第46話 倒してしまってもかまわんのだろう?
新作始めました。
二作品あります。是非よろしくお願いします。
初回連投。4/1、第1話、4/2、第2話、4/3、第3話、各話とも0時投稿予定。
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鈴木公平改めヘイス・コーズキーはギルドから取引を持ちかけられた。
ヘイスはその取引に応じた。
無論無条件というわけではない。メリットがデメリットを上回るなら引き受けてもいいという話だ。
ギルドの幹部会で開拓推進本部のモンドールからの要望は、街の北東に広がる森の奥を北から東に向けて細長く、森を分断するように開拓してほしいというものだった。
問題は開拓面積だ。
モンドールの要求は当然広ければ広いほどいい。逆にヘイスの立場なら狭い方がいいに決まっている。
折衝は難航した。
他のギルド幹部も膝を突きつけて討論に加わった。
その結果、幅が半町、長さが2里の範囲になった。
この辺はアスラ神の講義で嫌というほど勉強したのでヘイスにもすぐにメートル法に換算できる。
幅が約54m、長さが2600mだ。
この範囲を開拓するのがノルマ100人分ということだが、そうすると一人当たり54m×26mになる。
ヘイスは想像した。50mプールより一回り大きいサイズだ。
それを一人で一日で開拓する?
ヘイスなら可能だ。
しかし普通は無理だ。おそらく十人単位は必要だろう。
そんなことはギルドの幹部たちもわかっているはず。この作業を何十年何百年と歴代の冒険者たちが続けてきたおかげでこの街ができたのだろうから。
ヘイスは頭が下がる思いがした。
こんな条件をヘイスに出したのは、最近は開拓のペースが落ちたからだという。
広さだけなら人海戦術と時間をかけさえすれば大陸全土がすでに開拓されていてもいいはずだ。
それが出来ていないのは、そう、魔物のせいである。
ギルドはそれも込みでヘイスに取引を持ちかけている。
「森の奥なら魔物も出るだろう?」
ヘイスが確認すると、決まり悪げにその通りだと答えがあった。中級の依頼になる魔物も数多くいるという。
上記の条件は一般的には厳しい。だが、上級冒険者にでもなると大したことのない条件だ。コストが問題なのである。
ギルド幹部はヘイスを上級の実力と見ているが、ランクは下級なのでコスト面で足元を見ているだけだ。
あとはヘイスのプライドと懐の問題だ。
それを聞いたヘイスはこう言った。
「その魔物、倒してしまってもかまわんのだろう?」
と。
異世界に来たら一度は言ってみたいセリフだった。
ヘイスは先達の開拓者に敬意を払って、この依頼を引き受けるつもりだ。
このセリフはもう一つ条件を加えるための前振りである。
ヘイスはその後の交渉で、開拓中倒した魔物が中級の依頼の場合、昇格後ノルマとして計上してもらうように要請した。
会議は紛糾したが、どうしてもヘイスにこの依頼を引き受けてもらいたい開拓推進本部関係者の強い後押しでヘイスの要望は可決されるのだった。
他にも細かい条件が決められた。
報酬は期間に関わらず8級の依頼100回分のみ。
切った木は枝払いの必要はないが、街の近くまで運搬し、ギルドに引き渡す。これは開拓の依頼に含まれているので報酬はなし。
根っこも掘り出して運搬。報酬はなし。
整地もある程度行なう。
上級冒険者が聞いたら交渉決裂して大陸から出て行かれるような条件だ。
しかし、ヘイスにとって今一番大事なのはノルマである。しかもヘイスが下級冒険者であるのは間違いないのだから報酬が低いのは気にならない。
ヘイスにこの依頼を断る理由はなかった。
会議は正午には終わった。
ヘイスは早速午後から仕事に取り掛かるつもりだったが、測量が先といわれて出鼻を挫かれる。
酒場ゾーンで昼食を取り、モンドールをせっついて森に向かった。
メンバーは開拓推進本部から数人と護衛の冒険者数人だ。
一行は街の北東の門から外に出る。
ヘイスにとっては初めての場所だ。そこには農地が広がっている。開拓の歴史を感じさせた。
そのまま北東に進むと開拓の最前線である。木を切る音がこだました。
