第25話 あれから……
鈴木公平改めヘイス・コーズキーは過去を振り返っていた。
「あれから30年、何もかもが懐かしい……」
『何を言っておる? 3年も経ってはおらんぞ?』
「いやいや。俺の歳のことだ。もう31なんだぞ。大体3年だって俺にとっちゃ長すぎる。誰とも会わずにダンジョンの攻略に明け暮れる人生……俺が望んだわけでもないってのに娯楽の一つもねえ。まだ気が狂わない自分を褒めてやりてえよ」
『我が思考を誘導して精神異常耐性をつけてやったおかげじゃな。感謝するがよい』
「相変わらずイヤミも通じねえ……ま、それも今日で終わりだ。神サマ、俺はここを出て行くぞ!」
『うむ。このダンジョンはあらかた魔素が回収された。世界を巡ってほかのダンジョンを攻略するのだ。奴らに目に物見せてやるがよい』
そう。ヘイスはついに、ここアスラルテア山ダンジョンを完全に攻略し終わっていたのだ。
このダンジョンは千層。一日一層攻略したとしても千日、地球では二年と9ヶ月、このアスラ世界でも二年と7ヶ月かかるということになる。
アスラ神の言う3年はほぼこの目安に近いが、実は攻略そのものに掛かった時間は実に1年分足らずだった。
では、あとの二年分は何をしていたかというと、アスラ神の本来の目的である魔素の回収に努めていたのである。
一年目はヘイスも苦労のしどおしであった。
何しろアイテムボックスの容量が小さく、何度も往復することになった。やっとアスラ神が魔素を神力に転換できるようになり、さらにその権能をグレードアップさせるため大量の魔素が必要だったからである。ヘイスは親鳥が雛に餌を運ぶがごとく働いた。
その甲斐あってついにヘイスに《転移魔法》のスキルが与えられた。
ヘイスは喜び階層を駆け回ったが、お約束というべきか、初期段階では短距離の移動しかできず、魔法陣を使ってもせいぜい一階層移動できるだけであり、劇的なペースアップは不可能であった。
それが一年目の終わりのこと。
二年目は後半からペースが上がってきた。
一年も戦い続ければ元日本人サラリーマンでも戦いに慣れてくる。魔素吸収で敵のHP1にすれば経験値はスライム同然。単純計算で千層に最低一匹モンスターがいるとしても経験値は1000。これが多いか少ないかはヘイスには判断できないが、何も必ずしもHPを1にしてから倒す必要はない。それに気付いたヘイスがある程度の弱体化に留めて積極的に戦うようになったのだ。娯楽が少ないということも原因である。ヘイスは戦闘凶とまでは行かないが、戦いに楽しさを見出した。
深層のドラゴンなどに比べれば中層・上層の魔物は弱い。魔素吸収で弱体化させずあえて時間をかけてまで戦闘することもあった。
そのおかげでヘイスはレベルアップし、今では上級冒険者レベルになっている。養殖ではない。鍛錬と経験を伴った正真正銘の上級者だ。
スキルレベルも軒並み上昇し、新たなスキルも多数生えている。
そのおかげで二年目の終わりには中層を破竹の勢いで攻略できるようになり、上層に上がるとその勢いはとどまるところを知らなかった。
転移魔法のレベルが上がり、100層単位で跳べるようになると、ヘイスは三年目早々にダンジョンの完全攻略を成し遂げたというわけだ。
ヘイスはそのまま人里に向かいたかったが、アスラ神の要請で魔素の回収に引き続き従事、ダンジョンの壁や床とヘイスの食料になりそうなもの以外はすべて回収することになってしまった。
選別に時間を取られ、やっとアスラ神の許可が出たのが昨日のことである。
出発前に挨拶代わりに小ネタを披露したヘイスだった。
「ほかのダンジョンて言ったって、俺はとりあえず人里に向かうからな。ま、そのうち回収はするさ。日本に戻れるんだからな」
『うむ。それでかまわぬ。帰るかどうかはそなたが決めればよいこと。魔素は回収してほしいが被害者であるそなたにこれ以上無理は言えぬよ。再び会うことができるがわからぬが達者での』
「おいおい、俺は絶対に帰るって言ってんだろ。なにしおらしいこと言ってるんだ。神サマらしくもねえ」
『う、うむ。もちろん我は我が使徒を信じておったぞ? ホントじゃぞ?』
「珍しい、というか初めてじゃねえの? こんなに焦るの。ま、そういうことでこれからもよろしくな、神サマ」
『う、うむ。こちらこそよろしくじゃな。そうじゃ、今は無理じゃが、次にそなたがここを訪れたときは感謝の意を表し、そなたの希望の姿で顕現してやろう。たしか、キツネ耳ののじゃロリであったな』
「げっ、俺そんなこと言ったか? いや、神サマだし……ま、まあ、ここに来る楽しみが増えたってことで……じゃあ、いつまでもグダグダしてらんないし、行ってきます!」
『うむ。気をつけての』
「おう!」
こうしてヘイスはコアルームを出て行った。
その顔には希望が満ち溢れている。
転移の魔法陣は、コアルームにはアスラ神の結界があるため、かつてミノタウロス(仮)がいたところに設置されている。
それをヘイスは躊躇なく起動させた。
これはアスラ神の指導によりヘイスが作ったものである。自らの魔力で跳ぶ《転移魔法》スキルの目印にもなるし、ダンジョンの魔素を利用し別の魔法陣に飛ぶこともできる。
今回は一気にダンジョン出口まで飛ぶのだ。
ヘイスの視界が変わった。
そこは1001階層。本来はここが一階層と呼ばれるのだろう。
ごつごつとした洞窟ステージ。洞窟などこの三年で見飽きたヘイスは何の感情も持たず歩みを進める。
「おう……いまだにここが外かどうか不安なんだよな……」
短くはない、ヘイスにとってはどうということのない距離を歩き、洞窟の外に出ると、そこは雪景色であった。
数ヶ月前ヘイスがこのダンジョンを逆走して踏破したときもこの光景を見た。
そのときは、また極寒ステージが始まったと絶望したが、そこが真にダンジョンの外だと判明したときは体中の水分がなくなるほど泣いたものだ。今ではいい思い出である。
どうやって判断したかは単純に鑑定スキルを使った。ダンジョンの構成物は皆《ダンジョンの○○》と出るのだ。
「鑑定……《アスラルテア山の石》……よし。間違いねえな。しかしホントあそこにそっくりだな。上層より攻略が難しいんじゃねえの?」
アスラルテア山の頂上。そこはアスラ世界の最高峰。海抜10000メートルに近い。日本人鈴木公平なら酸欠と寒さで瀕死になるだろうが、今はヘイス・コーズキーだ。上級冒険者レベルで装備も万全である。
そんなヘイスは昔の、探索を始めたばかりのころを思いだす。
トラウマになりかけた極寒ステージ。
同じような雪景色が延々と続くだけ。ドラゴンローブとマッピングスキル、十分な食料がなければ踏破できないだろう。
そんなステージが天候などを変えただけで二十層も続いたのだ。
雪が嫌いになるのも無理はない。
そんなヘイスの得意魔法は氷魔法なのだが。
「さて、行くか……」
ついにヘイス・コーズキーがアスラ世界で活躍する。