第114話 ここだけの話ですが
鈴木公平改めヘイス・コーズキーは思いがけずも『勇者』という言葉をドラゴンの権利を巡る会議の中で耳にした。これで情報収集が捗るかもしれない?
「そこの冒険者! 大司教様に向かって何という口の利き様か!」
この世界に落ちてきて以来、敢えてサラリーマンの如き平身低頭、礼儀正しい敬語などは投げ捨てていたヘイスだが、やはりその態度が気に食わない人間はいるもので、教会関係者で、大司教とやらのお付らしい神官が目を剥いてヘイスに怒鳴りつけていた。
「まあ、待ちなさい。あれでもドラゴンを倒した英雄です。確かに口の利き方はなっていませんし、フードを被ったままというのも感心できませんが、狼藉を働いているともいえません。ここは寛大な心で見逃して差し上げましょう。それで英雄殿、何か私に聞きたいことでもあるのですかな?」
結局は上から目線での『お許し』だったが、余計な揉め事は起こらないようだったのでヘイスは安心して話を続けることにした。
「見ての通り魔法使いだ。冒険者は副業で、普段は山で修行している。そのせいで人付き合いが苦手なんだ。口の利き方はカンベンしてほしい。それでだな、さっき『勇者』って言ったか?」
「言いましたとも。私たちはそのためにドラゴンを必要としているのです。勇者様にご興味が?」
「あるねえ。ありますとも。それで確認なんだが、その『勇者サマ』ってのは、酒場で管巻いてる、十把一絡げの自称勇者たちじゃねえよな? そんなんでいいなら、俺だってドラゴンを倒したんだ。十分『勇者』を名乗る資格があるぜ?」
「無礼と叱りたいところですが、確かにそのような輩も多いと聞きますし、冒険者殿の偉業を讃えるのに『勇者様』の称号を使いたくなるのも理解できます。しかし、私の言っている『勇者様』は本物です」
「ほう? だが、年がら年中山に篭っている俺ですら『勇者』ってのは御伽噺か芝居の話で、何が本物かなんて聞いたことないがな。まさかとは思うが、居もしない『勇者』をダシにしてドラゴンを寄付しろってわけじゃないよな?」
「なんと無礼な……いえ、無知を責めても詮無いことです。あなたたちも落ち着きなさい。神官として修行が足りませんよ」
相変わらず歯に衣着せぬどころか煽りに煽ったヘイスの発言だった。お付の神官たちは当然ヘイスに抗議してくるし、大司教も顔を顰めた。
しかし、何か考えがあるのかその怒りを抑えるのであった。
「……いいでしょう。まだ正式発表の前ですが、教えましょう。ここだけの話ですが、といっても各国にはすでに通達してありますが、この度畏れ多くも天声神様より御神託がございまして、再び現れた邪神を討つために勇者様をお遣わしになられたのです」
「御神託? 邪神? それって1000年前の? しかし、神サマが倒したんじゃ? それも御伽噺で聞いた話だけどよ」
大司教の発言で驚いた人間は、会議出席者の中の一部、ナジャスと商人ギルドの人間だけだった。確かに国には通達が行っているのだろう。
ヘイスはあくまで初めて聞いたフリをして反論してみる。
「信じられないのは無理もありませんので、叱りはしませんが、今後は気をつけるようにしてください。これが事実なのです。皆様も正式な発表までは妄りに口にしないようにお願いいたします」
大司教は、特に商人ギルドの面々に向かって釘を刺した。ドラゴンの所有権を巡っての牽制も含んでいるのかもしれない。
「偉い神官様のお言葉だが、容易には信じられない話だな。邪神が再び現れる? 現れた? どこにだ? そんなの、噂にも聞いたことはないぞ? それも正式な発表まで秘密なのか? 大体よ、勇者と言えば魔王退治が定番じゃないのか? それとも魔王も現れたのか?」
ヘイスは、教会側がどこまでアスラ神のことを把握しているか、暴言のフリをして確かめてみる。
「……私が直接御神託を受けたわけではありませんが、神に間違いがあるはずもありません。通達では確かに『邪神が現れた』と。場所は魔大陸とのことですので、今すぐ世界に危険があると言うわけではありません」
どうやら向こうはアスラ神が復活というか、何かしら活動していることは把握しているようであることが判明し、ヘイスは内心舌打ちをする。
が、表情は上手くフードで隠し、さも驚いた演技を続けるのだった。
「魔大陸!? マジかよ。俺の修行場所だぞ!? ナジャス、何か噂でもあったか?」
「い、いえ、全く聞いたこともありません。驚くばかりです……」
「おいおい。これが本当ならオチオチ修行もできないじゃねえか。なあ、神官サマ。邪神やら魔王を倒すために勇者サマが呼ばれた、それでドラゴンで戦力強化したい、ってことで合ってるか?」
「その通りです。こうして禁を犯して英雄殿に情報を開示したのも、勇者様にふさわしい装備を用意して差し上げたかったため。何卒お口添えをお願いいたします」
大神官は偉そうな態度と遜った態度が混ざり合っていて、ヘイスは気持ち悪く思っているのだが、どうしてもドラゴンを手に入れたいという心の現われだろうことも理解できる。一介の冒険者だが、ドラゴンの元の持ち主なのだ。ヘイスの一言で次の所有者が決まると考えていても不思議ではない。
「よし! 俺の修行場のため、ついでに世界のためだ。ドラゴンは勇者サマに使ってもらったほうがいいよな」
「おお! 感謝します。英雄殿」
大神官は喜びの声を上げる。
国の使者や商人ギルドの人間は落胆したような表情だったが、勇者の話を持ち出され、世界の危機まで話が大きくなると何も反論できない。しかもドラゴンの所有者と思われているヘイスの決定でもある。
ドラゴンの素材の行き先を決める会議にも終止符が打たれるかに見えた。
だが、ここでヘイスがまた要らぬ発言をする。
「で? 勇者サマは何十人いるんだ?」
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