第54話 今までどういう生活してたんですか
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鈴木公平改めヘイス・コーズキーは、またまたギルドから依頼内容の変更を打診された。
ヘイスはこころよく……ではないが、条件付で引き受けた。
なにしろギルドマスター自らが森の奥深くまで交渉にやってきたのだ。
口には出さなかったが、ヘイスは無碍には出来ないと思い、条件もそう悪いものではなかったので滞在予定を少し延ばしても将来的に損にはならないと考えた。
仕事量的には以前の依頼とほぼ同じだが、ヘイスにとって依頼内容が二転三転して話し合いや測量し直しすること自体が時間の無駄、デメリットなのである。
その詫びというわけではないだろうが、5級昇格というギルドにとっては金のかからない餌をぶら下げられ、見事にヘイスが釣り上げられたということである。
しかし、二度あることは三度ある、という言葉もあるように、100%ギルドを信用しているわけではないヘイスは保険をかけた。
といっても特別なことをするわけではない。
毎日朝一番にギルドに顔を出すだけだ。
正確には買取コーナーで魔物素材を提出しているのだ。
おかげで開拓を再開始して三日目で6級昇格ノルマをクリアした。
これでまたギルドが依頼変更や追加してきたら今度こそ依頼を破棄しボルサスの街を出て行ける。
といっても、ヘイスの予定では後三日で開拓も終わる。
おそらくギルドも何も言ってこないだろう。
そして、現在、異世界生活16日目。開拓の依頼を受けてから12日目の午後、ヘイスの姿は孤児院にあった。
「やだー! おじちゃん、いっちゃ、やだー!」
ヘイスはミスティに泣かれていた。
「ミーちゃん? おじさんはお仕事があるんだよ?」
「おちごと、きらい! パパもママもおちごと、かえってこない!」
「ミーちゃん……」
この日孤児院で子供の面倒を見ていた年長組のジェシーがオロオロするヘイスに代わってミスティをなだめていたが一向に泣き止まない。
周りで見ていた小さい子供たちにも伝染したかのように泣いている子もいる。
ヘイスは元サラリーマンとして人間関係を円滑にするスキルは一応持っているが、子供相手には無力だった。おそらくアスラ神に神頼みしても無理だろう。
頭では、この癇癪が一過性のものであり、時間が解決すると楽観視することはできるが、目の前で泣かれ、しがみつかれるとどうしても拒絶することができないでいる。
ジェシーも、おそらく自身が経験した感情なのでミスティをあまり強く否定できないのだろう。
何故こんなことになっているかといえば、話は少し遡るが、ヘイスはこの日の午前中で開拓の依頼を完全に終わらせたのだ。
二日前に3つの新エリアの開拓は整地まで終わらせ、前日は旧北エリアに置いてあった原木を新エリアまで運搬した。アイテムボックスは無限ではないので何十往復もする羽目になり、一日では運びきれず、この日の午前一杯までかかったのだ。
そして昼食がてらギルドに行き、依頼完了の報告と開拓地の確認を要請した。確認が済み次第昇級についての手続きができるようにしてほしいとも要請し、その足で孤児院に来たわけなのだが、そこで言わなくてもいいのに、思わず旅に出てしまうことをミスティに告げてしまったのである。
ミスティはもっと小さいときから旅の経験があり、魔物に襲われたのもそのときだが、ヘイスが遠いところに行ってしまうことがわかったのだ。結果大泣きしたというわけである。
この場合、『必ず帰ってくるから』と約束するのは悪手である。
なぜならその約束はすでに両親によって破られているからだ。本人たちの意思ではなくとも結果的にそうなっている以上、ミスティは却って不安になることだろう。
では『どこにも行かない』と誤魔化して黙って街を出るのか?
