襲撃
「魔物領ねぇ。大丈夫か、この国?」
アッシュから聞いた、魔物領の話の内容に軽く引く。
確かにヴァンパイアは知能の高い、会話の成り立つ相手ではある。
だが他の食べ物で代用しているという話、そんな約束事を律義に守っているとはとても考えられなかった。
「まあ言いたい事は分かるぜ。馬鹿な事してるってな」
アッシュは何故か手にしたナイフを舌で舐ってから、言葉を話す。
その様はびっくりする程頭が悪そうだった。
どうやら冒険者の際は、これが彼のスタンスになる様だ。
「まああたし達も、あいつらが決まりを素直に守ってるとは思ってないさ。けど証拠がない以上、魔物って理由だけじゃどうしようもないのさ」
バニラの方も蓮っ葉に喋る。
敵の目を欺くためとはいえ、女性なのにモヒカンにまでしてる彼女には頭の下がる思いだ。
ポーチがいなければ良い子良い子とおっぱいを撫ぜてあげたい気分だったが、今回は諦めよう。
「まあ、無いとは思うが。魔族領には間違っても入らないこった」
しょりしょりとナイフを使ってモーヒが草を刈る。
今回のクエスト目的の一つ。
万寿草だ。
聖都の北に3日程の距離にある。
光の丘と呼ばれる場所で取れる薬草で、上等な傷薬などの材料に用いられる高級素材だ。
辺り一面に生え散らかしているので取り放題なのだが、この辺りには上級の魔物が出没する為、収集できる人間は限られていた。
「しっかし、オメェらどうなってんだ?」
どうなっているとは、偉く抽象的で頭の悪そうな質問だ。
だが感のいい俺は直ぐにその意味を察する。
俺やポーチの強さの事を言っているのだろう。
「さっきから寄って来る魔物を一刀両断とか、ほんととんでもないわね」
バニラが後ろ――ポーチの居る方――を振り返って呟く。
俺達は小高い丘で万寿草狩りをしている訳だが、アッシュ達の匂いを嗅ぎつけたのか、さっきから魔物がちょろちょろと此方へと向かって来ていた。
ポーチはそれを全て一刀の元で片付けている。
因みに手にしているのは銀妖剣ではなく、普通の剣だ。
雑魚相手に一々スキルを使っていたのではキリがないからな。
「聖王女だってあれ位出来るだろ?」
「あの方は特別だからな。だからこそ、お前らの異様さが目に付く。どうやったらそんなに強くなれるんだ?」
「企業秘密だ」
こいつらが本当に哭死鳥でないという、絶対の保証はまだない。
そんな状態で転生や変異の事をペラペラしゃべるつもりはなかった。
まあ哭死鳥でなくてもしゃべる気はないが。
魔物領を否定した男が、実は魔物だったとか笑えないだろうし。
「父上」
ポーチが此方へと寄って来る。
どうやら動きがあった様だ。
「敵襲か?」
アッシュの言葉にポーチは黙って頷く。
最初は父上呼びに反応していたモヒカン兄妹だったが、慣れて来たのか、その辺りはもうスルーしてくれるようになった。
「数は?」
まだそこそこ距離があるのか、気配が読めない。
視界は広いが、遠くで姿を消されていたら俺にはお手上げだ。
「40程の人間が包囲を縮める様、近づいてきております。如何いたしますか?」
「40!マジかよ!?」
人数を聞いてアッシュ達の顔色が変わる。
確かに数は多い。
彼らもそこまで大人数に襲撃されるとは思っていなかったのだろう。
「一点突破で相手の囲みを抜けましょう!」
「落ち着けよ」
バニラが浮足立って勢いよく立ち上がる。
その際揺れるたわわを優しい眼差しで愛でながら、俺は彼女に落ち着く様声を掛けた。
「急いで動かなければ囲まれてしまいます!」
焦っているせいかバニラの蓮っ葉な演技がはがれ、素の言葉遣いに変わっていた。
彼女は声が可愛いので、やはり素の喋り方の方が似合う。
「大丈夫だって。ポーチ、強そうな奴いる?」
「いえ、以前襲撃してきた者達と同レベルかと。私に任せて頂けますか?」
「ああ、頼んだ」
ポーチには強力な幻術がある。
雑魚が幾ら群れようと彼女の敵ではない。
「んな!?一人だなんて無謀です!」
「何考えてるんだ!?」
兄妹揃ってギャーギャーと無駄に騒ぎたてる。
大丈夫だっつってんだから、少しは信用しろよな。
「いいからいいから」
俺は適当に手を振って兄妹をあしらった。
「大体、もう完全に囲まれているから突破も糞も無いぞ」
気配はもう俺の索敵範囲内に入り込んでいた。
数は報告通り40だ。
範囲と良い、正確さと良い、ポーチのセンサーは相変わらず頼りになる。
「くそっ」
アッシュが周囲を見渡し、舌打ちする。
どうやら彼には襲撃者の姿が見えている様だ。
そう言えば、以前ポーチの隠形も見破っていた事を思い出す。
戦闘力は期待できそうにないが、看破能力だけはどうやら高そうだ。
「まあポーチに任せろって」
「一体どうするってんだ!?」
「見てりゃ分かるよ」
俺の目配せに合わせて、ポーチがスキルで銀色に輝く剣を生み出した。
その美しく研ぎ澄まされた刀身を目にし、モヒカンズが息を飲む。
彼らも馬鹿ではないので、その剣に力が宿っている事ぐらいは分かったのだろう。
騒がしかった口を閉じ、ポーチの様子をじっと見守る。
「姿を現したらどうだ?」
だいぶ包囲が縮められた所で、俺は周囲に声ををかけた。
だが相手からの反応はない。
まあそりゃそうだよな。
気配を悟られたたからと言って、普通堂々と暗殺対象の前に姿を現したりしないものだ。
以前遺跡で襲ってきた奴らは姿丸出しで襲って来たが、あれは此方を完全に舐めていたからこその行動だった。
散々煮え湯を飲まされた今、もう油断はして来ないだろう。
まあどちらにしろ、敵じゃないけど。
「今ならまだ投降を受け付けるぞ?」
警告するが、返答はない。
情報を得る為何人かは生かすので、それに立候補させてやろうと思ったのだが無駄だった様だ。
「ポーチ」
「はい」
俺が声を掛けると、彼女は手にした銀妖剣の切っ先を地面に突き刺した。
周囲に鈴の音が鳴り響き――そして始まる。
味方同士で行われるデスマッチが。
「な、何がどうなってんだ……」
周囲で剣のぶつかり合う音が響く。
アッシュは目を見開いて、その様子を呆然と眺める。
バニラも同じ様な物だ。
幻術による只の同士討ちなのだが、彼らにはそれが異様な光景に映っているのだろう。
一人、また一人と襲撃者は倒れていく。
残り数名になった所で、再びポーチが剣の切っ先を地面に着いた。
だが、今度は鈴の音は響かない。
音が鳴るのは幻術をかける時だけで、解除するときは無音だ。
「な、なんだ!?どうなっている?」
幻術が解かれ、正気を取り戻した生き残りが現状に狼狽える。
敵と戦っていたら、気づけば仲間がほぼ全滅しているのだ。
これで動揺しない奴がいたら、そいつはとんでもない大物だろう。
「4人もいりゃ十分だよな?」
「あ、ああ」
俺はアッシュが答えるよりも早く、5人気絶させる。
一人はバレない様、此方で預からせて貰う。
彼らの情報収集が合法の範囲で行われる場合、相手が口を割らない可能性も高いからな。
保険だ。




