二日目(1)初めての回答
ソレルは約束の時間に、昨日と同じ中庭に赴いた。
四阿を覗くと、そこに座っていたのはロイーゼではなく、侍女のお仕着せを着た焦茶色の髪の女性だった。焦茶色の髪は三つ編みにしてくるりとまとめられ、白い前掛けがパリッとしている。女性は薄い茶色の瞳を柔らかく細め、微笑んでいた。
ソレルは軽く首を傾げて、女性に話しかけた。
「あの……、ロイーゼというヒトをしりませんか? ここでやくそくしていたのですが」
女性はうふふ、と笑い、昨日のロイーゼと同じように自分の隣をぽんぽんと叩いた。
「今日の気分はユリーなの。きちんと宿題やってきた?」
「ユリー? ロイーゼ、ではないのですか?」
人の表情の変化には疎いが、顔形の違いはわかるようになっていた。さすがにソレルでも、昨日のロイーゼとは別人だとわかる。
「そうよ。今日はユリーと呼んで」
別人に見えるが、ロイーゼに頼まれて来た人ではなく、どうやら本人のようだった。
「さあ、宿題は?」
「はい、ユリー」
ソレルは不思議には思ったが、本人が言うのだからそうなのだろう、とあまり疑問にも感じず、まずは宿題の回答をすることにした。
ユリーの隣に座り、観察の結果とそこから思ったことを述べる。
「たくさんのヒトがつかえていました。それできづいたのは、ぜんぶのしごとをひとりでやっているヒトはいない、ということです」
「そうね、その通り。それぞれにそれぞれの役目があるの。すべてを一人でこなす必要はないのよ」
「とくいなことをとくいなヒトがやる、ということですか?」
「そうよ」
ユリーは満足そうに微笑んだ。
「一日よく観察したわね。それぞれの仕事と役割についても理路整然と説明できていたし、フェデリタースと違って頭は悪くなさそうね」
一日目の宿題の回答は合格のようだった。
ソレルはなぜフェデリタースと比較されたのかわからなかった。ソレルにとってフェデリタースは何でも知っている使い魔の先輩だった。フェデリタースの頭が悪い、と思ったことはなかった。
「さあ、ここで問題です。王族の食事は誰が作っているのでしょうか?」
突然新たな問題を出されて、ソレルは不思議そうに繰り返した。
「しょくじ?」
人の食事というのは変わっている。切ったり焼いたり煮たり、調味料で味をつけたりする。果物など一部を除いて、大抵が火を通してあった。皿に盛り、その盛り付け方にもこだわりがあるようだった。
食べ方も食器を使わなければならず、その点憂鬱な作業でもあった。
ただ味については美味しい、と感じていた。鳥の時はご馳走である鼠や蛙を人の姿だとどうしても美味しそうに感じられなかった。人と鳥では意識が切り替わることが不思議だった。
人の姿の時は従者の控え室に運ばれてくる食事を取っていた。最初は他の従者達と一緒に食べていたが、ソレルがあまりに食器を上手く使えず綺麗とは言い難い食べ方をするため、嫌がられて時間をずらされるようになった。今はフェデリタースが任されているのか、食器の使い方を教えながら一緒に取ってくれるようになった。大抵二人だけで食べる。
さて、その食事について、どこで作られているかなど考えたこともなかった。ソレルにとって人の食事とはどこからともなく運ばれてくるものだった。
考えてみれば、あれほどの手が加えられているのだ。誰かが作っていると考えるのが当然だ。だが、誰が作っているのか知らない。
「わかりません」
食事を作るのにどれくらいの時間かかるのかわからない。ただ侍女や侍従の動きを見るに、彼らが作っているようには思われなかった。
さらに別の仕事をする者がいる、ということだ。
「じゃあ、実際に見に行ってみましょう」
「え?」
ユリーに立ち上がって手を引かれ、ソレルも引きずられるように立ち上がった。
「にしりきゅうからでてはならない、といわれています」
困惑してソレルが尋ねると、ユリーは振り向いてふわりと笑う。しかしその足は止めなかった。
「知ってるわ。西離宮を出ないから大丈夫。王族の生活は各離宮で完結できるようになってるの。つまり王城内に同じような場所が三カ所。贅沢よね、王族って何様かしら?」
護衛騎士に聞かれたら斬って捨てられるような恐ろしいことを呟いている。ソレルには意味がわからないが、なんとなく同意しかねて黙っていた。無意識にこの場合の正解を選んでいるソレルに、ユリーは小さく笑った。