き込もうと画策しているらしい。ヘイスはタイミングが悪かったともいえる。
「勇者を召喚? まさか、日本人じゃないだろうな。テンプレすぎるだろうよ。神サマ、勇者召喚なんてアリか? この世界に魔王でもいるのか?」
『そなたの知識で知ったばかりじゃ。今だかつて勇者も魔王も存在したことはない』
「じゃ、ガセか?」
『いや、そうとも限らぬ。システムを名乗る侵略者どもの仕業ということも十分ありえる。タイミングからして、そなたがダンジョンをいくつも攻略したことがきっかけになったのやもしれぬのう』
「あー、ありそう。あれ? じゃあ、勇者の討伐対象って誰? 魔王がいないんなら邪神か? え? 神サマが討伐対象かよ」
『うむ。おそらくはそうじゃろう。そなたも人のことは言えんぞ。何しろ邪神の使徒なのじゃからな』
「うわー、俺が魔王ポジかよ……」
聞きたくもない推論を聞かされるヘイスであった。
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