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Rp2)ビオスリー配合錠

「なんかね~たぶんちょっと古くなったホタテを食べたのがだめだったと思うんよ。下痢してなんか熱も少しでて吐き気も少しだけ……家に残っていた抗生物質飲んだら少し楽になった気がするんだけど」


 40歳くらいの女性。話し声を聞く限りでは元気そうに見えるが、顔色はあまり良くないように見える。

 

「ホタテぇ……ですかあ、うーん、抗生物質を服用されたんですね」

「ええ、それで、先生にも抗生物質を出してもらおうと思って相談したんです」


 実際に出ている薬はビオスリー配合錠1日3錠毎食後7日分。


「抗生物質は、出ていませんね。今日出ているのはいわゆる整腸剤です。善玉の菌で腸の環境を整えることで下痢の症状を改善しましょう、というお薬になります」


 僕の説明に女性はあまり納得していない様子だ。


「抗生物質、でていないんよねえ。なんでかなあ、家の薬を勝手に飲んで、先生の気分悪くしちゃったのかなあ」

「いえ、そんなことはないと思いますよ。おそらく、抗生物質を飲む必要性が無いから、処方されていないのだと思います」


 女性の話しぶりから、医師は抗生物質を出す様子では無かったことが覗える。もし出すのであれば、当然その事を伝えているはずである。これは医師が意図して処方していないのだ。しかし、女性はその医師の意図を理解できていない。すなわち、インフォームド・コンセントが行われていないのだ。

 たかだか整腸剤に何を大げさな……と思われるかもしれない。正直僕もそう思う。しかし、医師と患者の認識のギャップを埋めるのもまた、薬剤師の重要な仕事の一つであろうと僕は認識している。患者が治療内容に安心することによって服薬アドヒアランスが向上し、より質の高い医療を実現できると考えるからだ。


「そうでしょうか……」


 女性は不安げな様子で目を逸らした。

 抗生物質の使用が有効だと思っているからだ。それはすなわち細菌性の胃腸炎であると自分で自分に診断を下しているからに他ならない。では、その認識に乗っかって説明をすれば理解しやすいだろう。


「胃腸炎にもいろいろあるのですが、よくあるのは細菌性の胃腸炎とか、ウイルス性の胃腸炎ですね。細菌性の胃腸炎については、抗生物質がよく効きます」

「そうですよねぇ」

「ただ、おそらく先生は細菌性の胃腸炎ではないと考えておられるのだと思います。細菌性の胃腸炎は、一般に夏場が多いですね。冬は少ないです。逆に、ウイルス性の胃腸炎は今の冬場に多くなります。特にホタテの様な貝類からノロウイルスに感染するということがありますので、先生としてはウイルス性の胃腸炎と考えておられるのではないでしょうか。ウイルス性の胃腸炎に抗生物質は効果がありませんので、整腸剤だけを出されているものと思います」


 ここで具体的に何が原因であるかについて議論する必要性は無い。それは医師の仕事であって、薬剤師の仕事ではない。これ以外にも様々原因は考えられる。アレルギー様症状か?貝毒か?もしかしたらホタテなんて全く関係のない別の病気かもしれない。診断を下す事なんて当然出来ない。

 重要なのは患者に対し医師の考えへの理解を促すこと。そして納得した上での医療を実現することだ。

 もちろん医師に直接問い合わせて処方意図を確認する必要がある場合もある。

 が、今回はこの説明で医師の意見との間に大きな齟齬はないだろう。


「ああ~、そうですね。そう言ってもらえると安心します。先生もそう言ってくれれば良いのに」

「アハハハ。ソウデスネ。2~3日で十分良くなるかとは思いますが、良くならなければまた受診してご相談下さい」

「は~い。ありがとうね~」


 女性は笑顔で去って行った。

 その後、その女性は薬局に来られていない。

 体調が良くなり、受診する必要が無かったのだろう。

 果たして僕の説明は適切だったのか。患者さんは本当に体調が良くなったのだろうか。

 わからない。

 空想する。

 例えば、あの時、疑義照会を行って抗生物質の追加を依頼していたらどうなっていただろうかと。

 患者が要望しているから、そんな安直な理由で抗生物質が追加で処方されることはあり得る。

 そんな馬鹿なと思う方もいるかもしれないが、本当に出てしまうのだ。

 不要な抗生物質の服用は医原病の原因になり得る。

 もし抗生物質の使用で症状が悪化していたら?

 副作用が出ていたとしたら?

 ここで薬剤師があえて疑義照会をしないという選択をし、薬剤師が独立して抗生物質を出すべきでは無いという判断をしたことによって、潜在的に医療の質が向上していると言えるかもしれない。

 思考を止めてはいけない。

 医療の輪の中にいる一人なのだから。

これは割とよくある話。

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