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第31話 カルチャー・ギャップ

 


 鈴木公平改めヘイス・コーズキーはギルドの酒場で管を巻いていた。

 酒に酔ったというよりは嬉しすぎて、楽しすぎて、浮かれていたのだろう。


「なあ、アンタ……」


 ヘイスに絡んできたネストと呼ばれたネアンデルタール人(仮)が話しかけてきた。


「ん? ああ、俺はヘイス・コーズキー。ヘイスと呼んでくれ」


「じゃあ、ヘイス。ヘイスはあの受付嬢たちのどの子を狙ってるんだ?」


「……冒険者になったら受付嬢を狙わないといけない設定でもあるのか?」


「こいつ、競争率を下げようとしてんだよ。ああ、俺はリーダーのピカント。ついでに、このキモいのがジャワン、隣がベージン。それからクローだ」


「ああ、覚えられるかわからんが、よろしくな」


 もう一人のネアンデルタール人(仮)がやはりリーダーだったらしい。彼のことは記憶に残りそうだ。


「名前なんてどうでもいいんだよ。早く答えろよ」


 ネストは朝酒のせいか、しつこい。


「狙いといわれてもな。俺はこの街に来たばかりなんだが」


「好みぐらいあるんだろ?」


「んー……」


 ヘイスはチラリと受付カウンターの方へ視線を向ける。そこには数人の美人受付嬢が並んでいる。


「正直、ここのお嬢さんたちはタイプが違うかな?」


 ギルド内がざわりとした。

 時間帯のせいか、忙しくもなく、酒場のバカ話に受付嬢たちも聞き耳を立てる余裕があったらしい。


 男同士で飲んでいると大概この手の話題になるのは日本も異世界も同じだな、と軽く考えてのバカ正直なヘイスの発言だった。


「一人もいねぇのかよ」


「まあな。俺は、詳しくは言えないが、遠くの生まれでな。俺の国とここら辺じゃ人種……じゃなくて、顔つきが全然違う。やっぱり、好みは自分の国の女の子だろうな」


 アスラ神に聞いてはいたが、テンプレ通りなのか異世界の人種は白人種が多かった。

 ヘイスが日本で接してきた異世界モノは小説かアニメだったので登場人物の女性は日本人顔のイメージに自然と変換されていたのだと実際に異世界転移して実感した。

 なにしろハリウッド張りのバリバリの白人顔なのだ。それが翻訳能力のおかげで日本語をぺらぺらしゃべっているように聞こえる。違和感がハンパない。まるで海外ドラマの吹き替え版を見ている気がする。

 恋人にする? 結婚? ありえない。ラノベの主人公は白人のハーレムをよく作る気になったものだな。

 それが日本人・鈴木公平としての正直な感想だった。


「そんなにタイプが違うのか?」


「ああ、違うね。例えばネスト君とリーダーの二人と、ほかの三人はタイプが違うだろ?」


「そうか? こいつらが細めだってだけじゃね?」


「……なるほど、キミたちにはその程度なのか。こりゃ価値観もかなり違うな……」


 ネストたちにとってネアンデルタールとホモサピエンスに違いを感じられないらしい。

 ヘイスはネストたちの反応を見て、アスラ神がこの世界について説明してくれた内容を改めて思い出した。


 こちらの世界の人種は複数ある。大きく分けると普人種と亜人種だ。

 ネストたちの反応から、ネアンデルタール人(仮)はステータスに表れない普人種の一種なのだろう。例えていえば、地球での白人対黒人対黄色人種の差異も、この世界では日本人の中の醤油顔とソース顔、縄文顔と弥生顔、の差異レベルになってしまうのだろう。確かに気にならない、或いは慣れてしまった、といえる。


 だが、ヘイスは異世界に来て実質一日目だ。

 見た目だけでなく価値観もどこがどう違うかわからない。国際結婚どころか友人づきあいですらできるかどうか心配なレベルだ。


 百聞は一見に如かず、習うより慣れろ。とは良く言ったものだとヘイスは深く思う。

 3年間ダンジョンでアスラ神から聞いた説明より、今日の午前中の体験がヘイスに大きなカルチャーショックを与えた。


 きっとこれからも異世界はヘイスを驚かせるに違いない。


「さて。白けさせてしまったな。悪いがこれで退散させてもらおう」


 なんとなく空気が重く感じられたヘイスは、それだけ言い残すと返事も待たずに席を立った。

 今度こそギルドから出て行く。

 受付カウンターも見ない。

 社会人としてどうかとも思うが、そこは異世界のこと。常識は追々慣れればいいと心に蓋をした。


 ギルドから飛び出し、しばらく歩いて、やっとホッとする。


「……明日は休もう。いや、ノルマ期限ギリギリまで休んでしまおう。この街の探索も重要だしな」


 今日できることは明日でもいじゃん、的な発想になってしまったヘイス。

 確かに、もうサラリーマンではないのだから誰も困らないが。


 アスラ神が脳に手を加えたせいかどうかには触れず、ポジティブに生きようとするヘイスは、受付嬢からの情報に従って市場を訪れることにした。

 市場は大きく二つあるようで、一つは商業ギルドと冒険者ギルドが提携した規模の大きなもの。おそらく、行ったことはないが、築地市場のようなものではないかと予想している。

 もう一つは市民が主体のもの。こちらはフリマのようなもので、これぞ異世界の市場というイメージなのだろう。

 見たいのは後者だが、実際買い物するなら前者だろうと、先に大きな方を目指した。


 はじめての街だが、元営業担当だ。道の聞き方も心得たもので、あっさりと目的地に着く。

 確かに、市場(いちば)というより市場(しじょう)と呼んだ方がふさわしい雰囲気だった。


 ヘイスは鑑定スキルを駆使しながら色々と買い込む。といっても食料関連ばかりだ。

 ダンジョン生活3年は苦労の連続だった。

 肉はあっても塩すらなかった。塩を見つけても野菜がない。やっと野菜を手に入れたら他の調味料がほしくなる。ハーブや骨の出汁で工夫はしたが、日本人的な主食が恋しい。米だ。粉モンでもいい。しかし、さすがのダンジョンも野生の稲や麦は見つからなかった。


 そんなわけで市場では小麦粉と野菜、目に付いた調味料などを買った。残念ながら米と醤油は売っていなかった。

 アスラ神の情報でこの世界に存在するのは確かなので機会を見つけて手に入れようと決心するヘイスだった。


「しまった。全部使ってしまった……」


 まだ魚介を仕入れる前に手持ちの資金が消えた。銀貨にして9枚、日本円で約9万円だ。一体何食分買い込んだのか。食料難に対してトラウマレベルの危機感を持っているがゆえの衝動買いだった。


「これからギルドに戻るのもなぁ……」


 極まりが悪いといったらない。


 幸い、市場は両ギルドの管轄。ちょっと聞いたら魔石の買取もしてくれるそうだ。

 ヘイスは手数料も気にせず、だが大騒ぎにならない程度の魔石を買い取ってもらった。


 今度は落ち着いて、せめて今夜の宿代は残して魚介を片っ端から買っていく。

 ここでも残念なことに鰹節が見つからなかった。


 だが、それでもヘイスは満足だ。安心してダンジョンに潜れるというものである。


「あ、ダンジョンに行く前に買えばよかったじゃん……」


 ヘイス、今日の反省。

 口は災いの元。ご利用は計画的に。


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