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月が満ちれば  作者: 小津 カヲル
一の月

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第16話 ことの経緯と本当の名前

 大事な新年のお祭りを騒然とさせたのもクロードならば、事態を収拾したのもまた彼だった。私が警察に電話をしている間に、へたり込んだ篠原さんを町の男性とともに社務所に運ぶよう、彼はてきぱきと指示を出していた。数人で肩を貸して何とか歩いている篠原さんの様子を見て、私は安堵する。その後クロードは、事情説明を求めてきた町内会と氏子総代のおじさんたちに、素早く頭を下げた。その輪に酒屋の章吾さんも加わり、真剣な顔で会話が今も続いている。


「日菜姉、お腹は大丈夫? 救急車呼ぼうか?」

「大げさよ、少し尻餅をついただけ。ちゃんと手もついて庇えたから、心配いらないわ」

「でも、念のため病院に」

「大丈夫だって、ほら!」


 日菜姉は立ち上がって、やらなくてもいいのに跳ねてみせる。


「や、やめてぇ!」

「ははは、心配性なんだから。それより、あっちに助っ人しに行かなきゃ、っていうか当事者でしょ」

「うん、そうだね。日菜姉も一緒に来て。真伯父さんか浩介さんが迎えに来るまで、もう一人にはさせられないよ」


 私はざわつく人垣を日菜姉とともにすり抜けて、クロードの元に向かった。

 幸いにも本祭を終えた後で、それ以上の混乱や祭りの妨害になることはなく、騒動は収まった。

 私たちはいったん社務所に場所を移し、通報を受けてやってきた警察も加わって、事情を詳しく聞かれた。騒動の元凶である篠原さんは、それよりも先に到着した救急車に乗って、病院に運ばれることになり、既にいない。救急隊員の見立てでは、転落時に強打したことで片肩が外れているが、その他少々打撲があるものの、大事はなさそう。しかし治療と念のための検査はしなければならないだろうと、そう聞いている。

 篠原さん本人以外に被傷者がいないということは、不幸中の幸いだった。警察には私と篠原さんがもみあった状況、それから電話を受けてかけつけたクロードが篠原さんを取り押さえた経緯、後からかけつけてくれた真伯父さんからも話を聞いて……それでようやく事の全貌が見えて来た。

 まずは東京の吾妻さんの元に、篠原さんの父親から電話があったというのが、始まりだ。篠原さんは、会社を辞めてから精神的に不安定になり、自宅で療養することになっていたそう。けれども通院するはずの病院に行っておらず、病院から連絡を受けて家族が心配していたところに、彼女の部屋で興信所から娘宛ての封筒を見つけた。それで篠原さんが、私の身辺調査を依頼していたことが分かり、直接問い詰めることにした。けれども篠原さんは連絡を絶ったまま行方不明に。そこで篠原さんの父親は、思い詰めた娘が私の元に向かったのではないかと、急遽吾妻さんに連絡。吾妻さんが私に電話をかけたけれど、私は家にスマホを忘れていたのもあり、危機感を感じた吾妻さんは、私の実家に電話。実家を経由して、真伯父さんから私の無事を確認するよう要請がいったというわけだった。

 それと同時に、吾妻さんがもういちど私のスマホにかけ直してくれたおかげで、クロードが電話に出て、事情を知り神社までかけつけ最悪の事態を回避できた。


「しかしお手柄だったね、兄さん。さすが良いガタイしてるだけある」


 主に話を聞いてくれていたのは、近隣の三町を担当している駐在さん。その駐在さんはクロードの活躍に肩を叩き労い、次に今後のことについて決めねばならないと切り出す。


「怪我人はいないが所持していたものがモノだから、被害届は出せるが、どうする? 出すならいったん署まで行ってもらわないといけないが」

「あの、もし被害届を出すと、どうなりますか? 今、神社はお祭りの最中です、影響は……」


 私の問いに、駐在さんは少し考える仕草のあとに言った。


「そうだね、現場検証は必要になる。少しの間、規制線を張ることになるかも。加えて作業は、署の人間がすることになるから、僕の一存では……」

「じゃあ、被害届は出しません」


 きっぱりと言った私に驚いたのは、真伯父さんや町内会長のおじさんたちだった。


「い、いいのかキヨちゃん、もしかしたら大怪我させられてたんだぞ?」

「でも無事でしたから。篠原さんのしたことは、さすがにこのままには出来ませんが、精神的に普通の状態でなかったのなら、回復を待ってからでもいいんじゃないかと思います。それに、これ以上神社や町の人に迷惑をかけたくないし」

