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二日目(2)西離宮の厨房

 たどり着いたのは西離宮の中でも西の端、ソレルが足を踏み入れたことがない場所だった。

 たくさんの人が立ち働き、熱気がすごく、怒鳴り声や何かがガチャガチャとぶつかり合うような音が始終響いていた。


「ここは西離宮の厨房」

「ちゅうぼう?」

「食事を作るところ。料理人がいます」

「りょうりにん?」

「料理を作る人。まあ、見ればわかるわ」


 お茶の時間が終わり、晩餐の準備が始まったところだった。


「こーんにーちはー」


 開け放たれた戸口からひょっこり覗き込み、ユリーが中に声をかける。厨房で立ち働く男達の幾人かがその声に振り返った。


「おー、ユリーちゃん! 久しぶりだな、どうした!? お茶の時間は終わっただろ? 何か追加でいるか?」

「ごめんなさいね、邪魔して。特に必要な物はないの。今は休憩中よ。ちょっと見学させてもらえるかしら?」

「見学?」

「端っこの方でいいの。ヴァシル殿下のところの子に食事を作っているところを見せたくて」

「従者か? ……って、ええ!? お貴族様が来るようなところじゃねえぞ!? 監視か!? 何も入れてねえからな!」


 焦ったようにぶんぶん顔を振る男達に、ユリーはけらけらと明るい笑い声を上げた。


「大丈夫よ。監視じゃないから。それにこの子は貴族じゃないの。ヴァシル殿下がこの間山で拾ってきた子だから」

「山で!? それを従者にしてるのか? 第三王子殿下ってのは変わってるな……」

「そう、だからほかの従者達とは馴染めないらしくて。気分転換だと思って許してやって。もちろん、許可は取ってあるからあなた達が叱られることはないわ」


 男達は気の毒そうにソレルを見た。


「そりゃあ、邪魔しないなら、いくらでも見ていってもらって構わないが……」

「お貴族様の中に平民が混じったらそりゃあ、やりにくいよなあ……」

「おい、ぼうず、虐められてるのか!? 大丈夫か!?」

「ソレルです。だいじょうぶです」

「ソレルか! こんなところで気が晴れるならいくらでも見ていってくれよ!」


 豪快に男達が笑う。その間一切手は止めていなかった。声の大きさや物音に、ソレルは頭がくらくらしそうだった。

 厨房の隅に粗末な丸い椅子を二つ置いてくれて、ユリーとソレルはそれに座って大人しく料理風景を眺めた。


 フェデリタースが使う長剣に比べるとずいぶん小さな刃物を器用に使い、野菜の皮を剥いたり、肉や魚を捌いたりしている。こんな刃物の使い方があったのか、とソレルは瞬きするのも惜しいくらいに目を見開いて見つめていた。


 みるみるうちに姿が変わっていく食材の様子が不思議で面白かった。


 食い入るように見つめているのを面白いと思ったのか、男のひとりがパンを一つ投げ渡してくれた。


「賄いの残りだけどな。食べ盛りだろう? やるよ」


 普段の食事の時の白いパンとは違って黒かったが、いい匂いがした。


「あ、ちょっと待て。焼いてやるよ」


 別の男がそれを取り上げて半分に切ると、チーズをのせて軽くあぶってくれる。トロリと溶けたチーズをもう半分で挟んでソレルに渡してくれた。

 普段と違って、手づかみのままかぶりついても怒られなかった。焼けた固いパンは、サクッと口の中で音を立てた。


 熱々のチーズに口の中を火傷したソレルを男達が笑う。いつも失敗するごとに周りから笑われているが、その笑いと男達の笑いは違うようだった。何が違うのかはっきりわからないが、嫌な気持ちはしなかった。


 横を見れば焼き菓子を貰ったユリーが口をもぐもぐさせていた。大きく口を開けて二口目にかぶりつこうとしているユリーと目が合った。その途端、急にお淑やかに口元を隠して、小さくつぼめた口で焼き菓子を食べはじめた。取り澄ました様子が少し面白くて軽く吹き出してしまう。


 パンの残りはすぐ食べてしまった。普段の食事は、運ばれてきて、さらに他の従者達が食べてからになるから、すっかり冷めている。食事とはそういうものだと思っていたが、本来は温かいもののようだ。温かい食事というものが、こんなに良い香りがして美味しいものだと初めて知った。

 いつの間にかお茶まで貰って優雅に喉を潤していたユリーが、満足そうに微笑んでいる。


 四半刻ほど眺めた後、ユリーがにっこり笑い、ソレルを促した。


「では、そろそろ行きましょうか」

「はい。ありがとうございました」


「おう、またいつでも来ていいぞ!」

「なんなら手伝ってくれてもいいぞ!」

「いっそ、料理人に鞍替えしろ!」


 がはは、という男達の笑い声が響いた。


 


 再び四阿に戻って並んで座った。


「しょくじはりょうりにんがつくっているのですね」

「そうね。では食材は?」

「しょくざい?」


「そう。野菜や穀物、果物。肉や魚。そういった物は降って湧いてくるのではないの。それらを売りにくる商人がいます」

「しょうにん……」

「王都の城下から商人が運んで来るの。商人は野菜や果物などを作ったり家畜を育てる農民や、肉を捕る猟師、魚を捕る漁師などから商品を仕入れます」

「しょうひんをしいれる……」


「農民や猟師や漁師の道具を作る鍛冶職人がいて、鍛冶職人に材料を売る商人もいます」

「……たくさんのヒトがかかわっているのですね」

「そう」


 感心したように呟くソレルに、ユリーは口元を綻ばせた。


「ほかにも城で働く人はいるのよ。もう少し、観察してみなさいね。ではまた明日」

四半刻→約30分くらいとお考えください。

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