第22話 念願叶って
鈴木公平改めヘイス・コーズキーは絶体絶命の危機に陥っていた。
心ならずもアスラ神の使徒になってしまったが、人間であるヘイスの優先目的は生存することである。そのため健康的な食事は欠かせない。
そしてそのためにも最低限塩が必要だ。
それが入手間際になって突然巨大なヘビ型魔物と至近距離で遭遇してしまったのである。
これまで三匹の魔物と遭遇したが、相手に気付かれる前に不意打ちをしていたため戦いの素人のヘイスでも優位に立てた。
しかし、今回は不意打ちを食らった側である。幸いなのはまだ攻撃されていないことか。
が、それも時間の問題だ。何しろ向こうはすでにヘイスの存在に気付いているのだから。
「くっ……吸収! ファイヤーボール! アイスボール! ストーンバレットーーーッ!!!」
このままでは命が危ないと覚醒したのか、スノードラゴンとの戦いが平和ボケした日本人を異世界の神の使徒に変えてしまったのか、ヘイスは持てる攻撃魔法を連続して放った。
うち三つは、あとで試そうと放置していたスキルである。文字通りぶっつけ本番になってしまった。
そしてヘイスはスキルが発動したかどうか確かめようともせず氷の階段を駆け登った。
およそ十メートル。ステータスに物を言わせ日本にいた時には考えられないような速さで元の雪原に辿りつく。
さらに雪原を十メートルほど疾駆したが、ヘイスは急停止した。
以前のヘイスなら、間違いなく洞窟に逃げ込むという手段を採っただろう。
しかし、異世界に来てわずかな間に、ここで逃げては緩やかな衰弱死が待っているだけだと思い知った。
故に戦うしかない。
「このやろう! 俺の塩返せ!」
そう。塩は大事なのだ。
「キシャーッ!!」
ドラゴンのような巨大なヘビ。
ヘイスは竜というよりシーサーペントとかリバイアサンとかをイメージした。ラノベ脳であった。
「どうせダンジョンモンスターってしか鑑定に出ないんだろ! さあ! こっちに来いや!」
「キシャー!」
ヘイスの挑発は言葉はともかく通じたようでヘビの魔物は巨大な鎌首をもたげ雪原に這い登ってきた。
ヘイスはそれに合わせて後退する。
魔素吸収は忘れていない。時折、気にもならなかったが、しょぼいレベル1の攻撃魔法も織り交ぜていった。
「キシャー!」
「塔っ!」
ヘビ魔物もブレスを撃ってきた。
実際ブレスかそれとも魔法かヘイスには区別が付かなかったが、魔素吸収と同時に氷の巨塔を瞬時に建てて攻撃を防ぐ。壁ではないのは、三桁に達するほど造った経験によるものだ。
魔素吸収はスノードラゴンにも効果があってブレス直撃でも生き残ったのだ。もしブレスの種類が火炎だったり雷だったりしたらレベルの低いヘイスでは半減が精一杯で大ダメージだったことだろう。属性の違いに助けられたといってもいい。
そしてこのヘビもだ。ブレスは水属性らしく、威力が半減した上魔素強化された氷の塔に阻まれヘイスに直撃することもなかった。
そしてついに魔素吸収の効果が現れる。
「キシャー! キシャー!」
苦しげにのたうちまわるヘビの魔物。
ヘイスは冷徹に吸収を続けた。
「キシャー……キシャー……」
鳴き声に力がなくなり、ブレスも吐けなくなったようだ。
そして動かなくなる。
ヘイスは鑑定をかけた。
「よし。HP1だ。すまんな。おいしく食ってやるからな」
アイテムボックスから土の棍棒を取り出すと躊躇なくヘビ魔物の頭に叩き込んだ。
鑑定するとHP0。
魔物は死んだ。
「ふう……」
ヘイスは雪の上に座り込んだ。
生存競争。
それは頭ではわかっていても楽しいことではない。
吐かなかったり、トラウマにならないだけでもヘイスはこの世界に馴染んできたということだろう。
しばらく吹雪の中でヘビ魔物の死体を眺めていたが、ナーバスな雰囲気を打破するためかヘイスは独り言をつぶやく。
「そういえば、ドラゴンクラスを二匹棒で倒したのにスキルに《棒術》って出ないな。蹴りはコア一個で出たのに……」
異世界に落ちてまだ数日といったところ。この世界の常識も穴だらけだ。きっとヘイスの理解できない法則もあるだろう。
「まあ、経験値がHP基準だったら魔素の抜けたドラゴンもスライム並みだよな。スライム何匹倒したらレベルアップするんだろ? 何百年倒し続けてカンストってラノベあったけど、俺には無理そうだ。寿命で死ぬ。ほかのダンジョンコアは倒しても経験値なしだしなあ。
ここのコアはなんか神サマがシステムにバレないように調整したって言ってたし、たぶんそのコアをオークとかに偽装したんだろな。オークを一発で蹴り殺したらそりゃレベルも上がるしスキルも生えるだろうさ」
とりとめのない内容でいくらか気のまぎれたヘイスは、やっと腰を上げる。
「さてと、このリバイアサンだかサーペントだかわからんヘビも処理しないとだが、その前に塩、塩」
ヘビの死体に沿ってクレバスまで戻る。
幸い氷の階段は無事で、もう魔物はいないだろうと駆け降りた。
そして先ほどの実験を再開する。
「塩化ナトリウム、出ろ!」
新たに取り出した土製の皿の上に海水から食塩を抽出するイメージで強く念じる。
土魔法や水魔法で慣れた感覚だ。
結果それは成功したようで、白い細かな結晶が皿の上に生み出された。
色味は似ているが、雪とは間違いなく違う。
「よし、鑑定……おおっ! 食塩って出た! 只の塩じゃねえ、食塩だ。食える!」
ヘイスの拙い科学知識でも世の中には食用にならない塩も存在することはわかっている。だからこそ鑑定結果に喜んだのだ。いや、安心したのだろう。
早速大量生産し始めた。
が、途中で容器が足りないことに気付く。
「うん。あとで洞窟の岩で入れ物作ろう。それより味の付いた飯が食いたい!」
あっさりと方針転換する。
それでもスープ皿に山盛りの塩は何ヶ月分だろうか。
ヘイスは新階層の探索も魔物の解体も後回しにして洞窟に急いだ。
吹雪き舞う中料理などしていられない。塩が湿気ってしまう。
洞窟に入ると、小部屋に行くまでもなく吹雪が吹き込まなくなる。そういう仕様なのだろう。
ヘイスは気にすることなくその場で調理を始めた。
メニューはいつもと同じ。肉スープ、串焼き、焼肉、ステーキ。
だが今回は塩味がついている。
正に一味違うのだ。
「いただきまーす! ん~~~! うめーっ!」
異世界に落ちてきて一日目、ヘイスは練れないダンジョン探索をした上死ぬ思いで倒したドラゴン。飢餓状態になりかかっていたこともあり、一口目は涙が出るほど美味かった。
今日口にした同じドラゴンの肉は、涙ではなく笑顔になるほうの美味しさだった。
贅沢になったわけではないだろう。
逞しくはなったが、それだけ身体が塩分を求めていたということである。
久しぶりに満足のいく食事を終え、ヘイスは次の行動について考える。
「さて、これからどうするか……獲物も取れたし、塩も手に入った。依頼どおりアイテムボックス満杯にしてコア部屋に戻ってもいいんだけどな~。う~ん……」
洞窟の壁に満腹した身体を寄りかからせ、ヘイスは腹具合が落ち着くまで悩み続けるのであった。




