第60話 世の中そんなもんだ
鈴木公平改めヘイス・コーズキーは子供連れでギルドに来ている。
ちょっとした頼みごとのつもりだった。
「お前、ドラゴンなんて持ち込みやがって、この忙しいときに」
ギルドマスターはご機嫌斜めのようだ。
「ギルマス。これも仕事でしょう? いつもウチのギルマスがすみません。どうでしょう? 一度そのドラゴンを見せてくれませんか?」
「いや、あくまでこの子達に見せたいんだが……」
いつも腰の低い事務長だが、言うことはハッキリ言うタイプだ。
ヘイスはその要求に対しては素直に頷けなかった。
このドラゴンは、あくまでミスティへのお土産であり、ギルドへの提出物ではないのだ。
「ですが、その少年はともかく、そちらのお嬢ちゃんには刺激が強いかもしれません。先に検分して皆の意見を聞いた方がいいかと思いますが」
「あ、そういえば、ミスティは魔物に襲われたんだっけ……」
目の治療が上手くいったせいで、ヘイスはその件をすっかり忘れていた。
もしかしたらドラゴンを見て魔物に襲われたことを思い出すかもしれない。トラウマ、PTSDというような単語が浮かんだ。
「……ミーちゃん、ドラゴンは怖いから見るのやめるか?」
「みたい! みたい! ミーちゃん、こわくないもん!」
「……ちょっと待て、その子、ハンスとスザンナの子か?」
突然ギルドマスターが話に割り込んできた。それもドラゴンとは無関係の。
だが、ヘイスにはおおよその見当がついた。
「俺は知らんが……ミーちゃん、パパとママのお名前は言えるかな?」
「うん! パパはハンシュー。ママはシュジャンナ」
「……たぶん、そうらしい。知り合いか?」
「知り合いってほどじゃねえ。ギルマスとして相談に乗ってやっただけだ。その娘とはそのときに会ってる。冒険者に見切りをつけて故郷に帰る途中だったらしいが、その娘が魔物の毒で目をやられてな、ここに来たのは一山当てて治療費を稼ぐつもりだったそうだ。それが目の見えねえ娘を置いて……って、そうじゃねえよ! その娘、明らかに目が見えてるじゃねえか!」
ギルマスの説明でヘイスはほぼミスティの事情を理解したが、ギルマスはミスティの現状を全く知らなかったようだ。
「教会で浄化をかけてみたら治ったそうだ」
ヘイスはしれっと言う。
誰が、の部分は言わない。
「そんなことがあるのか……じゃあ、あいつらは……」
「……最初にミスティの症状を判断したヤツに出会ったことも、浄化を試したタイミングも、運が悪かったとしかいえないな。冒険者ならよくあることだ。違うか?」
「……違いねぇ。世の中そんなもんだな。遣る瀬ねぇな……」
その場はしばらく沈黙に包まれた。
「おじちゃん、どうちたの?」
「……なんでもないぞ? おっと、ドラゴン見るんだったな。ミーちゃんは離れたところで待ってようか」
「いっちょがいい! おじちゃんといっちょにみるー!」
「うーん。どうしようか。ジョン、どう思う?」
「え? 俺だってドラゴンなんか見たことないからわかんないよ」
「うーん、やっぱり一度出してみるしかないか。ミゲール、ちょっと倉庫を借りていいか?」
「この時間なら空いてるぜ。それより、倉庫に収まりきるのか?」
「大丈夫だ。小さめのを選んできたから」
「……選ぶほどドラゴンがいたのかよ……」
ミゲールの驚きはもっともだが、ヘイスの言葉の意味は単にアイテムボックスの容量の問題だ。現在レベル12、実質レベル11で、11尋の三乗、地球なら19.8mの三乗で約8000㎥。時間遅延の関係でカスタムしてあるのでもう少しサイズは小さくなる。
ヘイスが初めて出会ったスノードラゴンなら入り切らないだろう。
ヘイスたちは倉庫に向かった。話の流れで買取コーナーの職員も着いてくる。暇な時間らしいのでミゲールも許可を出した。
倉庫は、その名に恥じぬ大きさだ。上級冒険者は奥地に拠点を移したが、かつてはここがメインだったのだ。いまでも時折大物を持ち込むこともあるという。
「じゃあ、出すぞ。ミーちゃん。目を瞑ってるんだぞ?」
