第107話 二度あることは三度あるというだろ?
鈴木公平改めヘイス・コーズキーはギルドマスターに挨拶するだけのつもりだったが、何故かギルドマスターがヘイスに頭を下げて謝罪することになった!?
「言い訳をさせてもらえるかね? ワシは貴族ではあるが、ギルドマスターとしてドラゴンスレイヤーとことを構えるつもりはないのだ。心象をよくしておきたい」
「いきなりストレートになったな……俺の用事は済んだが、ツレの予定を確認しておきたい。ま、この場で手短になら構わないぞ」
「ワシの部屋に呼びたいところだが、証人も必要か。ここで構わん。先ほどの部下の暴走を止めなかったことだが、こやつの自主性に任せただけだ。人は犬や馬ではない。何でもかんでも命令していては成長せんではないか」
ヘイスは数々のラノベを思い出していた。大抵の貴族の側近は何故か主人公に噛み付くように暴言を吐き、その主人である貴族はするに任せていた。言い訳も異口同音である。ヘイスは、現実にもあるんだな、と面倒に思うだけだが。
「それは建前だろ? 高い給料もらってるんだ。命じるのも仕事、命令に従うのも仕事。何も裸でドラゴンに立ち向かえとか、魔大陸を一人で全部開拓しろ、とかっていう命令じゃないんだ。上司が話してるときぐらい黙らせておけや。できないとは言わせない。犬だって『お座り』や『待て』ぐらいは簡単に覚えられる。できないってんなら、それは犬以下だって認めることだぞ?」
「キサッ……」
また激高しかけた側近だが、今度は自力で口を噤んだようだ。形相は我慢できていないが。
「……通用せぬか……そなた、何者だ? ドラゴンを倒せる力といい、貴族の言葉を真っ向から否定する知力と胆力。ただの冒険者ではあるまい?」
「俺の自己紹介は済んだはずだ。魔法使いで修行者。それ以上でも以下でもない。冒険者は身分証目当てだ。いつでも除名は受け入れてやるぞ? それより、言い訳はそれで終わりか? 終わりならさっさと出て行け。こっちも暇じゃないんだ」
「わかった、わかった。本当のところを言う。そう邪険にせんでくれ」
「なら早く言え。時間の無駄だ」
「う、うむ……実はの、先ほどの建前は半ば本気だ。こやつが暴走したら好きにさせ、失態が大きくなったところで罰を与えようと考えておった。そなたには迷惑だったろうが、利用させてもらった」
「よ、ヨーダン様……」
ギルドマスターの本音を聞いて、側近は真っ青になってしまった。
「冒険者は実力がすべてだと日頃言っておるのだが、なかなか理解してもらえんでのう。ドラゴンを倒した強者を見せれば考えも変わると思い、自分で気が付くのを期待しておったゆえ、愚行を止めるのが遅れたわけじゃ」
「それだけか?」
「ほ? それだけとは?」
「試したのは部下だけじゃないだろ? 部下を言い訳にして俺がどう出るか、反応を見たかったんだろ? ぶちギレて王都を火の海にした方がよかったか?」
ヘイスは冗談を飛ばした。
ドラゴンを背にしたヘイスの口元がニヤリと吊り上ったのを目にした側近は更に青くなる。
ちなみに、ヘイスは上級冒険者のレベルに達したが、体型は日本にいたときとほぼ変わらない。特に肉体派の多い冒険者たちと比べると小柄な方だ。その小柄な人間がフードを目深に被っているので素顔全体を見ることはできないが、マスクをしているわけではないので口元はハッキリ見えるというわけだ。
そしてギルドマスターも危うく虎の尾を踏むところだったと遅蒔きにも気付いたのだった。
先ほどより深く頭を下げる。
周りはざわついたが、側近も止めはしなかった。
「わ、悪かった。これこの通り謝る。ボケた老人の戯言だと思って許してもらえぬか?」
「……ただの冗談だ。王侯盗賊だけしかいないならともかく、平民も住んでるんだろ? そんなところで暴れたりしないさ」
「……そこは王侯貴族ではないのかの?」
「ああ、言い間違えたか? 冒険者は学がないからな、似すぎてて区別が曖昧なんだ。ま、これからは善処しよう」
「そ、そうか。それはよかった……」
『善処いたします』は『期待するんじゃねえ!』と翻訳できるのはどこの世界も同じらしい。
ギルドマスターは、ヘイスが庶民を巻き添えにしてまで暴れないだろうことはわかったが、貴族に対して悪感情を持っていることも理解できた。しかし、そこを掘り下げても藪を突いてドラゴンが出てくるイメージしか湧かなかったため、無難な返答でその場を切り抜けることにしたようだ。
「それで、用は済んだのか? こっちはツレが買い取りで話し合いとかしなきゃならないんだが」
「おお。それだ、それ。ドラゴンを目の前にしておいてすっかり忘れておったわ。やはり歳かのう……セザルよ。話はどこまで進んでおるのだ?」
「は? あ、いや、話も何も、俺もこれからどうしたらいいか困ってるところでして……」
貴族であるギルドマスターが一介の冒険者にやり込められるという前代未聞の出来事に呆気に取られていたが、自分の職務については誠実なようであるセザルは、問題点を説明した。
ドラゴンが文字通りの無傷で解体を躊躇うほどであること、解体せずに売りに出すならば倉庫の出入りにアイテムボックスが必要なこと、そのアイテムボックス持ちのヘイスが依頼履行済みを理由にこれ以上の協力はしてくれないこと、その他、警備部との連携の不備について、などである。警備部に関しては身内の恥になりそうとでも思ったのか、表面的なものだったが。
「ふむ……至急会議を開かねばならぬか……大山脈が不穏だというのに、忙しいことだ。予定が早まるのも良し悪しだのう?」
「こっち見んな。勝手に立てた予定のことなど知らん。依頼書に書いてないことで文句を言われる筋合いはないな。それより買取だ。さっさと査定してくれ。それがギルドの仕事だろうが。おう、ナジャス。お前も、残って値段交渉するのか、叩き売ってさっさとボルサスに戻るか決めろ」
「え? この状況で、ですか? 明日まで待っててくれるんじゃ?」
「気が変わった。二度あることは三度あるというだろ? どうも悪い予感がしてならない。俺は逃げ出せるが、お前はどうだろうな?」
「いや、予感と言われても……」
「ギルドマスター、お客様です」
ヘイスがナジャスを説得していたところに、職員がギルドマスターに来客を告げた。
「困ります! 応接室にご案内いたしますので!」
「よいよい。私が直接向かえば手間も省けましょう。おお! これがドラゴンですか! なんと大きい!」
誰かの制止する声と、それをはぐらかす声が聞こえてきた。
結局制止することが敵わず、その人物はドラゴンを目にして感嘆の声を上げるのだった。
又しても乱入者である。
「ほら、やっぱり……」
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