第40話 クラ○が立ったー
鈴木公平改めヘイス・コーズキーは盲目の少女の治療をすることになった。
医者ではないが、この世界には魔法がある。
そして原因が魔素だとわかれば、魔素については、ヘイスはエキスパートなのだ。
「あれ……? おじちゃん?」
ヘイスの鑑定ではミスティの両目から安全値にまで魔素が抜けたはずである。完全には抜かない。この世界の人間は僅かに魔素に頼っているからだ。
「シスター。こっちに来れるか? 念のため回復魔法をかけてやりたい。費用は俺が出そう。できるだけ上級で頼む」
「は、はい。まさか、ミスティ? 目が見えるの?」
「うん。しろいふくのおじちゃんがいるー。パパじゃないのにおめめよくなったー」
「ああっ! 神よ! 奇跡に感謝いたします!」
薄汚れたような色合いのスノードラゴンのローブは暗闇では白く見えるらしい。
それより、シスターが感謝を捧げたのはアスラ神じゃないよな、と思ったヘイスであった。
暗い中、何とかミスティのところに辿りついたアネリアは回復魔法を行使した。ヘイスの指示に従って眼球周辺に集中して。
ヘイスが聞いてみたところ、使ったのは《ハイヒール》。
《グレーターヒール》の使い手も教会に居るとのことなので、明朝ミスティの症状次第では正式に頼むことにした。
「さて。じゃあ、少しずつ明るくしてみようか」
この世界、魔石を利用した魔道具があり、安価なランプなどは庶民にも出回っている。
しかし、やはり金のかからない生活魔法の光が重宝されている。
孤児院は生活魔法も使えない子供が多いので、随所に魔道ランプが設置されている。それを点けてもらった。日本人にとっては頼りない明るさだが、今はそれがちょうどよい。
「ミーちゃん、眩しくないかな?」
「まぶちくないー」
「目は痛くならないかな?」
「いたくないー」
まるで医者の真似事だが、関わった以上、ヘイスにも責任がある。当分は気にかけないといけないだろう。
「もう大丈夫かな。皆も明かりを出していいぞ」
ヘイスの許可が出て、年長の子供たちはそれぞれ魔法の光を発現させた。
「ジェシーおねえちゃん?」
「ミーちゃん、ホントに見えるのね?」
「やっぱりジェシーおねえちゃんだー」
「ミーちゃん!」
「「「「「わーい! ミーちゃんの目が治ったー!」」」」」
ジェシーとミスティは抱き合い、子供たちははしゃぎまわった。
それを見ていたシスター・アネリアとナジャスは滂沱の涙を流している。
ヘイスは一人、『クラ○が立ったー』という声が頭の中にリフレインしているような錯覚を起こしていた。
それはともかく、めでたいのはわかるが、感動よりも怒りの感情が強かった。
ミスティが失明し両親を失ったのも、元を糺せば魔素流入が原因なのだ。これはヘイスがダンジョンに次元を超えて落ちてきたのと同じである。
それを、システムの大本のせいで失明し、治ったからとシステムという神に感謝するなど、ふざけているのか! と叫びたいのを堪えているのだ。
ましてや、ミスティの両親は帰ってこない。ミスティは孤児のままだ。
このやるせない気持ち、どこにぶつければと、そうだ! ダンジョンにぶつけよう! 今すぐダンジョン攻略だ!
