第105話 受付は女子率が高いのに、裏側は男ばっかりだな
鈴木公平改めヘイス・コーズキーは同行者・ナジャスの今後の安否を気遣い、早々の離脱を勧める。そこに新たな乱入者があった。こことは別世界のテンプレとともに。
「やまさん? 誰だ、それは?」
乱入者は、それなりに身なりのいい老人であった。
ヘイスは、流れからして、どうせギルドマスター辺りだろうと決め付ける。事実、声は大きくはないが、周りの職員たちからそのようなざわめきが聞こえてくる。
ギルドマスター(仮)はヘイスを見つめてくるが、ヘイスは空気を読んで、いや、空気を読んだ上で敢えて無視した。
サラリーマン時代もそうだったが、下っ端が直接組織のトップに挨拶してもいいことなど何一つない。その下っ端がよほどの野心家で、トップがワンマンであれば、引き抜きも期待できるだろうが、どうせ大抵はトップと言っても雇われであろうし、下っ端のご機嫌取りなど迷惑にしか思わなかったりする。ヘイス自身も野心とは無縁の社畜であったし、首にならないだけで御の字だったのだ。
しかも、ここはヘイスにとっての異世界。縁を結びたい人間などいない。邪神の使徒であるヘイスにとってこの世界の組織とは付き合うメリットよりもデメリットの方が大きい気がする。特に上層部とはだ。
「ぎ、ギルマス。どうしてここに? 今忙しいんじゃ?」
ヘイスが全く無反応なので、倉庫の責任者でもある買取部門のセザルが仕方なくギルドマスターに声をかけた。
「うむ。ドラゴンと聞いては見に来ないわけにもいかん。東山地の件はできる範囲で処理して来た。本当はドラゴンの到着の報告があってすぐに来たかったのだがな、止められたわい。それにしても、これがドラゴンか。ワシも長いこと生きておるが、解体前のモノは初めてだ。まるで生きているようではないか。これを倒したのは、運んできた本人と聞いておるが、そやつかのう?」
解体倉庫はそこそこ大きいが、20メートルもあるドラゴンにとっては狭い。ギルドマスターは迫り来るようなドラゴンも気になるが、フードを被ったままのローブ姿の男も気になるようであった。
「ああ。そうらしい。おい、ヘイスだったな。こちらはギルド本部のマスターだ。挨拶ぐらいしておけ」
セザルに名指しされてはこれ以上無視することもできず、ヘイスは嫌々口を開いた。
「あー、ヘイスだ。見ての通り魔法使いで修行者だ。ま、よろしくな」
「キサマ! ギルドマスターに向かって無礼な! まずはフードを取らんか!」
普通なら、ヘイスが挨拶したことによって相手側が名乗り返すのがセオリーだが、ギルドマスターが名乗る前に、一緒に倉庫に入ってきた側近らしい男がヘイスを怒鳴りつけた。
その側近の怒鳴り声に、ヘイスは何の脅威も感じない。
3年のダンジョン暮らしで、孤独と殺戮の日々がヘイスの心を壊しかけた。それをアスラ神の精神誘導で誤魔化し続け、良く言えば精神が鍛えられ、悪く言えば変にスレてしまった。もう元には戻らないだろう。大抵のことでヘイスが動じることはない。
また、側近の言いたいことは理解できたが、何の感銘も受けなかった。
どこの世界にも常識やマナー、暗黙の了解というものがある。玉石混合だが、実は法的根拠はない。では何故成立したのか、また、何故人々は守ろうとするのか。それは、ポジティブ面から見ると、社会の安定、ひいては自分の生活にとって守った方がメリットがあるからだ。『親や年長者の言うことは聞け』これは人類に法律という概念がなかった頃から言われてきた『常識』の一つだ。当時は知識継承は親から子へと行われるのが当たり前だったし、独学で経験を積むよりは確実だったためだ。『経験者は語る』などという表現が生まれるのも同じ理由だ。だが時代とともに形骸化し『年長者は敬え』『年長者は無条件に偉い』という方向に変遷し、ついには『偉い人の子供はやはり偉い』となって法的根拠の全く無い身分制度が生まれたのだ。一応は社会の安定に繋がるが、やはり盲目的に常識に縛られるのはデメリットが大きい。
ネガティブ面からいうと、惰性であったり、無形の集団圧力から身を守るためである。くだらない常識や意味のないマナーを守らなければならないことに疑問を持つ人間は多い。例えば『蕎麦・ラーメンなどは音を出して啜ってはいけない』などだ。いつの間にか日本の伝統が侵されていると憤る人間もいるだろう。だが、一人二人声を上げたところで封殺されるだろう。とくにネット隆盛の現代では社会的に抹殺されてしまうかもしれない。恐くてとても意見など言えるものではない。かといって、一人でダメなら数を集めればいい、全国的に署名運動でもすればいい、などとはならない。何故なら、誰しもが『たかがラーメンの食べ方ぐらいで』と思うからだ。署名運動をする労力に見合わないのである。つまるところ、これもメリットとデメリットの問題に帰結するわけである。
このようにハイリスク・ノーリターンなマナー違反であるが、これを実践しようとするのは反抗期の子供か、勢いだけで生きているタイプぐらいだろう。
では、我らがヘイスはというと、実はこんな真面目で哲学的なことはこの場では考えていなかった。この、ネットに上げたら炎上するか無視されるかの二択しかない妄想はダンジョン生活の眠れない夜に思いついた一部なのだ。
ヘイスがこちらの世界で常識やマナーに一切拘っていないのは、すでに自分の中で結論が出ていたからである。マナー違反で非難されてもヘイスは痛くも痒くもない。任務に支障が出なければそれでいいのだ。『郷に入らば郷に従え』とはいうが、それも結局はメリット・デメリットのどちらが勝っているか、常識を覆すだけの力があるかどうか、次第なのだ。
ギルドマスターの側近は何の反応も見せないヘイスを怯えていると見たのか、嵩にかかって罵り続けた。
実は、その間ヘイスは全く別のことを考えていた。
『来たのはまた男か。ここ、受付は女子率が高いのに、裏側は男ばっかりだな。ウチの会社や取引先は男女比にそこまで違いはなかったと思うが、この世界は男社会なのかね? それとも冒険者ギルドだからか? 商人ギルドなんかは女子率が高いのかな……』
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