第三話 「風見教授」
それから僕は、風見教授の勤務する明應大学に進学した。
僕が明應大学を目指したのは、風見教授の人柄に惹かれたのもあるが、もう一点、一番の理由は彼の思いもよらぬ誘いを受けたからだった。
「二宮君、もう一度、葵に会いたくはないかい?」
あの事件以来、風見教授とは時々顔を合わせる関係になっていた。
葬儀には参列できなかったが、その後簡単なお別れの会が催され、その会を主催したのが、僕と風見教授だったからだ。
この日は、風見教授に誘われて近所のカフェを訪れていた。
風見教授からの唐突な提案を受けた僕は、思わず目を丸くした。
彼の発言をまともに理解することができなかった。
「どういうことですか?葵はもう…」
「勿論、葵は死んだ。死んだ人間にはもうこの世では会えない。ではどうだろう。この世ではなく、君の心の中に生きている葵になら会えるのではないだろうか。」
風見教授は、ただ真っ直ぐに僕を見つめている。
真剣な眼差し。葵の目にそっくりだ。
だけど、葵はこんな目はしない。
頭の良すぎる人は僕ら凡人には分からない何か特別な感性を持っているとはよく言うが、僕には彼の言っていることが到底理解できなかった。
「ちょっと理解ができません。どういうことですか?」
「いきなりすまない。少し噛み砕いて説明しよう。」
風見教授は、目の前に置いてあるブラックのアイスコーヒーを一口飲むと、先ほどの真っ直ぐで真剣な眼差しから、優しい葵と同じ目に変わった。
「つまり、君の記憶、脳では海馬と呼ばれる部分だね。
ここには、恐らく葵の記憶が今も残っている。
勿論記憶があるからといって、現実の世界にその姿を出すことはできない。
だが、夢の中でならどうだろうか。
私は今、密かに、思い通りの夢を見ることができる装置を開発している。
だが、この開発は極秘で進めているのだ。
他の研究員には知られたくない。
だが無論、人手が必要だ。
そして何よりも、娘を強く思う気持ちを持った人間も。
そこで、二宮君。君に声をかけさせていただいた。
君はとても優秀で、かつ、葵の恋人だった人だ。
葵に会いたいという気持ちを誰よりも持っているはずだよね。
どうだね。もし興味があれば、うちの大学に来て、私の元で一緒に開発をしないか?この夢の装置を。」
正直に言えば、風見教授のこの話を全部信じられたわけでも理解できたわけでもなかった。
ただ、葵に会える。葵に会いたい。夢の中だけど、もう一度。
僕は自分の目の前にあるアイスココアを一気に飲み干した。
葵に会いたい。
その気持ちだけが僕の心を突き動かし、難関校であるこの大学の試験を突破させた。
そして、現在に至る。