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  作者: 陽田 平
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第二話 「過去」

〜7年前〜

 

 季節は春から夏へと移り変わりを遂げ、長袖シャツでは少し汗ばむ気温になってきた。


そればかりか、週間天気予報は毎日のように傘マークが並び、憂鬱な気分を運んでくる梅雨を迎えていた。


「犯人、まだ捕まらないのかな?」


高校からの帰り道、傘で顔を隠すようにして、葵は怯える声をあげた。


閑静な住宅街にも関わらずその声は、雨音にかき消されてしまうほどか細く、今にも消えてしまいそうだった。


「大丈夫。いざとなったら絶対に僕が守るから」


僕は目の前にいる小柄な少女を励まそうと、無理に声を張って見せた。


「そうだね。二宮君がそう言ってくれて少し安心した」


葵は、怯えた仔犬のような表情をくしゃっと丸めて笑った。


 風見葵は、僕が高校に入学してすぐにできた、人生初めての彼女だった。


小柄で色白、少し病弱に見える細身の体は、強く抱きしめれば簡単に折れてしまいそうで、それが僕にはとても愛おしかった。


 まだ彼女と出会ってからは3ヶ月程だったが、高校生にとっての3ヶ月は、大学院生となった今でいうところの1年ほどの価値があると思う。


この3ヶ月間で、僕は出会った頃よりも彼女のことがより一層好きになり、より大切な存在となっていた。


 彼女が話している犯人とは、最近この閑静な街で起きている連続女子高生殺人事件の犯人のことである。


わずか1ヶ月ほどで3人の女子高生が犠牲になっており、この時期のワイドショーを賑わす大事件となっていた。


僕の家の近くでも、テレビ局の取材班や週刊誌の記者らしき人たちが、近所の人たちにインタビューをしているのを見たのをよく覚えている。


その姿は被害者たちを本当に悼んでいるというよりも、どこか面白いネタを見つけて勇んでいるようにも見えた。


 幸い僕らの学校では、まだ被害者は出てはいないが、クラスの女子生徒の中には怯えて、不登校になってしまった子もいた。


こんな凶悪な事件が起きているのだから当然のことで、毎日怯えながら生活することのストレスは計り知れないものだったのだろう。


 

 彼女もはじめは、犯人が捕まるまで家に引き籠ると言っていた。


しかし、大学教授で教育熱心な彼女の父の反対に遭い、学校を休ませてはもらえなかったようだ。


 だから僕は、毎日の彼女の送り迎えを買って出た。


この会話は、ある雨の日の学校からの帰り道の出来事である。


「今日もありがとう。」


 グレイ色の無機質なレンガでできた、この辺りでは際立って立派な家が彼女の家だった。


 家に着くと、彼女はようやく安心した様子で僕を見て微笑んだ。


「うん、くれぐれもしっかり鍵をかけて、一人で出歩かないようにね。また明日の朝、迎えに行くから」


僕も少し胸を撫で下ろし、それまでの緊張感がスッと抜けていくのを感じながら、それを吐き出す様に声を出した。


 彼女は小さな手をゆっくりと振ると、僕と初めて出会った時のような爽やかな笑顔を見せて、家の中に消えていった。


 


これが、僕が最後に見た彼女の生きた姿である。



 その日の夜、地域ニュースの速報が、僕のスマホに鳴り響いた。


僕はスマホゲームに夢中になっていたから、急なサイレンにドキッとして、一人自室のベッドの上で変な声を出してしまった。


スマホ画面の上部に出てきたバーをタッチして、その速報を覗いてみた。


また例の事件かな。嫌な予感がした。


画面を見る。



「○○地区で、二十代男性が刃物で刺され路上で死亡しているのを発見。」


 僕はホッとした。


いや、一人の人間が亡くなったのだ。


しかも恐らく他殺。


こんな感情を持ったら失礼極まりないのは承知している。


だが、また例の連続殺人の被害者が出てしまったのかと思っていたので、僕はホッと胸を撫で下ろした。


 それからすぐに先ほどまでやっていたスマホゲームを再開した。


再開と同時に、敵のボスに一撃でやられてしまった。


ああ、またやられた。ついてないな。


 翌日、いつも通りに葵を迎えにいった。


昨晩までの雨は嘘のように止んでおり、この日は久々の快晴だった。


久しぶりに爽やかな朝だ。


 しかし、何やら様子がおかしい。


いつも通りに8時ちょうどに彼女の家の呼び鈴を鳴らしたが、誰も出ない。


おかしい。こんなことは初めてだ。  


 しばらく待っていると、葵の父が真っ青な顔をして僕の元に現れた。


今にも嘔吐しそうな表情で、重たい息を吐き出しながら、葵の父は声を漏らした。


「昨晩、葵が殺された。」



僕の目の前は真っ暗になった。


 葵はその日の夜、コンビニに買い物に向かったらしい。


家から徒歩3分もかからない距離で、これくらいならと油断したみたいだ。 


そして、その時に、恐らく例の殺人鬼に襲われ、命を落としたようだ。


 らしいだとかようだだとかと言うのも、僕は葵の葬儀にも、その亡骸すら見させてはもらえなかったのだ。   


 これは彼女のご両親の希望で、恐らく同級生たちに、我が子の悲しみに溢れた姿を見せたくなかったのだろう。


なので、この話はのちに彼女の父親である風見教授から聞かされた話だ。


 これが僕と葵の別れであり、僕と風見教授の出会いである。

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