第39話 シスター、この人です!
鈴木公平改めヘイス・コーズキーは、とある孤児に興味を覚えていた。
同情といってもいい。日本ではいろいろな柵から行動するのが躊躇われたが、ここ異世界で躊躇うのはシステムの大本の神に対してぐらいだ。
やりたいことはやってやろう。
そんな気分だった。
「本当にミーちゃんの目が治るんですか!?」
「じ、実際に見てみないとわからないが、たぶん?」
ミーちゃんを実の妹のように可愛がっているという少女・ジェシーの勢いに押されるヘイス。
「ヘイスさん、あまり子供に期待させるようなことは……」
ナジャスも懐疑的である。
「まあ、試してみないとわからないのも本当だが、その子の治療に《浄化》は使ったのか?」
「え? 浄化ですか? いえ、聞いたことありません。というのも、私はミーちゃんの両親には会ったことがないんです。でも、なぜ浄化なんですか?」
「何故って、魔物の毒なんだろ? 魔物といえば魔素だ。もしその子の目が魔素のせいで悪くなっているのなら、浄化で何とかできるんじゃないかと思ったんだが」
「そんな簡単に行くんでしょうか?」
「もしすでに浄化を試してたんならダメかもしれんが、まだだっていうなら試してみる価値はあると思うぞ? 教会なら浄化を使える人間もいるだろ? なんなら俺が試してもいい」
「おじさん! お願いします! ミーちゃんの目を治してあげて!」
「「「おじさん! お願い!」」」
ジェシーだけでなく、他の子供たちにも縋り付かれたヘイスはタジタジになった。
「わ、わかったから。と、とりあえずミーちゃんに会ってみよう。話はそれからだ」
「はい! おじさん、急いで!」
「「「わー! いそげー」」」
「こ、こら、押すな!」
子供たちはヘイスとナジャスを引っ張ったり後ろから押したりして孤児院へ急いだ。
子供たちの頑張りのおかげか、行きよりも早く孤児院に到着した。あくまでも心持ちの話だが。
建物に連れ込まれる前にヘイスは口を開く。
「念のため回復魔法を使える人を呼んでおいたほうがいいと思うぞ」
「それなら大丈夫です。シスター・アネリアが使えます。ヘイスさん、早く入って!」
「ああ、わかったから、そんなに急ぐな」
ジェシーに手を引かれ、孤児院の中に入るヘイス。
おそらく食堂であろうところに案内された。
「待っててください。いま、シスターとミーちゃん呼んできます」
孤児院に戻ってきてからもジェシーが張り切っている。出身者であるナジャスも口を挟めないくらいだった。
「ヘイスさん、今から来るシスターが実務上の責任者です。今後孤児院からの依頼はその方からサインをもらってください。不在の場合は隣の教会の誰でもかまいませんが」
「わかった。お、来たようだぞ」
ヘイスが建物に入ってからすぐに、スライム間引きに参加していない子供たちからも遠巻きに見られていたが、そのざわめきが変化したので待ち人が来たことがわかった。
「シスター、この人です!」
まるで通報されるかのような気がしたのはヘイスが日本人だからであろうか。
それとも呼ばれてきたシスターが怪しげな目を向けて来たからだろうか。
或いはミーちゃんらしき幼女の姿が見えないからだろうか。
「……はじめまして。この孤児院を任せられているアネリアと申します」
シスターは、日本人のイメージのシスターではなく、女神官というイメージだった。
「冒険者のヘイスだ。見ての通り魔法使いだ」
ヘイスがことあるごとに魔法使いを名乗るのは、フードを被りっぱなしであることを怪しまれないように、魔法使いのこだわりなんだと周りに思わせるためだ。
幸いこの街に来てから指摘されたことはない。
「……それで、ミスティの目が治るとはどういうことでしょうか?」
どうやら胡散臭い魔法使いということで姿格好には言及されなかったが、それだけに不信感も持たれてしまったようだ。
