第18話 再出撃
「せんそう……ああ、あれか。よし、ならばクリークだ! ってやつな……」
鈴木公平改めヘイス・コーズキーは現実逃避しようとしていた。
『信じたくない気持ちもわかるが、事実じゃ』
「……聞きたくなかった……」
『ゴールがわからねば道中不安じゃぞ?』
「そんな正論……ってネタに走ってる場合じゃねえな。なんでそんなにあるんだよ!」
『侵略者が巧妙にこのダンジョンの発生を隠していたからじゃろうの。
ここは、この世界の最高峰である、かつて我が名を冠したアスラルテア山の地下奥深くじゃ。ダンジョンは空間魔法で広く見せかけているが、本体は確かにこの地にある。
じわじわと成長し、千層を越えたところで山頂に入り口を、いや、奴らからすれば出口を作り出し、ついに大量の魔素を吐き出しおった。
それまで気付かなんだ我の不明じゃ』
「最高峰って標高何メートルよ! 富士山とかヒマヤラの頂上にダンジョンの入り口って、冒険者が困るだろ! この世界のダンジョンってみんなそうなのか?」
『そんなわけないじゃろ。そなたの知識とほぼ同じじゃ。地表の魔素濃度は均一ではない。一定の条件があればコアが発生し、成長すれば地中に向かって広がるのが普通じゃ。しかもかつての魔素濃度であれば成長も遅い。人間の冒険者で十分対処できておった。
ここのダンジョンは異常じゃ。奴らは攻略をさせるつもりはないのじゃろう』
「うわー。最悪。俺、心のどこかで、この世界の魔素流入も事故かなんかで、システムは親切なよその神サマがこの世界の人間を哀れんで作ってくれたのかもって思ってたけど」
『親切? 身勝手な親切もあったものじゃ。それほど親切ならば我に代わって次元の穴を塞いでくれればよい。魔素も回収してもらいたいものじゃ。それに、よしんば魔素流入もダンジョンの異常発生も本当に事故だとしても、この地の神たる我に一言の通告もなしに手を差し伸べるなど侵略と捉えるほかないじゃろう』
「うーん……考えられるのは、その神サマも手助けできるのはシステムだけポイッと渡すだけだったとか? あとは……神サマより上位の存在が与えた試練? この星の神サマがどう対処するか抜き打ちテストみたいな?」
『前者は相談もなかった時点で小さな親切大きなお世話じゃ。後者は侵略という言葉を美辞麗句に変えただけじゃな。どちらにせよ、我のすることに変わりはない。使徒を通じて魔素を回収し、神力を溜めて次元の穴を完全に塞ぐことじゃ。頼りにしておるぞ、我が使徒よ』
「うわー。やっぱり誤魔化せねえ。結局俺がやるんだ……千層……」
『ふむ、その件じゃがな、どうにかできるぞ』
「どうにかって、千層歩かなくってもいいってことか?」
『うむ。さすがに最低一往復はしてもらわねばならぬじゃろうが、楽にはなるはずじゃ』
「具体的には?」
『そなたのリクエストした転移魔法じゃな』
「前に無理って……」
『無理なのはリソースの問題じゃといっておろうが。簡単に言うとそなたがこのダンジョンで魔素を掻き集め我が神力に変換する。その神力でそなたに転移魔法を覚えさせる。どうじゃ? 簡単であろう?』
「おお! ついに転移魔法が使えるのか!」
『慌てるでない。今はとても無理じゃと言っておる。魔素を神力に変える権能もまだ構築できておらんし、はじめはその効率もスピードも遅いはずじゃ。そなたも、まだアイテムボックスのレベルが低いゆえ、頻繁にここに戻ってこなければならないじゃろう。転送魔法が使えるようになってもはじめはレベルが低いゆえ魔法陣のほうが安全でよいかも知れぬし、それも結局リソース次第じゃからやはりはじめは一階層分程度からじゃな。一気に千層は不可能じゃのう』
「うわー。ここにきてやっぱりリソース問題。世知辛いなあ……」
『運命と思ってあるがままを受け入れるがよい』
「あるがままって、そりゃ神サマは神サマだからそんなのん気にしてられるんだろうけど、俺は一般人なの! 人間なの! 寿命が尽きるまでコキ使われたくない!」
『であるなら行動するがよい。愚痴を垂れ流している暇はないであろう? 寿命の無駄遣いじゃな』
「う~。ああ言えばこう言う……正論には勝てねえ……わかったよ! もう一回飯食ったら探索に行ってくるよ! アイテムボックスいっぱいにしてくればいいんだろ?」
『うむ。今の仕様じゃと、魔素に変換できるモノしか入らぬでな、魔素そのものだけでなくてもよい。詰められるだけ詰めて戻ってくるがいい。ああ、現段階で入っているモノも非常食を残してここに置いてゆくがよいぞ』
「え? 肉も? アイテムボックスから出しといて腐ったりしないのか?」
『ふむ。異世界の知識が邪魔になるのはこういうときか。興味深い。そなた忘れておるようじゃが、今のレベルでは時間停止機能はないぞ。無菌状態であるだけマシじゃが、外と等しく時間は経過するのじゃ。
ふむ。一つ言い忘れていたことがある。魔物の、特にダンジョンモンスターの肉は高濃度に魔素に侵されているため腐敗しにくい。放置しておくとゆっくりと魔素が放出され食用に耐える程度になるのじゃ』
「また後出しかよ……まあ、俺にとっても便利な設定だな。この世界、食料には困らなそう」
『うむ。我もそこまで今の人間の生活に詳しくはないが、冒険者が魔物の肉を取ってきて、遠方まで輸送し、ちょうど食べごろに肉屋が売りだすようじゃ。まあ、それも鑑定スキル持ちか浄化スキル持ちが判断するのじゃがな』
「へー。しかし、肉だけスープもうまいな……じゃあ、あのドラゴンもまだ腐ってないな。とりあえずはあれを全部運べばいいか。魔素に戻さないで置いておけば非常食にもなりそうだし」
ヘイスはアスラ神と会話しながらも食事の準備をし、もったいぶることなくそれを食べていた。
『そうして置いてもよい。もし我が構築に手間取り、魔素の変換が遅れるようなことがあって肉が腐り始めても、そなたが魔素として吸収すれば問題ない。ただ、結界内がまた飽和するとまた新たに次元の穴が発生する可能性もあるでの、ほどほどがよい。とはいっても、そなたのレベルでは多寡が知れておるからの。何も考えず全力で回収するがよい』
「言ったな! よし、こうなったら神サマが悲鳴を上げるまで回収してきてやんよ! 今に見てろ、ごちそうさま! さて行くか」
『うむ。この世界も地球世界も、そなたの双肩に掛かっておる。くれぐれも頼んだぞ』
「プレッシャー! やめて! 重すぎる! ……よし、じゃあ、逝ってくる!」
ヘイスはアスラ神に言われたとおりアイテムボックスの中身をほとんど出してコアルームの片隅に積み上げた。ほぼドラゴンの肉である。吸収した魔素自体は放出はしたものの目に見えないのでアスラ神の指示に従ったまでだ。きっとちゃんと放出できているのであろう。
そして今回はなんの問題もなくコアルームを出るのだった。
目指すは二層上の階。
雪原フィールド。初めてドラゴンに出逢った、初めて自分の意思で戦った、そして殺した場所である。
「待ってろよ。いま行くからな。絶対コアルームに連れてきて供養してやる。俺の血肉にしてやるからな!」
考え方がかなりワイルドになった日本人、今はヘイス・コーズキーであった。