「う~、ミーちゃんもみたい!」
「すぐに見せるから。ちょっと我慢してくれ。いい子だから」
「……うん。いいこにしゅる……」
「よし。偉いぞ」
ヘイスはミスティを抱えなおし、手で目を塞ぐ。
そしてアイテムボックスを解放した。倉庫の中心に巨大な、ドラゴンとしては小さめの、死体が現れる。
おおっ、と喚声が上がった。
ヘイスは倉庫の入り口に下がる。
なるべく遠くから、すぐに倉庫から出られる場所でミスティにドラゴンを見せてやることにした。
「ミーちゃん。ちょっとだけ見てみようか。怖かったらすぐに逃げるからな」
「うん! みるー!」
ヘイスはミスティの目を塞いでいた手をゆっくり下ろした。
ミスティは目を開けると、キョロキョロと辺りを見回す。そして、ドラゴンに目が行った。
ヘイスにはミスティの身体がビクリとしたのが伝わり、強くしがみつかれた。
しかし、それは一瞬のことで、大勢の人間がドラゴンの周りにいたのも安心材料だったのか、興味深そうにしていた。
これは大丈夫そうだとヘイスは判断する。
「ミーちゃん、怖くないかな?」
「こわくないー」
「もっと近くで見ても平気かな?」
「へーきー」
「よし、じゃあ、行こうか」
「うん!」
ヘイスはミスティを抱えたまま、ゆっくりとドラゴンに近づく。ミスティの様子を確かめながら。
「あ、ヘイスさん。すごいね、これ」
ドラゴンを間近で見て興奮したジョンが話しかけてくる。
一度そこで止まり、ミスティを確認した。
「どうだ? 怖くないか?」
「おじちゃんがいるから、こわくないー」
「うーん、どうだ? 小さい子供たちに見せても平気か?」
「皆で見れば大丈夫だと思う。いきなり出すんじゃなくて、入り口から見せてやればいいんじゃないかな?」
「なるほど。それでいくか。じゃあ、あとはここに子供を連れて来る許可をもらわんとな。それはジョンが説明してくれ」
「わ、わかった」
「おい、ミゲール。話の続きだ」
「なんだよ。それは事務長にしてくれ。俺は忙しいんだ」
ミゲールはドラゴンに夢中のようだ。
「仕方ない。事務長! ちょっと相談がある!」
アンギラもドラゴンに目が釘付けだったが、ミゲールほどではなかったようで、すぐにヘイスのところに来た。
「なんでしょう? 子供の見学でしたか?」
「ああ。何とかならないか?」
「それはかまいません。それより、こちらもお願いが……」
「交換条件か? 聞こう」
「そういうわけではありませんが、ヘイスさん、このドラゴン、祭りの間、中央広場に飾って置きませんか?」
「飾る? 魔物をか?」
「ええ。最近では珍しい大物ですし、時期もピッタリです。子供たちもそこで見ればいいんじゃないですか?」
「いや、これは子供たちへの土産のつもりなんだ。できれば子供たちにだけ見せてやりたい」
「問題ありません。祭りはあさってからです。子供たちにはそれまでに見せればいいじゃありませんか。それに、ヘイスさん、もうすぐノルマの期限じゃありませんか?」
「別にノルマはどうでもいいが……」
「ヘイスさん、ヘイスさん、俺たちなら大丈夫だよ。というか、祭りの間に中央広場に飾っておくなら、今日明日仕事のやつらも見れるんだ。そっちのほうがいいよ」
「……そうか。じゃあ、祭りはそうするか。だが、せっかく持ってきたんだ、やっぱり子供たちにも早く見せたい。ということで事務長、これから子供たちを連れて来る、かまわんな?」
「これからですか? まあ、この時間は冒険者も少ないですから問題ないでしょう。何人ですか?」
「ジョン、頼む」
「24人だけど、仕事でいないのが……」
その後簡単に話はまとまり、孤児院出身の職員などが数人引率として子供を迎えに来てくれることになった。
ドラゴンは他の職員も見たいということで倉庫に置いておくことにする。
ヘイスたちは子供たちを迎えに孤児院に戻る。
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