14・視線が痛い。
ハァー。
息を吐きながら啓介さんが、静かに問う。
「つまり、あまり大きな声で聞かないけどアルウィンさんは継承権持ちということで? それとも、もう一番の立場の人ですかね」
「三位という微妙な立ち位置だったけれど、既に臣籍に下っているよ。余程の事がない限り戻る事もないからね。こちらに来るに辺り、念のためそれらも放棄しようとしたのだけれどね……。微妙に籍が残ってしまった状態だよ。はぁ……」
「そこはもう諦めて下さい。もしものためにも、彼女のためにも、必要なんですからね。ないよりはある方がいいに決まっています」
「もしも、ね……。そうだね。色々と面倒臭いものだね」
「うわぁ……。千寿さん、大丈夫? というか、外でのあの雰囲気からしてそうだと思うんだけど」
アルウィンと私の関係って事だよね!? 貴志君、今それ言っちゃう!?
うひゃああああ……。改めて聞かれると恥かしいいいい!
「うっ。大丈夫というか、ご家族にはそれはもう良くして頂いて。あれよあれよという間にそうなっていたというか」
「流されたとか絆されたとか、そういうのでもないんですね?」
「そ、それはない! ちゃんと、あっ……」
にこにこのアルウィンとうんうんと頷いているユラン。何となくそう言う話だと察したお父さん達の視線に気付いて、目を泳がせてしまった。
だらだらと汗が噴き出してきた気がする。
「ちぃちゃん? お母さんはね、別に反対しているわけじゃないのよ? 写真を見ながら楽しそうに話すちぃちゃんの顔見れば何となくは分かったわよ? でも! ちゃんと聞いてはいないのよ? 分かっているわよね?」
「その、なんだ。地位がどうとか言うくらいだから、それなりに偉い人なんだろうとは分かったよ。千寿、アルウィン君、後できちんと話をしてくれるかい? ユラン君もだよ。いいね?」
赤べこの如く頷く私達。
お父さんとお母さんが怖いっ!
二人の視線が痛い。物凄く痛い。
そこの帰還者達、生温かく頑張れーって目を向けないで!
「あ、なんか、ごめん。ま、まぁとにかく! そんな立ち位置の人とそういう事になるにあたり、色々と千寿さんが苦労してるとか困っているとかそういう事じゃなければいいっていう確認をしたかっただけだから!」
貴志君が、手を上げながら心配している事を言ってくれた。
確かに、身分とか地位のある人とか色々と面倒臭い事もあった。それが、別にみんな私の事を毛嫌いしてという訳でもなくて。
どっちかっていうと、迷い込んだ人の中では黒髪黒目が初めてだったらしく、興味を持たれてしまってね。美人でもないのに珍しがられてなぜか両手綱引き状態で、人生最大のモテ期到来! な状態だっただけだから!
結婚とまでいかなくても、異世界人と懇意にするとその家は幸せになるとか栄えるとか、そんな迷信じみた事が世界共通認識で普通に広まっていて、身分関係なくとにかく縁を繋ごうと騒ぎになる。
おかげで私は、ある種の恐怖を覚えた。
だって、頭も容姿も平々凡々な普通の子が、急にそんな事になったらビビるよね、普通! 裏にこもる事もないけど、普段から目立つとか出来るだけ避けて過ごしてたんだよ? それが急に「モテ期到来!」とか言われても、恐怖しかないって。
でも、国ごとに身分差による小さないざこざはあるけど、比較的平和な世界だったんだよ。
国内外で荒れる事はほとんどない。
もしあるとしたら、上の地位の人が愚者過ぎてとてもじゃないけど無理って時くらいだと。愚王なんか立った時には、速攻で内乱が起きるしそうでなくても近隣諸国が制裁を下す。貴族平民に関わらず、そういう事には目を光らせている状態。
奴隷制度もあるけど、犯罪奴隷や借金奴隷だけだし、借金奴隷と言っても引き取られた先できちんと働いてその分を返せれば解放されるし、引き取った側も衣食住も提供し無体にはしない。
むしろ引き取った側が、無体を強いれば訴えられて犯罪とまでいかなくても地位落ちなんて事も普通にあって、事情故の借金奴隷だから世間の目も風当たりも悪くない。
頑張れよー。と応援される事も普通にあったりする。
素行が悪いわけでもないのに引き取り先が一年以上現れなければ、奴隷商人が斡旋する場所で働く事になる。それもまともな所で。
決して花街に飛ばしたりや収容所みたく厳しい肉体労働で強制労働させるわけではない。強引にそんなところに連れていけば、すぐに商売が出来なくなるし信用も落ちる。
やむなく何度とそれを利用するのは仕方ない。けれど、賭け事や花街で借金を作ったりと意味もなく何度も悪用すると、信用も落ち相手にされなくなってしまう。
結果、そういう所に連れていかれるのは、借金奴隷制度を何度も悪用する者だ。
平和な世界だったとはいえ多少はあれこれあったけど。ってあれこれあった時点で説得力ないか……。
でも戦争とかもほぼほぼなかっただけラッキーだったんだなぁと、心配してくれる貴志君達を見て申し訳なく思ってしまった。
モテ期到来! なんてことは言わずにぼかしつつも話をすれば、
「いや、別にそれは運の部分もあるから、仕方ないのでは? オレなんかは内政が微妙な所でしたが、それでも選んでいっていい所に行き着つけました。ケツを引っ叩いて蹴り押して性根を入れ替えさせたからでしょうが。結局、千寿ちゃんみたいに平和な世界に行こうが、そうでもなかろうが、周りや自身がどう関わるのかどう変わるのかなんて、その人次第でしょう」
問題ないよ。ってみんなもウンウンと頷いてくれた事にほっとした。