第17話 再出撃のために
鈴木公平改めヘイス・コーズキーは泥のように眠っていた。
異世界に次元の穴から落ちてきてどれぐらいの時間がたったのか。
時計もなく太陽も見えないダンジョンの奥底では時間感覚も失われている。
腹時計によると半日ほどではないかと予想しているが、正確にはわからない。とはいっても、実はヘイスを使徒に強引に任じた自称土着神という存在に聞けば簡単にわかることなのでヘイスもあまり重要視はしていないが。
それはともかく、一日にも満たない短期間で、鈴木公平が日本では決して体験することのなかった経験を何度も何度もしている。
そして苦労の末にやっと手に入れた食料を満足するまで食べて、なおかつ今いるのが安全地帯だと認識すれば緊張の糸が切れるのは仕方ないことだ。
アスラ神はそんなヘイスに声を掛けるでもなく静かに見守っている。
そして半日後。
「ん? なんか身体痛い……ここは……暗い……あれっ? ここどこ!?」
『目覚めたか。我が使徒ヘイス・コーズキーよ』
ヘイスが目を覚ましたが、魔法の光は消えていたためもとの真っ暗なままだったので、軽くパニックに陥っていた。
「へいす……ああ……《ライト》……明かりがついた……やっぱり夢じゃないのか……」
アスラ神に声を掛けられ、思い出した魔法を使ってみたところ、いとも簡単に発動した。明るくなった部屋を見渡し、状況を再認識する。
そう。夢ではないのだ。
『うむ。そなたにとっては残念ながらのう。身体の調子はどうじゃな?』
「身体ねえ?」
ヘイスは起き上がり、確かめるように軽く身体を動かしてみた。
「ちょっと痛いかな? 筋肉痛? それとも石の上で寝たからか? あ、俺ってどんぐらい寝てた?」
『半日ほどじゃ。正確にはそなたの世界での10時間ほどかの』
「結構寝てたんだな。いや、三日間とか言われるよりずっと普通か。身体も痛いわけだ……あ? おかしいぞ。
なあ、神サマ。俺って昨日ドラゴンとガチでバトルしたんですけど……シッポにぶん殴られて、ブレスなんかも食らったし、ちょっと痛いで済むはずないだろ? 俺ってまさか、もう死んでる、なんてことないよな……」
『安心せよ。ひとえに運がよかったからではあるが、そなたは特に酷い怪我はしておらん。軽い筋肉痛と打ち身だけじゃよ』
「なんで? 運がいいで済む話じゃないと思うが?」
『運がよいのはそのローブのおかげじゃ』
「ローブ? ああ、コートね、敷布団代りのコート。ああ、そういえばこれも神サマに聞こうと思ってたんだ。俺の鑑定じゃまったく見れなかったんだよ。防寒だけは使ってみてわかったけどな」
『何でも教えると約束したのでな。我が説明してやろう。それはドラゴンのローブじゃ。人間が作ったのではない。ダンジョンが魔素から作り出した、ドラゴンという概念を込めた逸品じゃ。服の形をしたドラゴンといっても過言ではない。我も接続が切れたはずのダンジョンに宝箱が残っているとは思わなかった』
「は? このコートがドラゴン?」
『うむ。異世界人であるそなたには理解できぬかもしれぬが、魔素というのはそのような現象も起こしうるのじゃ』
「へー。だから寒さに強かったり、殴られてもあまり痛くなかったのか……」
『そうじゃ。そのローブを着ているそなたは、攻撃力はともかく、耐性はドラゴン、それも最上級と同等じゃということじゃ』
「チートじゃん! 最強装備じゃん! こんなみすぼらしいのに! ローブつええええ! ごめんなさい! 布団代わりにしてごめんなさい! もうコートって言わない! これは最強ローブ!」
アスラ神の説明でヘイスは掌を返した。それはもうクルクルと。
『喜ぶのはよいが、扱いには注意するのじゃぞ?』
「わかってるって。でもドラゴンなんだから頑丈なんだろ?」
『やれやれ。わかっておらんではないか。そなた、昨日何を倒してきたのじゃ?』
「何って、鑑定じゃダンジョンモンスターってしか出ないし、牛と馬とドラゴン……あ」
