第101話 人を我が侭の権化のように言いやがって
鈴木公平改めヘイス・コーズキーはギルド本部の受け入れ体制のいい加減さに呆れ返った。まるでその日急に大物を持ち込んだような騒ぎになっているのである。日本なら……と、つい比べてしまうのも無理はなかった。
「ここで何故アルマン王国が出てくるんだ?」
ヘイスは思わず引き合いに出してしまったが、セザルは何のことかわかっていないようだった。
「連絡は来てないのか? それとも確証がないからってどこかでストップしてるのか。いや、スパイが握りつぶしたか……」
「おい! スパイって何だよ!?」
「ん? ああ。確証はないが、デカイ組織なんだから、いてもおかしくないって話だ。ソイツらが暗躍してるからなのか、この国が偉そうに不動の構えを取っているのか、それこそ知らんが、アルマンのほうがドラゴンを手に入れるために活発に動いてるのは確かだ。新年の祭りで速攻で取引を持ちかけられた。何組もな。商人ギルドの名を借りたアルマンの貴族っぽいのとか、胡散臭い商人風のヤツとか、盗賊の集団とかな。まあ、アルマンの名前を出したのはボルサスで会った連中だけだけどな、この国で一切活動してないってことはないんじゃないか?」
「おいおい。それって結構大事じゃないか?」
「さあな。このドラゴンを誰が手に入れようと、俺には関係ないな。お前だってただの買取の責任者なだけだろう? 俺から買い取って好きに売り飛ばせばいい」
「スパイとかアルマン王国の暗躍とか聞いて黙っていられる立場じゃないんだぞ」
「そうか。それはご愁傷サマだな。それはともかく、これにサインしてくれ」
ヘイスはもう話は終わりだと言わんばかりに依頼書を取り出した。
「……ナジャスと言ったな。なんとかならんか?」
ヘイスに依頼書を突きつけられて、何も解決策を見つけられない上に不穏な情報まで得てしまったセザルは、最後の望みのナジャスに懇願する。
「さあ? 私にできることは、買取値を勉強することぐらいです。一冒険者であるヘイスさんに何か命令する権限はありません」
その答えを聞いてセザルは愕然とする。
そしてナジャスはさらにアドバイスという名の追撃をした。
「セザルさん。これはボルサスのギルドが本部と協議して決めた依頼です。内容はボルサスから本部までの素材の配達。期限も満たしていますし、特殊な条件も加えられていません。これを不達成と看做すと色々問題になります。追加の依頼があるなら一度依頼を完了させてからにするべきです。その後は冒険者であるヘイスさんが改めて依頼を引き受けるかどうかですが、たぶん無理だと思います。そして、それを咎める規則はギルドにはありません。除名やブラックリストではこの人は揺るぎもしませんよ? 実際にユーブネのギルドで啖呵を切ってます。それに、ボルサスとしては、せっかくの人材をくだらないことで失いたくはないんです。できれば穏便に処理してくれると助かるんですが……」
「おいおい、ナジャス。黙って聞いてりゃ、人を我が侭の権化のように言いやがって」
セザルが呆然としているので、ついヘイスがツッコミに回る。
「そうですか? 結構控えめに説明したつもりですが……」
確かに、空を飛べたり、荷車を爆走させたりといった具体的な内容ではなかった。
それ以上に、ナジャスの知らない情報として『転移魔法』『魔素吸収』『原初魔法』そして『邪神の使徒』などがあるが、それはバラすわけにはいかないのでヘイスは追求をやめる。
「それもそうだな……ということだ。諦めてサインをしてくれ」
ヘイスはダメ押しにペンとインクも取り出した。
「くっ……わかったよ……だが、改めて依頼を出すから引き受けてくれんか? そっちの望みはできるだけ叶えることを約束しよう」
これ以上は引き伸ばしもできないと観念したセザルは脇に寄せられた作業台で依頼書に完了のサインを書き込んだ。
だが、ヘイスのことを逃がすつもりはなさそうである。
「さすがに『くっころ』も『何でもする』発言はないか。まあ、おっさんが言っても誰得だって話なんだがな……ああ、依頼な? 望みといってもな、俺がしてほしいのは解放だぞ? ノルマ以外の依頼は基本受けない。ん? 俺って何級だったっけ?」
「5級です。ノルマは3ヶ月に1度です。なんで忘れるんですか? まあ、私もヘイスさんが上級でないのが信じられませんが……」
「だってよ? 俺に依頼があるなら3ヶ月後にしてくれ。どこにいるかは俺もわからんがな。じゃあ、元気でな」
「ま、待て!」
適当な挨拶でその場を去ろうとするヘイスをセザルは必死な表情で引き止めた。
「何だよ? ドラゴンは渡した。話も聞いてやった。待つのも、朝からこの時間まで待ってやったんだ。これ以上の拘束は敵対と看做すぞ?」
「待て待て! ドラゴンスレイヤーを敵に回すつもりはない。だが、交渉するぐらいは構わんだろう? この依頼を引き受けてくれれば、上級になれるように手配する。ノルマの期間が延びるのは悪いことじゃないはずだ!」
元々有能なのか、セザルはヘイスの価値観を見事に見抜いていた。
「……なかなか魅力的な条件だな……だが断る!」
やはりヘイスはヘイスだった。ネタなのか本心なのかは、たぶん本人もわかっていない。
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