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第106話 『普段どおりでいい』と言われたからには遠慮なくそうする

 


 鈴木公平改めヘイス・コーズキーは言葉攻めに遭っていた!?



「もう止めよ。そこまで言えばその男も理解できたであろう」


「は。ですが……」


「それに、相手は冒険者だ。あのような挨拶も冒険者らしくていいではないか」


「は。わかりました。おい! ヨーダン様のご温情に感謝することだな!」


 しばらく側近の、まるで日夜修練を重ねているかのような悪口雑言が続いたが、やっとギルドマスターが側近を制止した。

 ヘイスはくだらない妄想に耽っていたため悪口雑言の内容については右から左だったが、大体が目上の人間に対するマナーについてだったようだ。一言で説明すると側近が正しいように見えるが、『針小棒大』『重箱の隅を突く』あるいは『説教強盗』が正しいかどうかは自明の理である。

 ヘイスはまた別のことを思い出していた。元の世界の有名宗教の一節に『今まで罪を犯したことのない人間だけが石を投げなさい』というのがある。人は他人の罪はよく見えても自分の罪は見えない。自覚なしに棚に上げてしまう、そういう生き物なのだ。

 この側近を見ればそれがよくわかる。正に『人の振り見て我が振り直せ』だ。

 大体この側近はマナーマナーとうるさいくせに、『相手には敬意を持って接する』という超基本的なマナーがなっていない。身なりとセリフさえ整っていればいいと思っている口だ。何でもそうだが、マナーも形骸化する。上流階級にとってマナーとは目に見える、武道やダンスの『型』を人前で上手に再現することでしかないのだろう。挨拶と言えば『ごきげんよう』、自己紹介と言えば『お初にお目にかかります。私は……』以外はマナー違反だとでも思っているに違いない。


 そんなことをつらつらと考えていたため、側近の罵声が止んでからもヘイスは無言のままであった。

 それを見て何か勘違いしたらしくギルドマスターが話を続けた。


「ほれ見よ。萎縮しておるではないか。そこな冒険者よ。硬くなることはない。普段どおりに話してよいぞ」


 側近の罵詈雑言が長引いたため忘れてしまったのか、もともとその気がなかったからなのか、ギルドマスターはヘイスの名前を口にしなかった。

 その態度でギルドマスターの心根の一端が知れるが、ヘイスにとってはどうでもよかった。

 サラリーマンあるあるだが、人の顔と名前を覚えるのは苦行だ。ある種の才能が必要なのであろう。ヘイスも新人のときはメモを何度も見て顔を思い出す修行をしたものだ。何度写メを撮らせてくれと言いたかったことだろうか。『素直に撮らせてもらえばいいのに』とは言ってはいけない。貴族には貴族の常識があるように、サラリーマンにはサラリーマンの常識があるのだ。『さらりとできて一人前』。過剰労働を部下に押し付ける上司を量産させてしまう一因なのだが、現状として、努力をひけらかしても評価は上がるどころか下がってしまう。良くも悪くも成果主義なのだ。『査定』という呪いに縛られている哀れな生き物である。


 そんなサラリーマンの悲哀はさておき、話しかけられたのだから返事ぐらいはしたほうがいいだろう。貴族や上流階級の常識ではなく、『人』としての常識だ。

 そしてヘイスは貴族の腹芸など関係ない。『普段どおりでいい』と言われたからには遠慮なくそうするつもりである。


「そうかい。立派な部下がいて、よかったな。爺さん」


「キサマッ……」


 またもや側近が激高しかけたが、ギルドマスターが横に手を挙げて側近を止めた。ギルドマスター自身はピクリと眉を動かしただけで怒りの表情は見えない。


「……てっきり怯えていると思っておったが、ふむ……顔が見えんというのはやりにくいのう。どれ、そのフードを取って、顔を拝ませてもらえんかの?」


「お断りだ。どこの誰とも知れん人間と馴れ合うつもりはない」


「キサマっ! この方を誰だと思っている!」


「だから知らねえって言ってるだろうが。人が挨拶してやってるのに、てめえが邪魔してるのがわかんねえのか?」


「礼儀知らずの野蛮人が! 私が邪魔だと!?」


「やめんか。ふむ。言われてみればまだ名乗ってなかったのう。ワシはヨーダン。冒険者ギルドミッテン王国本部のギルドマスターだ。ジュンダイ子爵家の当主でもある。先ほどは部下が失礼した」


「ヨーダン様!? こんな怪しいモノに頭を下げるなど、いけません!」


「黙らんか! 何度も言わせるでない!」


 ヘイスに言わせると、頭を下げたと言うよりは顎を引いたと言うレベルなのだが、側近の中ではまるで土下座でもさせられたかのように一人大騒ぎしていた。

 茶番である。


「……爺さんよ、さっきも、その部下の暴走、すぐに止められたろ? なんで時間をかけたんだ? ああ、ボケて時間の感覚が伸びてるのか? そんなになるまで働かされて可哀想にな。そろそろ隠居して療養した方がいいんじゃないか?」


「キッ、キサマァッ! もう許せん! 職員ども! この者を捉えよ! 不敬罪で刑に処すのだ!」


 何度もギルドマスターに制止されていたが、ヘイスの今回の暴言にもキッチリ激高した側近は、自分で剣を抜いたりはしなかったものの、周りにいる警備部の職員にヘイスの捕縛を命じた。


 だが、職員たちは顔を見合わせるだけで動こうとはしない。縦割り行政の弊害というべきなのか、命令系統がしっかりしているというべきか、上司以外からの指示は受付けないようだ。


「どうした!? なぜ動かん!?」


「やめんか、バカモノ! これ以上情けない真似をするでない! そもそも相手はドラゴンスレイヤーなのだぞ? この人数で何ができると思っておる?」


「よ、ヨーダン様……わ、私は、ヨーダン様のために……」


 側近は言い訳を試みたが、ギルドマスターにギロリと睨まれ、声をなくしてしまった。


「重ね重ねすまなかった」


 そして、今度は誰の目にもわかるほど大きく頭を下げた。

 顔を上げたときの表情も、嫌々頭を下げたのだという不満さは見て取れなかった。これも老獪さかもとはヘイスは思ったが、それは言わないで置いた。


 その後、王都では貴族であるギルドマスターに頭を下げさせた男としてヘイスの名が知られるようになった、ようなことがあったりなかったりする。



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