「それは気にしなくてもいいんだよ、キヨちゃん。こういうのはお互いさまだし」

「ありがとうございます、会長さん。でもいいんです、その代りもし後でもめるようなことになったら、証言してもらえると助かります」

「ああ、それはもちろん。あそこにいた人たちがみんな、ちゃんと見てたから安心して」


 そういうことで、いったん穏便に済ませるという方向で決まり、その場は解散となった。駐在さんは署の警官たちに報告に行き、篠原さんの家への連絡も警察の方でしてくれるようだ。会長さんや氏子総代たちも、次の神楽の準備へと慌ただしく走っていき、私は心配してくれた吾妻さんと、実家に連絡を入れたりと報告。日菜姉は浩介さんが戻ってくると連絡を受けたので、真伯父さんと帰っていった。

 ひとしきり落ち着きを取り戻したのは、すっかり夕刻になってからだった。

 その間、クロードは文句も言わずにそばにいてくれた。

 全てを終えて、私たちは参道に並んだ店で温かいおでんをたくさん買い、焚火が用意されている休憩所のベンチに座った。そこは参拝客たちが冷えた体を温めるために、参道添いに作られた休憩所。ちょうど人気が引いたところなのか、誰も座っていないそこに座り、二人で熱いおでんを頬張った。


「ああ、しみる。もうお腹空いて死にそうだったのよね」

「一食抜いたくらいで、死ぬもんか」


 笑いながらも、クロードは熱いこんにゃくにかぶりつき、思ったより熱かったのか、口元を抑えて黙り込む。

 私たちの横の参道を歩く若い女性たちが、こちらをちらちらと見て通り過ぎ、なにやらきゃっきゃとはしゃいでいる。いや、私たちではなく、クロードを見て頬を染めていた。

 確かに、今日の姿はまるで映画から出てきたような衣裳で人目を引くし、それなりに格好いいのは確かだ。

 普段の無骨で薄汚れた鎧に比べれば、ずっと。


「結局、着替える暇もなかったのね」


 何のことかと一瞬、怪訝そうな顔をしたクロードだったが、すぐに自分の恰好に気付いたようだ。


「やっぱり、おかしかったかな」

「すごく目立つ」

「そうか、悪いことしたな」


 あんまり素直に謝るものだから、なんだか拍子抜けするのと同時に、自分が大人げなかったと反省する。


「ううん、いいよ。でもありがとう、今さらだけど、来てくれて本当に助かった」


 ようやくお礼を言えて、照れくさいけれど、すっきりした。

 あのまま地面に落ちていたら、私の体勢では頭から叩きつけられていただろうから。日菜姉を巻き添えにしたくなかったから、もし怪我をしていたとしても後悔はしない。けれどもクロードのおかげで、私だけじゃなく日菜姉も傷つかずにすんだのだ。


「あれくらい、なんでもない。あいつ、迷ってたみたいだし」

「迷ってた……? そういえば、なんで彼女がナイフを持ってたって、分かったの?」

「そりゃ、見てればだいたい分かる。ああいう目をしてる奴のやりそうなことくらい」

「目? つまり勘ってこと?」

「経験って言ってくれ。まあキヨが無事なら、何でもいい。それより、本当によかったのか、あの女のこと、許すんだろう?」

「うーん、全部水に流して許すわけじゃないわよ、向こうの親御さんにも連絡がいってるし、それなりに謝罪はしてもらうつもり。吾妻さんにも迷惑かけちゃったしね。それに、警察に届けるのを止めたのは、あなたのためでもあるんだから」

「……俺のため?」


 きょとんとした顔をして、でも食べるのは忘れることなく、次の大根を口に放り込むクロード。


「そうよ、関係者は身元の確認をされるわよ。そうしたら篠原さんよりあなたこそが、一番の不審者じゃないの」

「あー……そうか」

「名前、聞かれるわよ、いいの?」

「いやまあ、名前くらいは別に聞かれてもいい」


 てっきり聞かれたら困ると思っていたのに、意外なくらいあっさりしていた。


「それに名前だけじゃないよ、住所や免許証とか身分証明書も同時に確認されるの」

「ああ、それはないから困るな」

「あなたって、本名を聞かれたくないんじゃないかと思ってた」

「……そんなことはないぞ?」

「じゃあどうして、クロードなんて名乗ってるの? 本名はなんていうの?」


 この際だからと聞いてみると、クロードはなぜか耳を赤らめ、私から視線を外す。


「名前を変えた経緯まで話さなくちゃならないから、ちょっとな……話したらキヨは、笑うに決まってる」

「もしかして、キラキラネームだった?」


 キラキラネームが分からないらしいクロードにかいつまんで説明すると、彼はそうじゃないと否定した上で、渋々ながらも説明してくれる気になったようだ。


「向こうでは日本語が発音しにくくて、名前を変えたのはそれが原因なんだ。まず養父の子になって、付けられた姓というか、一族を判別できる呼称をつける習慣があって……子供特有の」

