Rp1)デパス錠
デパス錠0.5mg 1錠 就寝前 20日分
FAXで送られてきた処方箋。それは隣町の中核病院の脳神経外科からの処方。
一見、なんてことはない普通の処方。デパスのPTPシートを2枚とり、監査を済ませ患者の来局を待つだけとなった。
今日はうちの薬局にしてはかなり忙しい日だ。
粉砕化の処方は今日何人目だろう?
そんなことを考えながらミキサーに錠剤を流し込んでスイッチを入れる。ガリガリとけたたましい音が調剤室に響き渡った。窓口では一つ下の後輩の薬剤師が患者対応をしている。今日は投薬を彼女にまかせっきりだ。
「問診表のご記入ありがとうございます。薬剤師の花宮と申します。今日は脳神経外科にかかられたんですね。こちらのお薬をお使いになるのは初めてでしょうか?」
どうやらさっきのFAXの患者さんが来局されていたらしかった。
一見簡単な処方ではあるが、デパスという薬はなかなか厄介な面もある。新患だし、僕が対応しようかと思っていたところだったが、調剤に気を取られて患者の来局に気づけなかった。
さて……彼女は上手く説明できるだろうか、どうだろうか……
調剤をしつつ、そわそわしながら聞き耳を立てて様子を伺う。
「このデパスという薬は……いろいろな事に使う薬なのですが……うーん、頭痛、で使われるご予定でしょうか」
「ええ、そうです」
初老の男性が小さく頷く様子が見えた。
「ああ~、やっぱりそうなんですね。脳外科からだったのでそうかなあと思いまして。この薬は頭痛にも使う薬で、寝る前に1錠だけ飲んでください。眠気の出るお薬ですので、車の運転にはご注意ください」
「わかりました」
「はい、頭痛良くなるといいですね~。お大事になさってください」
ん?
んんんんん……??
これで終わり?
いや、まあ、その、別にいいけどさ。
色々といいたい事が頭に浮かんだが、いろいろありすぎてまとまらないし。目の前の作業からも手を離せないし。患者はさっさと会計を済ませて出て行ってるしでもうどうにもならぬ。
花宮さんはもう次の患者さんの対応を始めていた。
粉になった薬が滞りなく円盤に流れていくのを確認しながら小さくため息をついた。
デパスという薬の名前を聞いたことのある方は多いだろうと思う。
安定剤としてよく知られた、標準的なベンゾジアゼピン系の抗不安薬だ。筋弛緩作用もあるため、今回のように筋収縮性頭痛にも適用できる。添付文書的には1日3回服用するが、症状を見て1日1回でよいと判断し、眠気を考慮し就寝前とした、といったところだろう。おそらく彼女はそう解釈して投薬したのだろうが、しかし、これだけの理解ではやや危うい投薬であったと言わざる得ない。
調剤の作業があらかた片付き、患者もさばき終わって静かになったのを見計らって、声をかけた。
「花宮さんさーさっきのさー、デパスの人なんだけど」
「えー……あぁ……なにかまずかったでしょうかぁ……」
「いやぁ……うーんまずいってわけではないんだけど。あの人デパス初めてっぽかったよね」
「ええ、そんな感じでした」
「なんか怪しげな処方だと思わなかった?」
花宮さんは不思議そうな顔でこっちを見る。
「いえ、特にはっ」
「うーん、そうだよねぇ。デパスだけだもんねぇ。じゃあちょっと考えてみてほしいんだけど、頭痛に使う薬っていっぱいあるよね。デパスっていきなり使う?」
「あー、そうですよね。色々ありますよね、痛み止めとか」
「うんうん。漢方とかも使う時あるし、片頭痛だとトリプタンとかもあるし、デパケンみたいなてんかんの薬使ったりすることもあるねぇ、場合によってはスタチンとかも……ああ、今回は、緊張性の頭痛だったみたいだけどね。なんでデパスかなーとか思わなかった?」
「いえ、特には……」
花宮さんは自信なさげに答えた。
別にこちらも責めているわけではない。他の治療薬についての知識は彼女も十分に有しているはずだ。ただ、薬剤師というのは知識として持ってはいても、選択の理由についてまでは考えないことが多い。一つの知識の引き出しを開けつつ、他の引き出しも同時に開けるというのはなかなかに難しい行為なのだ。
「緊張性頭痛に使うなら、例えばテルネリンとかミオナールとかあるよね。普通にNSAIDs出してもいいし、葛根湯とかもまあアリ。なのにこのドクターはわざわざデパスを選んで、しかもそれしか出してない。なんか変じゃない? 効かなかったときの為に痛み止めも一緒に出してあげりゃいいのに」
「言われてみると、そうですね、うーん」
「僕らに見えていないところがあるんだよ。患者さんに直接聞くか、想像しないといけない部分がかなりあるんだと思う。そこが大事だったりする」
花宮さんが患者さんに聞いたのはデパスの用途だけだ。おそらく問診票に受診理由が記載されていなかったのだろう。見ていないが、どうせほぼ真っ白な問診票だ。患者の薬の用途。それは確かに薬剤師にとって必要な情報だろう。しかし患者からすれば既に持っている情報であり、こちらから説明した事は何もないという事になる。はっきり言って何の仕事もしていない。であれば最初から何も説明せずに薬をすぐ渡したほうが時間の節約にもなり患者にも喜ばれるだろう。自販機のほうがまだマシである。
「うーわからないです。この先生馬鹿なんじゃないですか?」
「ええぇ……いや、まあ、そうかもしれないけど。たぶん、頭痛での受診とか、薬を飲むのとか、初めてじゃないんだと思うよ。別の病院でみてもらっていたりとか、既に市販薬を色々試していたりとかするんじゃないかな。持ってるから処方が出ていないのかも。そのあたり確認できるとよかったかもね」
「おお~、確かにそうかもしれないです。この病院結構大きい病院ですもんね。頭痛でいきなりここ受診っていうのは、その時点で、なんか違和感ありますね。検査とかしたんでしょうか……」
「うんうん。次来たときに聞いてみるといいかもね。あと、まあもしかしたら不安症状とか不眠症状とかも一緒にあったりするのかもね。両面の効果狙ってデパスにしたのかもね」
「そうかもしれないです!」
「あと一応依存性あるからね、1日1回の服用に留める様注意しないとね。頭痛で飲むんだからって日に何回も飲んじゃう可能性あるからね」
「ああ~~、そうでした」
「大丈夫とは思うけどね、一応、一応ね、注意はしといたほうがいいかも。本人が気を付けないと、どんどん薬の量が増えていっちゃうから」
「うう、気を付けますっ」
ほんとはあと閉塞隅角緑内障がないかとか飲酒がないかとかいろいろ気にしないといけないんだけど!
年齢的には大丈夫だとは思うけど、高齢者だったらせん妄とかも注意しないといけない。
こういう時、0.5mg錠1錠を後発品の0.25mg錠2錠に切り替えると使い勝手よくなって結構よさそうなんだよな~。そういう選択肢が一応あるってことも伝えられるといいんだよな~。
ま、次来ないかもしれないけど。
はぁ~。寒いと肩凝るなー。あー、僕もデパス飲みたいな。
これは
ただの
日記だ