「ミスティ? ああ、ミーちゃんな。そうなんだが、まずは確かめたい。ミーちゃんはここに来て治療を受けているか?」
「え? あ、はい。簡単な《ヒール》だけですが。結果はご存知の通りです」
「では、解毒は回復魔法でできるのか?」
「ええ。ですが、上級になりますとここには使える方はおりません」
「では、浄化は試したか?」
「いいえ? あの、貴方は何がおっしゃりたいのですか?」
「ミーちゃんが失明した原因は魔物の毒だと聞いた。なら浄化が効くのではないかと思ったんだが、そんなにおかしなことなのか?」
「聞いたことがございません。《浄化》は身を清め、悪霊を払うスキルです」
「だが、実際に魔物の肉を食べられるようにしているだろう? 解毒と同じじゃないのか?」
ヘイスは自分に常識が足りないとわかっているので、ちらりと隣のナジャスに目で確認した。
「わ、私も聞いたことはありませんでしたが、ヘイスさんの話を聞いて、一理あると思いました。シスター・アネリア。どうでしょう? 試すだけでも……」
「……そう、ですね。ナジャスさんまでそうおっしゃるのなら……」
「ああ、そうしてみろ。どうせ《浄化》だ。アンデッドでもなけりゃ悪い影響はない」
「確かにそうですね。わかりました。試してみましょう」
「私、ミーちゃん呼んでくる!」
そばで真剣に話を聞いていたジェシーが食堂を飛び出していった。
今度こそミーちゃんことミスティが連れて来られる。
ヘイスの見るところ、確かに5歳くらいの、白銀の髪をした儚げな女の子だった。
何故かジェシーはミスティをヘイスの前に座らせた。テーブルを挟んでではなく、隣の椅子に向きを変えてだ。
「ミーちゃん、この人がヘイスっていう、すごい魔法使いのおじさんだよ」
「ヘースおじちゃん? ミーちゃんはミーちゃんていうの。5さいなのー」
「あー……おじちゃんはヘイスっていうんだよ? あれ? ミーちゃん、おじちゃんが見えてるのかな?」
ミスティはしっかりと自分でヘイスの方を見ている気がしたのだ。
「見えないのー。でもおじちゃんがわかるのー」
「おじさん、ミーちゃんは明るいとか暗いのがわかるんです。だから目の前に人が居るかどうかぐらいはわかるんです」
「なるほど……」
ヘイスはミスティの目の前で手を振ったり光球を出したりして反応を確かめた。
ヘイスは医学を専門に学んだことはないが、現代日本人の常識レベルの家庭の医学ぐらいは知っている。
(これは視神経は問題ないんじゃないか? 水晶体だったか? 角膜か? そいつが魔素に汚染されてんじゃねぇかな……ほら、やっぱり)
ヘイスは鑑定スキルもかなり高くなっている。そのスキルに頼ってみたところ、《魔素による高濃度汚染》と出た。
この世界の医者の迂闊さを呪ったが、ミスティ全体を鑑定するのではなく、眼球に意識を集中させてでないとこの結果は見えなかったので、呪いの矛先はシステムになるのだった。
「おじちゃん、まほーつかいなのー? ミーちゃんのママもまほーつかいなんだよー。ミーちゃんもおっきくなったらママみたいなまほーつかいになるんだー。ミーちゃん、おめめみえないけど、パパがおくすりとってきてくれるってー。もうすぐおめめもよくなるんだよー」
ミスティは目が見えないというのに明るく元気な女の子だった。
そこかしこから啜り泣きする声が聞こえてくる。
「そうか。すぐによくなるからな。シスター、俺が浄化をかけてもかまわんな?」
シスター・アネリアは声を漏らすまいと口を手で押さえている。
何度も頷くことで了承の返事をした。
「あー。そのまえに、この部屋の明かりを落としてくれ」
どこかで聞きかじった知識をもとに指示する。
外はすでに暗くなっているので、皆が光魔法を解除すると部屋は真っ暗になった。
「さてと。浄化……」
ヘイスは鑑定を持続させながら、ミスティの両目に魔素吸収をかけるのだった。