「へえ、ファミリーネームじゃなくて、別にもう一つ呼び名があるの?」

「ああ、養父が『サーウィス』、それが名字ではなくて敬称で、向こうで鷲のような猛禽類からとった名前な。子供に使う呼称に、呼び名の最初の音で区別するんだ、こっち風に発音すると『サー』、それがついていると、養父の関係者という意味だ」

「ふんふん、それで?」


 話を促す私を、クロードは渋い表情で見返してから、観念したのか説明を続ける。


「で、俺は下の名前が、太郎っていうんだ」

「ふんふん、太郎かぁ。別に普通じゃないの、最近は好まれるわよ?」

「名前の後ろに『サー』をつける。だが向こうだと、日本語の使いの『う』が発音しにくいんだ、特に『ろう』の並びだと、最後が言いにくくて省略される」

「へぇ、まあありがちよね。太郎……タロウ……タロ、にサーがつくんだっけ?」


 タロサー?

 いけないとは思いつつ、ついぷっと吹き出しそうになる。

 我慢したものの、笑いを堪えているのはあきらかで。クロードはそんな私の顔を見て、恥ずかしいのか怒ってるのか照れてるのか分からない、微妙な顔だ。


「単純に『鷲田家の子供、太郎』みたいな意味しかないのに、微妙に『サー』の語尾がはね上がるから、タロサー、タロサーと呼ばれる度に何かが削られる気がして」


 力説するクロードに、笑いを堪えるのを隠しつつ、私はうんうんと頷きながら聞く。


「だから向こう風に変えてもらったんだ」

「へえ、そういえば向こうの世界でのフルネームも、聞いてなかったね」

「ヴァン・アルザイル・クロード・サーウィス」

「え、ながっ」


 私の思わず出た呟きに、クロードは自分もそう思うと言って笑った。


「ヴァンは跡継ぎの意味、アルザイルは養父の正式な名字、サーウィスはさっきも言った通り一族の呼称。アルザイルは本名なので人に呼ばせることはせず、養父を呼ぶときには呼称のサーウィスを皆が使う。養父は長だからな」

「へえ、昔の日本もそういうことあったわよね、役職で呼ぶとか」

「たぶん、そんな感じだと思う」

「でも名前のほとんどが親がらみで、クロードだけが、あなた自身の名前なのね」

「クロードは本名、黒田という姓をそのまま使った」

「じゃあ、本当は……黒田、太郎?」


 名前を口にしてクロードを見れば、はにかんだように右目を細めながら、懐かしいとだけ呟いた。

 私はそんなクロードを見ているのが、なぜだか心苦しくて、食べ終わって空になったおでんの器を持って立ち上がる。


「行こうか……クロード。これからまだ夜の神楽が残ってるから、見たいの」


 クロードの分も一緒にゴミ箱に始末して、私たちは参道に入る。

 夜店の明かりで気づかなかったけれど、空はすっかり暗くなり、杉林の合間から丸い月が登っている。

 白い息を吹きかけ、冷えきった手を擦り合わせていると、立ち止まったクロードが私に大きな手を差し出した。

 今日は片目を失ったばかりのクロードを、夜の暗がりに連れ出すのだから、私が支えになろう。そう考えて取った大きな手は、私の手をすっぽりと包んで温かかった。


 私はこの傷だらけの不運で優しい男の名前を、呼んであげたかったけれど、でもできなかった。

 ここに来た時くらい、失われてしまった本当の自分を取り戻していいのにと思う反面、それが本当に救いになるのか、むしろ酷になるかもしれない。そう思うと、口にできなかった。

 五年もの間、毎月繰り返される出会いと別れのなか、祖父が彼を最後まで『クロード』と呼んだのも、同じ思いがあったのかな。

 でも──。

 いつの間にか半歩前をゆく、クロードの横顔を見上げる。

 彼自身は、どうなんだろう。クロードという名を、本当の名前として受け入れてしまっているのかな。


 そんな疑問にとらわれると、どこか心細いような、胸を絞めるようなこの気持ち。これは、何なのだろうか。

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