などとヘイスが考えていると、シスター・アネリアが近寄ってきた。
「ヘイスさん、先ほどは失礼な態度を取り、申し訳ございませんでした。貴方のおかげでミスティの目が治りました。どう感謝すればよいか……」
「いや。ちょっとした思い付きがマグレ当たりしたにすぎん。大したことはしていない。ただの浄化だからな」
「いいえ。これは偉業です。教会も知らなかったことです。エクストラヒールかエリクサーでないと治療できないという診断が、まさか浄化で治るなんて、教会に属するものとして恥ずかしい限りです。もしこの真理に至っていたら、ミスティのご両親も無茶をしなかったはずです」
「それは言ってもしょうがないだろう。数ある不幸の一つだ。教会だけの責任じゃない」
ヘイスと同じ推論に達したシスターを、責めても意味がないと判断し、宥める方向にシフトした。
「……ありがとうございます。そう言っていただけると心が軽くなります。ミスティのことといい、改めて感謝を申し上げます」
「ああ。それでいい」
「つきましては、このことを総本山に報告したいと思います。といっても、この支部が所属するミッテン王国教会本部を通してですが」
「ちょっと待ってくれ。いや、報告はかまわんが、俺の名前は出さんでくれ。なるべく、絶対」
「何故ですか? これほどの偉業、盛大に讃えられて然るべきです」
「価値観の違いだな。俺は名誉や出世には興味はない。逆に有象無象に群がられるのは迷惑だ」
「……私も上層部のあり方に疑問を感じることもありますが、そうハッキリと迷惑だと言われるとは思いませんでした。ですが、報告はどうすれば……」
「旅の胡散臭い魔法使いから聞いて、単なる《浄化》だから危険はないと思って試した、でいいじゃないか。名前は知らないってことで、あとは本当のことだ」
「ですが……」
「ナジャスもそれでいいな? 依頼はスライムの間引きだ。治療のことは報告の必要はないだろ? あ、そういえば、魔石を預かっていたな……」
「ヘイスさん……わかりました。家族の恩人にそう言われたら、嫌がることはできませんね。私からは何もいいません」
「ナジャスさんまで……わかりました。報告にヘイスさんのお名前は出さないことにします」
「感謝する。ところで、大き目の袋か箱を用意してくれ。スライムの魔石が山ほどある」
「あ、はい」
その後シスター・アネリアが用意した木箱にヘイスは預かっていた魔石を注ぎ入れる。
まるで掌から魔石が湧き出るような光景に子供たちは興奮した。
「すっげー! 魔法だ!」
「あれ、ぜんぶ魔石? すごい!」
「ヘースおじちゃん! しゅごい!」
大量ではあるが小さな魔石のこと、木箱を一杯にしてパフォーマンスは終わった。
子供たちはがっかりした様子だった。
「まあ……こんなにたくさんの魔石をあの子たちが?」
「ああ、間違いなくあの子たちのものだ」
クズ魔石といえどもこの量は一財産だ。恐縮するシスターをヘイスとナジャスが言い含めて何とか受け取ってもらえた。
そしてヘイスの役割は終わる。
「さて、俺たちはそろそろギルドに戻るが、そうだ、ミーちゃん」
「なーに? おじちゃん」
「ミーちゃんは好きなご飯はあるかな?」
「うーんと、うーんと……おしゃかな!」
「そうか。じゃあ、お祝いだ。シスター、夕食の準備は終わっているのか?」
「あ、そういえばまだでした。大変! 急がないと!」
「ちょうどいい。これを使ってくれ。ミーちゃんの快気祝いだ」
ヘイスはアイテムボックスから、昨日衝動買いした食材を取り出す。メインはリクエストの魚介類。野菜や小麦も大放出だ。
「うわー。食べ物がいっぱーい!」
「おしゃかなだ!」
子供たちは魔石のイリュージョンよりも興奮している。
ギルドが経営しているとはいっても、決して贅沢のできる環境ではない。
孤児院の教育方針もあるだろうが、今日のような目出度い日にお祝いをするのまで咎められることはないだろう。魔石に続いての大量の食材に恐縮しきりのシスターも断ることはなかった。
「さて、これで本当にお役御免だ。ナジャス、戻ろうか」
「はい」
「おじちゃん、いっちゃうの?」
ヘイスが部屋を出て行こうとすると、ミスティが止める。
「ああ、ギルドに行かないとな」
「いやいや! いっちゃ、ヤダー!」
ミスティはヘイスにしがみついて放さない。
「おじさん、もう少し一緒にいてあげて? ミーちゃんが寝るまででもいいから」
夕食の準備を手伝うためヘイスの出した食材を運んでいたジェシーもその場面を目撃してミスティの味方をする。
「しかしな……」
「ヘイスさん。私は戻らなければなりませんが、ヘイスさんの報告は明日でかまいませんから」
頼ろうとしたナジャスにもこう言われてヘイスは観念するしかなかった。
「わかった、わかった。一緒にいるからな」
「わーい! いっしょにあそぼ!」
「ご飯ができるまでだぞ? 何で遊ぶんだ?」
「うーんと、うーんと、おじちゃん、おはなしして!」
「お話ねぇ……そうだな、むかしむかし、あるところに、お爺さんとお婆さんがいました……」
こうしてヘイスは子供たちの相手をするのであった。