『そうじゃ。確かにそのローブは人間にとって最強ともいえる耐性を持っておる。しかしじゃ、そなたの魔素吸収の権能の前では只の布切れよりも儚く脆い。命が惜しくば決してそのローブから魔素を抜くでないぞ』
「わ、わかった。気をつける……」
せっかくのファンタジーらしいアイテム、ヘイスは大事そうにそっとアイテムボックスにしまいこむのであった。
『まあ、その点に気をつければダンジョン攻略に役に立つじゃろう。なにせ上階にはまだまだ環境フィールドが待っておるからのう』
「環境フィールド? あの雪国も? そうすると、溶岩や砂漠もあるのか……」
『うむ。さすがは異世界の知識。忘れていることも多いが、打てば響くように思い出すの。まあ、あとは湿度の高い熱帯雨林や完全水没の海や雨が降り止まぬだけのフィールドもあるはずじゃ』
「はずって……あ、そうだ。聞きたいことまだまだあるんだよ。このダンジョン、転送魔法陣とかで外に出られないのか? リポップはするのか? 一つの階層に何匹モンスターがいるんだ? 大体このダンジョン何階層なんだよ。それから、えーと……」
『まあ、落ち着け。一度に聞いてもそなたが覚えられねば意味がない。焦らずとも一つ一つ教えてやる。もう食料に困ることはないじゃろう?』
「うん、まあ、アイテムボックスいっぱいに入ってるよ。ただまあ、肉だけってのも、しかも調味料無しで、最大三日でギブアップだな。ビタミンとかも摂りたいし、海と熱帯雨林には期待してる。わざわざ外に出なくっても塩とフルーツが手に入りそうだし。
その階層までどれぐらいかかるかわからんから、早めに出発したい。で、各階層を繋ぐ魔法陣があれば便利かなと……」
『わかった。それでは答えていくが、まず、転送の魔法陣はこのダンジョンにはない』
「残念。まあ、そんな気はしてたから。でも、このダンジョン、ってことは魔法陣のあるダンジョンもあるってことか?」
『うむ。そのとおりじゃ。簡単にいうと、ダンジョンは魔物の一種と考えればよい。人間並みとはいえないが意思があり、それぞれで仕様が異なるのじゃ』
「ははーん。そのパターンね? ダンマスがいなくてよかった。ん? いたほうがいいのか? わからん」
『また疑問が増えたようじゃの。そのダンジョンマスターじゃが、いる場合もあるぞ。これは単純にダンジョンコアが破壊されるを回避するために降伏した場合に起こることじゃ。人間も含むが、たいていは知力の高い魔物が多いの』
「ああ、なるほど。俺にはあまり関係なさそうだな」
『うむ。そうじゃの。そなたはダンジョンコアを回収すればよいのじゃからの。さて、次の疑問はリポップじゃったな。このダンジョンではもう起きようがない。そなたがコアを破壊したからのう』
「ああ、やっぱり。まあ、おかげでレベルアップしたから一応感謝して置くかな? でもこれからはコアではレベルアップしないんだろ?」
『そうじゃ。そうのように調節したからのう。次の疑問もコア関連になるのじゃが、我がコアルームに結界を張り続けていることは承知しておるかの?』
「うん。次元の穴を塞いでるんだろ?」
『わかっておればよい。その結果、コアはダンジョンから切り離された状態になっておったのじゃ。いわば仮死状態じゃな』
「仮死?」
『うむ。そなたも魔物の死体が権能によって完全吸収されるまで残っているのはわかったじゃろ? ダンジョンも魔物だといったのはこのことも含めておる。コアを壊されてもダンジョンそのものはすぐには崩壊せぬよ。そなたが完全吸収せぬ限りはな。話はそれたが、このダンジョンは長いこと仮死状態でリポップもままならなかった。ゆえに魔物同士が淘汰され、残ったのは階層主クラスぐらいじゃろう。全滅もありえるの』
「ほー。それはいい情報だ。探索がグッと楽になった。で? 結局何層あるんだ?」
『うむ。ざっと千層じゃ』
「せん!?」
ヘイスは目の前が真っ暗になる気がしたのだった。