価値観
『価値観』
この世の全て。……まぁ、少なくともこの国において、全ての事象は価値観によって生じ、また分岐していると考えている。
身近なものを思い浮かべて見て欲しい。すべてのものは感情に由来しているはずだ。感情というのは総じて価値観によって左右される。思想や理念なども感情であるから、結局は価値観なのである。
では、価値観とは一体どういったものであるのか。辞書の意味としては、ものの価値の捉え方 というような記述がなされている。
だが、価値観の本質はそこには無い。全ての事象は価値観が起因しているから、常にものの価値を推し量っているわけではないはずだ。では、価値観はどのように使われているのか?
価値観というのは、感情が主なものとなっているのかもしれない。そうと考えれば、感情はいつなんどきでも働いているわけで、もしそうでなくてもそこには価値観が干渉しているはずである。
ここには、自分の価値観、といった縛りはない。他人の価値観によって自分が動いてしまうときもある。ただ、完全にすべて他人に左右される操り人形状態にあるというのは滅多に、というか恐らくゼロであるが、結局は価値観なのである。
ここまでは人間の価値観。つまり感情についてであったが、価値観というのは物にも作用している。たとえば今握っているスマホや、目の前にあるパソコン。これには製作者の意図が大いに関わっている。他にも、毎日通っているコンクリの道路や、その脇に生えている木々だってそうだ。その価値観が良いのか否かは分からないが、関係していることは間違いない。
ただ、大昔の地球のでき方や、その他の星々について価値観が関係しているというのはかなり無理があるが、神やこの世界の管理者が存在していると考えるのであれば、やはり全ての事象には価値観が起因しているのであると考えられる。