ヘイスが担当するのはそのさらに奥だが、最前線からあまり離れても意味はない。奥から現れる魔物を一旦迎え撃つスペースが確保できればいいのだ。
よって、ヘイスの開拓場所は北、北北東、東北東、東の四ヶ所に、半町×半里の更地を造ることに決定された。
今日は北の予定地を測量することになった。
ホワイトワーカーにとって森と街を往復するのも一苦労らしい。午後はその予定だけで終わりのようだ。
測量はマップスキル持ちの元冒険者の職員が歩いて距離を計測するという異世界ならではの方式だった。
ヘイスもマップスキルを持っているので便利さはよくわかる。
ちなみにスキルはギルドに未申告だ。
適当な木を基点とする。
ヘイスはその木を根元ではなく2メートルほど残して切り倒した。
これが四隅の一つになるのだ。
切り倒した部分は当然アイテムボックス行きである。
その後、さらに北に半町、54m進み、同じように目印の木を切る。次は東に半里、650mだ。そしてその南に半町戻ったところが四本目である。
こうして北側の測量は終わった。
数字だけ見るととても狭く感じるが、実際開拓しようとすると気が遠くなりそうだ。樹影は濃いし、何よりこの距離を歩いていただけで何度も魔物に遭遇した。
少数のゴブリンだったからヘイスが手を出すまでもなく護衛の冒険者が簡単に倒していたが、もし強力な魔物が大量に襲撃してきたら、確かに開拓は困難だろうとヘイスは納得する。
ヘイスは、日暮れまで時間もあることだし、残りの予定地の測量もしておきたかったが、内勤タイプの職員から泣きが入って今日はこれで終わりとなってしまった。
不完全燃焼のヘイスは帰り道、依頼範囲外だが目に付く木を片っ端から切っては回収していく。
実はこれ、ダンジョンの深層、ジャングルステージで散々してきたことなのだ。
当時は風魔法もアイテムボックスもそれほどレベルは高くなかったが、そこは魔素のゴリ押しで大木を切断し、アイテムボックスに一時回収、いっぱいになったらどこかにまとめて廃棄。なにしろそうしなければろくに進めなかったのだ。
ちなみに、魔素吸収でダンジョンの木も崩壊させることができるのだが、切った方が断然早かった。
ヘイスは職員や冒険者たちに驚きや呆れの目を向けられたが、平然とした態度を取り続け、開拓の現場まで戻ってきた。
現場でも突然森の奥の木が消失するという現象が目撃されて、厳重に警戒されていた。
職員が慌てて現場責任者に説明していた。
こんなことなら他の予定地を回ってくるんだった、とはその職員の呟きである。
そんなこんなで時間が浪費され、結局夕方近くになってしまった。
「そういえば、切った木はどこに置いておけばいいんだ?」
現場の誤解を解いて街への帰り道、ヘイスは聞き忘れていたことを思い出して、ちょうど職員が同行しているので聞いてみた。
「門衛に話を通しておくので、壁の近く、ただし少し離して、街道にもはみ出さないように並べておいてください。わからないことがあったらすぐ門衛に言ってください。ギルドに連絡が来ますから」
ちょうど何本か回収してきているので予行演習しておこうと、その旨を職員に告げる。
職員は、そういえばそうだった、と顔を引き攣らせていた。
北東門に到着し、門衛の責任者を呼び出す。もちろんギルドの職員がである。
正式な指示は明日になるが、と概要を説明し、試しに壁際に何本か放出してみた。
「うーん。短期間なら問題なさそうだが……」
門の責任者は枝を払っていない大木と壁の距離を確かめながら不安そうに言った。
確かに、これ以上近くに原木を並べておくと壁に登りやすそうだ。
それはなにも盗賊の心配をしているわけではない。魔物が壁を飛び越える可能性が高くなると心配しているのだ。
防犯意識が高いことにヘイスは感心するのだった。
そしてこの日は、あくまで臨時の材木置き場とすることにした。そのうち幹部会でもっと適切な場所を決めるだろうとのことだ。
そして解散かと思いきや、ギルドに報告しなければならないらしい。
孤児院に顔を出すほかは全く予定のないヘイスは素直に従うのだった。
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