それはもっと悪手だ。
次に会ったときに『うそつき』呼ばわりされる。ヘイスのことを覚えていなくても、子供の教育に悪い。
ヘイスはここの子供たちに二度と会わない、というつもりはない。
アスラ神からの任務は最低でもあと3年はかかると見ている。倍の時間がかかっても不思議じゃない。そうなるとミスティはそのころ11か12歳。今のジェシーの年齢だ。すでに自立心が芽生えているはずだ。
ヘイスはそのときぐらいまでミスティを、たまにでもいいので、見守ってやりたいのだ。
せっかく目が見えるようになったのだ、立派な大人に成長してほしいと思うのは、彼女の人生に関わった者として行き過ぎた感情ではないはず。
そんなわけで万策尽きたヘイスは、事の成り行きを見守っているシスター・アネリアに視線で助けを求めた。
「ミスティ。わがままはよくありませんよ? ヘイスさんが困っています」
心が通じたのか、シスター・アネリアがミスティを説得し始めた。
だが、ミスティはヘイスから離れようとはせず、イヤイヤと泣き続けた。
「困りましたね……しばらく待ってみましょう」
あきらめるの、はやっ!
とヘイスは思ったが、策がないのは自分も同じと、黙ってシスターの言う通りにした。
しばらくすると、本当に状況が変わる。
ミスティの泣く激しさが弱まってきた。
「……おじちゃん、ホントにかえってくりゅ?」
「あ、ああ! ホントに必ず帰って来るぞ!」
「ホントにホント?」
「ああ! ホントにホントだ!」
「わかった。ミーちゃん、まってりゅ」
大いに泣いて気が済んだのか、ミスティは突然聞き分けがよくなっていた。
これを予期してしたとしたら、シスター・アネリアは子育ての天才かもしれないとないとヘイスは内心驚いていた。
ジェシーを含め、回りの子供たちにも笑顔が戻った。
「よしよし、ミーちゃんはいい子だな。偉いぞ」
「えへへへ。うん、ミーちゃん、いいこにしてる。いちゅ、かえりゅの? あちた?」
「え? あしたか? 明日はまだここにいるけど、旅に出たら3ヶ月は帰らないかな?」
「しゃんかげちゅ?」
「えーと……あ、今日、何日だ? あれ? 何月かも知らない……」
ここで驚愕の事実が発覚した。
ダンジョンに篭って3年、時間年月などは知識としては習ったが、今日が何年何月何日ということに関しては使う機会が全くなかったのでアスラ神にも一々確認しなかった。
それが習慣となっていたのだろう。依頼書に書いてあって、それは見たはずなのだが、全く覚えていなかったのだ。かなり重症である。
「ヘイスさん、今までどういう生活してたんですか。今日は9月30日です」
「あー、そういえばそんな気が……長く森の奥で修行してたもので、時間には疎くなってしまって……」
具体的にどこのダンジョンといわなかっただけで真実を告げたヘイス。
基本的に嘘は嫌いなのだ。
「まあ、本当に修行しているんですね……」
「おじちゃん、おじちゃん、いちゅー?」
「そうだな。10月、11月、12月で、12月の終わりには帰ってくるぞ? わかるかな?」
「12がちゅー、しってりゅー。おまちゅりー!」
「……おまつり? 祭りがあるのか?」
「それも知らないんですか? ヘイスさんの故郷って一体……」
「いやいや、祭りぐらいあるぞ? 年末年始の祭りだろ? 確かにこの街であるのは知らなかったがな」
「どこの小さな村でもあると思いますが……」
「ま、まあ、そうなんだろうが……よし、みーちゃん。お祭りはおじちゃんと一緒に行こうな?」
「いくー! いっちょに、いくー!」
「そうだ! お祭りにぴったりのお土産を持って来るからな」
「おみあげー? なにー?」
「ドラゴンだ!」
「どらごんー?」
「そうとも! 年末年始といえばドラゴンだ!」
「わーい! どりゃごんー!」
「「「「すっげー! ドラゴンだってーっ!」」」」
「あ、あの、あまり無茶な約束は……」
ドラゴンと聞いてはしゃぐ子供たちの声で、ダンジョンならドラゴンの1匹や2匹いるだろうと皮算用しているヘイスにシスターの声は届かなかった。
ヘイスがボルサスの街を離れる日は近い。
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