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三日目(2)下働きの仕事

 ソレルがまず最初に連れていかれたのは、厨房のすぐ隣の部屋だった。


 これも厨房と同じように開け放たれていて、入口から覗くとたくさんの布が積み上げられ、たくさんの女達が立ち働いていた。

 料理中の厨房もやかましかったが、こちらもなかなかの賑やかさだった。怒鳴り声こそ聞こえないが、大きな声の女達が笑いさざめきながら仕事をしている。


「ここは?」

「洗濯場だよ」

「せんたく……」

「王族の服とか住み込みの侍女とか侍従の服なんかや、食堂とか寝台なんかの布類を洗って干してとりこんで、火熨斗(ひのし)をかけてる」


 ほら、とセッペが指差す先には外へ出る開け放たれた扉があって、そこから大きな白い布がたくさん広場にはためいているのが見えた。


「ひのし?」

「炭を入れた鉄の小さな鍋みたいなヤツだよ。それで布の上を滑らすとシワがのびるんだ。王族の寝台や食堂の机にかけてある布は汚れてなくても毎日替えて、シワひとつあっちゃいけないんだと」


 あれが火熨斗、と言ってセッペは小型の片手鍋のようなものを机の上で滑らせている女を指差した。


 他には床に盥を置いて座りながら大量の布をどんどん洗っている女達もいる。

 部屋の半分は石造りの土間になっており、外へ抜ける扉に近い方が洗い場になっているようだ。これなら雨の日でも洗い物ができる。聞けば、続き部屋が何もない広間になっていて、直射日光に当たると傷む繊細な王族の服や雨の日が続いた時などは、そちらに干したりもするようだ。


「お前、住み込みなんだろ? お前の服もここで洗ってくれてるんじゃないのか? 感謝しろよ」


 ソレルの服は三組ほどあって全部同じ従者のお仕着せだが、確かにフェデリタースが夜汚れ物をどこかに持っていき、朝新しいものを用意してくれていた。

 洗濯、という言葉をソレルは覚えた。


「セッペ、何遊んでいるんだい!?」


 女の一人が笑いながらセッペを見咎めた。


「今休憩中だよ!」


 セッペは大声で言い返す。


「今日はまた可愛い子連れてるじゃないか! あれ、でもその服――」

「第三王子様の従者様だぞ! 友達になったんだ! 城の下働きを見たいっていうから俺が案内してやってるんだ!」


 女達はびっくりしたようにソレルを見た。


「従者様がこんなところに?」

「お前、友達なんて恐れ多い!」

「馬鹿も休み休み言いなよ!」

「うるせえな! こいつは山から拾って来られた平民だからいいんだよ! 周りがお貴族様ばっかりで馴染めないんだと! 優しくしてやってくれよ」


 かしましい女達にセッペが怒鳴り返す。ソレルは丁寧に頭を下げた。


「いつもふくをあらってくれて、ありがとうございます」


 手を止めた女達がわらわらとソレルを取り囲んだ。 


「山からって、あんた……」

「王子様も気まぐれな……」

「ほら、ぼうや飴なめな」

「可哀想に。みなしごかい? いつでもおいで」


 口に甘いものを入れられ、髪をぐりぐりと撫で回され、もみくちゃにされる。飴は甘いが固くて噛み切れない。飲み込むと喉に詰まりそうで怖いので大人しく舐めることにした。


「次、行くぞ! じゃあな!」


 ソレルは女達の囲みからセッペに腕を取られ引っ張り出されて、よろよろ歩き出す。


「セッペ……、ともだち?」


 セッペの後を歩きながら、ソレルは不思議そうに呟いた。セッペが振り返る。


「そうだろ? 食べ物を分け合うのは友達だ」


 なんでもないことのように言われる。


「そうなんですか……。ともだち」

「そう、友達」


 なんだか、胸のあたりが温かくなってソレルは笑った。


 ――はじめての、友達だった。



 さらに隣の部屋は、掃除担当の下働き達の控え室だった。さまざまな掃除道具が置かれ、大きな机といくつかの椅子が置いてあるが、人はあまりいない。


「ここもきゅうけいちゅう?」


 厨房は休憩中に人が少なかったからそう聞くと、セッペは首を振った。


「逆だよ。ここは今仕事中。王宮のいろんなところを一日かけて掃除してる。侍女や侍従なんかがやらない床とか窓とか厠とか、とにかく汚れてるところがないように掃除してまわってるんだ。埃ひとつも見逃さねえ。床なんか反射してピッカピカだぜ?」


 洗濯場の布と違って灰色になった小さな布を洗っていた青年がセッペに気づいて声をかけた。


「セッペ、何か用か?」

「いや、今休憩中~」


 洗濯場と同じようなやり取りが繰り返され、やっぱり青年に頭を撫でられた。

 ここは厨房や洗濯場とは違って、男と女が半々くらいらしい。侍女や侍従の黒と白のパリッとしたお仕着せと違って、ぼんやりした灰色のお仕着せを着ていた。この方が汚れが目立たないそうだ。


 


 その後も、繕い物の部屋のお針子、厩舎の厩番、庭園の庭師、いろいろな建具を直す大工などさまざまなところを走り回り紹介された。途中、何度か転んだがセッペはそのたびにソレルの膝の汚れを払い、立ち上がるのを助けてくれた。


「山にいたわりにはよく転ぶなあ?」


 呆れたように呟いたが、一度も馬鹿にしたり笑ったりはしなかった。

 西離宮の下働きをあらかた見て回り、時間がなくなったセッペと慌ただしく別れると、ソレルは今日見たことを自分の中でまとめた。

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