第118話 よかったな、ドラゴンが腐る前に話がまとまって
鈴木公平改めヘイス・コーズキーは冒険者ギルドのギルドマスターの援護を得て会議出席者たちを目一杯脅した。どうやらそれがギルドマスターの狙いだったらしい。うまく使われたようだ。
「話が逸れてしまったな。それで、国の使者とかいう貴族のオッサン、分配方法には納得したか?」
「なっ! きっ、キサマ……あ、いや、わ、私は国の使者として冒険者ギルドに本当にドラゴンが届いているかどうか確かめに来ただけで、そもそも買い取りなどの権限は与えられておらん」
いきなり、というわけではないが、ヘイスの発言対象が商人ギルドの代表から国の使者に移り、しかも一介の冒険者に『オッサン』呼ばわりされたことで激高しかけたが、相手がドラゴンスレイヤーであることを思い出して、何とか冷静に返答できたようだ。
「なんだよ。じゃあ、これまでの話は無駄だったのかよ。爺さん、知ってたのか?」
「うむ。そもそもこの場ですべてが決まるとは考えておらんよ」
「おい。じゃあ、何故俺たちを呼んだ?」
考えてみれば、取引の規模が大きくなればなるほど契約締結に時間がかかるのは、ヘイスも日本で経験していた。だが、それでもしてやったりといったギルドマスターに物申したくなる。
「言っただろう? ボルサスの意見を聞きたいと。まあ、牽制程度にはなると思っていたが、まさかこうまでアッサリ決まるとは思っておらんかった。やりすぎでもあるがな」
「決まったって、国の使者さんは権限がないって言ってるぜ?」
「なに、教会と商人ギルドが大筋で認めておるのだ。国も本気でタダで手に入るなどとは思っておらんだろう。駆け引きにすぎんよ」
「チッ、面倒なことを……じゃあ、俺たちはもう用済みだな。帰っていいか?」
「そうだな。詳細な金額については実際にオークションに出してみないことには決められん。それまでここで待っていてもらうつもりだったが、暴れられても困る。好きにせい」
「よっしゃ。ナジャス、帰れるってよ」
「ヘイスさん、あなたって人は……」
ナジャスは出席者すべての視線が集まるのを感じて思わず溜息をつく。
「ギルドマスター。この度は大変失礼しました。ドラゴンの件はよろしくお願いいたします。ただ、これだけはわかっていただきたいのですが、ボルサスはドラゴンよりも魔大陸の開拓を優先しているのです。これは冒険者ギルド総本部の意向でもあるはずです」
ナジャスは、ボルサスが放棄地を再開拓していてどこの国にも属さない特殊な地域であることを強調した。
「わかっておる。これでも冒険者ギルドのギルドマスターなのでな」
ギルドマスターはミッテン王国の貴族、ヘイスに言わせれば天下りではあるが、国を越えた組織である冒険者ギルドのトップの一人でもある。所属国の利益か所属組織の利益かで板挟みになることも多いが、使い分ける器量があると自負している。無駄に敵を作ろうとは考えていない。今回のこともボルサスに無理な要求をしようとは元々考えていなかった。部下が何やら画策していたようではあるが、護衛を増やせば安全さも増す上にギルドの利益ににもなって一石二鳥だろうと好きにさせたたけで、決してドラゴン強奪に加担したわけではなかった。
「よし。それなら俺たちはこれで帰らせてもらおう。よかったな、ドラゴンが腐る前に話がまとまって」
「う、うむ。そうだな。ご苦労だった。受付で報酬を受け取るがいい。あー、それとは別に依頼があるのだが」
「断る、と言いたいところだが、こっちも別の事情ができた。一応聞いておこうか」
ヘイスはちらりと教会関係者を見ながらギルドマスターの話を聞く態度を示した。
「ドラゴンをオークションにかけることは決まった。それまでの警備を頼みたい。具体的に言えば、解体するまでそなたのアイテムボックスで保管していてもらいたい」
「国やら商人ギルドが出張ってきてるんだ。アイテムボックス持ちの人材もいるだろ? なんで俺が?」
「売りに出すまでは冒険者ギルドの責任だ。今すぐ解体するワケにもいかぬし、さりとて、そなたにも内部の事情はわかっておろう?」
「あー、まあな。だが、アイテムボックスがあるからって、何ヶ月も時間を引き延ばされちゃ困るぞ? それに、俺が持ち逃げしたらどうする? 盗賊に捕まって脅されるってパターンもあるぞ?」
「これだけ期待が集まっておるのだ。元々降って湧いたような話ではあるが、何とか守ってもらいたい。そなたの心配は、今度は依頼の期日をハッキリさせておくことで問題なかろう? なに、もともとの予定通りになったと思えばいい。半月以内にはオークション参加者も揃うことだろう。依頼書に到着期日を決めなかったのはこちらの不手際だったが、誰がこれほど早く届くと予想できるものか。できれば責めんでもらいたい。まあ、そのおかげで盗賊に奪われずに済んだのだろうがな」
「二度も襲われたっつうの! だから早めに届けることにしたってんだよ!」
「おお、そうであったな。その調子であと半月頼む」
「ったく、調子のいいこった。だが、まあ、半月ぐらいなら許容範囲だ。ナジャスを港まで送ってから戻ればちょうどいいな。その代わり、こっちの頼みも聞いてもらうぞ?」
この世界の一ヶ月は32日。半月なら16日だが、ヘイスの移動速度ならナジャスを連れていても余裕で三往復はできそうだ。だが、その能力は明かさずに一往復できると申告する。今回の往路にかかった時間はギルドでも把握しているはずなので。
「……本当に上級冒険者並みなのだな……まあ、よい。引き受けてくれれば御の字だ。それで? 頼みとは何だ? できることとできないことがあるぞ? あまり無理は言わんでくれるかの?」
「なに、大したことではないさ。教会のお偉いさんに勇者の話を聞かせてもらいたい。爺さんから頼んでくれないか?」
ヘイスは再びチラリと大司教のほうに目を向けるのであった。
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