第33話 始めにこれを一つ受けよう
鈴木公平改めヘイス・コーズキーは衝動買いを後悔し、今後の予定について悩みに悩んだ。
出た結論は、『とりあえずギルドに行って依頼の傾向を把握しないと決められない』であった。
異世界生活二日目、ヘイスは黄金の海岸亭でゆっくりと朝食を取っていた。
宿代に含まれているので当然のことだ。
そして、早朝は冒険者たちの依頼争奪戦のピークなのがテンプレだろうと考え、こうしてのんびりしているのである。
そもそも、しばらくは人里でのんびりと過ごす予定だったのだ。
昨日の衝動買いがなければ本当に予定通り過ごしていただろう。
朝食を済ませ、ヘイスは重い腰を上げる。
カウンターでチェックアウトの手続きをした。
状況次第ではギルドの宿舎を利用するかもしれない。いずれ機会があったらまたこの宿に泊まろうと思いながら宿を後にする。
「あー。ベッドよかったなー。ダンジョン用に買っておこうかな。また金が出て行くのか……」
ギルドに向かう途中、またまたほしいものを思いついてしまう。
金銭的な問題には違いないが、どちらかというと、魔石の換金が頻繁すぎて周りに目を付けられないか心配なのである。
ヘイスはオタク知識を活用し、ドラゴンクラスの単体で目立つ魔石は所持していないが、ダンジョン上層・中層の雑魚魔物の魔石は売るほどある。総額でいくらかになるか見当も付かない。
だからヘイスはこの世界で金に執着しないし、下級冒険者としてチマチマ稼ぐことに魅力を覚えないのだ。
通行証、身分証を手に入れるための条件と考えているため、面倒な下級冒険者のノルマも我慢してこなそうと消極的な態度だ。メリットとデメリットを天秤にかけてギルド除名も視野に入れている。
しかし、目的のダンジョンは36もある。1年2年で終わるかどうかは潜ってみないとわからない。しかもそれ以外の野良ダンジョン・野良モンスターも魔素回収の仕事のうちだ。他の大陸に行くこともあるし、個人的な買い物もしたい。
ならば、やはり冒険者の身分は必要だろう。少なくとも国境を越えるときに役立ちそうだ。
これは2、3ヶ月は時間を無駄にしても中級冒険者になった方が後々便利かもしれないと思い直す。
そうすると、昨日の衝動買いがチクチクと地味に悩ませてくる。金銭はともかく、3年間ダンジョン暮らしで食料関連に敏感になった、もったいない精神の問題だった。
宿舎に個人用の厨房があれば問題解決なんじゃないか、などと考えていると、程なくギルドに到着する。
昨日来たときと大体同じぐらいだろう。ギルドは閑散としていた。
ヘイスは受付カウンターをチラリと見る。
知っている顔が2人いた。ヘイスが来たことに気付いているようなので、軽く手を振り、そのまま掲示板に向かった。
掲示板は四種類。上級、中級、下級とランクフリーだ。
ランクフリーというのは、通常はベテランが駆け出しの仕事を奪ってしまわないように厳格に分けているのだが、依頼によっては不人気のもあり、残り続けてしまう。こうなるとランクが上の者が受けても支障はない。ラノベ知識で言うところの塩漬け案件である。
ヘイスが時間をずらしてやって来たものだから、下級冒険者用の掲示板は見事にスカスカだった。
残り物とランクフリーを見てみる。
ヘイスにとって依頼料は重要ではない。むしろ、一件の依頼に掛かる時間のほうが重要だ。
一日皿洗いとか、一日見張りとかはできれば勘弁してほしい。
そんなヘイスにピッタリのが残っていた。
まずは剥がさず、受付に向かう。
今回は昨日手続きしてくれたステラを選んだ。特別な理由はない。近かったからというだけだ。
「昨日は世話になった。聞きたいんだが、あの依頼書を剥がして持ってくればいいのか?」
「はい。常設依頼以外は剥がして持って来てください。常設依頼は直接成果を提出してもらえば結構です」
「わかった。ところで、九級に常設依頼はないようだが?」
「実はあるんですが、ギルドのやり方を覚えてもらうために、必ず受付を通させるようにしているんです」
「なるほど。ノルマといい、結構厳しいな。じゃあ、ちょっと取って来る」
ヘイスは掲示板のところに戻り、目を付けていた依頼書に手を伸ばした。
横取りされるパターンも想像したが、人の少ない時間帯であることもあってか、期待したイベントは起こらなかった。
「これを頼む」
「え? 多すぎですよ」
ヘイスが持ってきたのは5枚の依頼書だった。
「期限のないものもある。問題ない」
「ヘイスさん、依頼を受けるのは初めてですよね? 無理はしないほうが……」
「わかった。では始めにこれを一つ受けよう。それが終わったらまた受けに来るとしよう」
「はい。それでしたら……」
ヘイスは、ラノベの展開上ありえそうなシチュエーションをシュミレートした上で、うるさく言われないようであれば全部受けるつもりだった。
しかし、新人への配慮はラノベでも現実でも同じようなものらしい。
「はい。これで受付は完了です。お仕事が終わりましたら依頼人の方にサインをもらってください。その後ここに提出すれば依頼達成になります」
「わかった。説明感謝する。では、行ってくる」
「はい。いってらっしゃい」
こうしてヘイスは冒険者としての一歩を踏み出すのだった。
ヘイスの選んだ依頼は、5枚とも荷運びだった。
それも出来高制。依頼料は時間でなく荷物の個数で決まるのだ。おそらく他の冒険者にとっては割りに合わないと敬遠されたのだろう。
しかし、ヘイスはアイテムボックスがある。
場合によっては延々と働くことになるかもしれないが、この世界の物流レベルだと多寡が知れている。短時間で終わるだろう。5件を一日で片付けるのも無理ではない。
一件目。
ヘイスは港に来た。潮風が懐かしさを感じさせる。
依頼は船から倉庫に荷物を運び入れること。専門の人足も当然いるが、下級冒険者にもお零れ的な仕事を回しているのだろうとヘイスは裏読みした。
「ギルドから来たものだ」
「おいおい。お前、どう見ても魔法使いだろ? 仕事になるのか?」
責任者らしき男に声をかけて依頼書を見せると、あからさまにがっかりされた。
確かに、3年間ダンジョンで鍛えたものの、そう簡単に体格が巨大化するわけがない。しかもローブ姿なのだ。
責任者の感想は間違いではないとヘイス自身も思った。
「安心しろ。俺はアイテムボックス持ちだ」
「なに! そいつはスゲーや。あ、だが、金は同じだぞ?」
「かまわん。それはアンタが決めてくれ。俺は早く終わらせて次の仕事に行きたいんだ。早いとこ案内してくれ」
「あ、ああ、わかった……こっちだ」
責任者に案内されたのは木造船。ヘイスは詳しくはわからなかったが、ガレオン船という言葉だけは知っていた。アスラ神なら知っているだろう。この場で聞いてもわかることだが。
「ここの荷物を港の倉庫まで運んでくれ。向こうで係りのやつが数える。俺も最初はついていってやるがな」
「全部でいいんだな。よし、これで終わりだ。他の部屋にもあるなら持って行くぞ?」
ヘイスが教室ほどの船倉に積まれていた木箱を片っ端からアイテムボックスに入れると、責任者の男はあんぐりとした表情になった。
ヘイスが何度も呼びかけて正気を取り戻させ、隣の船倉の荷物も運ぶことになった。
港の倉庫でも、係りの男が同じような表情でフリーズした。
「に、にいさん、ウチの商会で働かないか?」
「それは断る。俺は冒険者だ。そうだな、短時間でこなせる仕事なら引き受けてもいい。それより、仕事が終わりならサインをくれ」
責任者の男がヘッドハントしてきたが当然答えは決まっている。
「も、もう一往復頼む。それであらかた終わりなんだよ」
「しょうがない。これも依頼の内だろうからな」
依頼によっては、明確な量が決まっていないこともある。時間優先のヘイスにとってはこれが怖い。
あと一往復だけなら誤差だろうということで荷運びを続けるヘイスであった。