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一日目(2)出会い

 王城の西離宮には現国王の第二王子の家族が住んでいる。ヴァシル王子はその第二王子の第三子だ。国王の孫にあたる。第一王子は東離宮に住まい、国王は北離宮に住まう。西離宮がヴァシル王子の住まいだった。

 ヴァシル王子の父であるこの国の第二王子にさえほとんど会わないのに、その兄や父にはなおさら会うはずがない。だからソレルもわりと気軽にふらふらしていた。


 従者のお仕着せを着ているためか、それとも王子が言い含めてくれているのか、不審者として見咎められることもなかった。万が一誰何(すいか)された場合に備えて、従者の証はいつも身につけている。


 いくつか建物が点在する西離宮の渡り廊下で、ソレルは歩き疲れてふと足を止めた。いつの間にか王子が住まう建物から別の建物に繋がる廊下まで出てきてしまったようだ。


 中庭に面した廊下に立ち、庭の緑を見るともなく眺めていると、溶け込むように一人の女性が佇んでいることに気づいた。


 役には立たないが、自分はどうやら目だけは良いらしい、と苦笑が漏れる。

 鳥の姿なら上空からでも地表の鼠を見落とさない目は、人になってもそこそこ良いらしい。――ただ、今のところそれは特に役立ってはいない。


 声に出したつもりはなかったが、ソレルの声が聞こえたように女性が振り返った。


「――あら」


 呟いた女性は癖のあるたっぷりとした艶やかな黒髪を結うことなく腰まで流し、抜けるように白い肌にひときわ赤い唇が目立った。ぷるんとした唇の両端が上がり、こちらを興味深そうにくるりと見開いた黒い瞳が見つめている。


 胸や腰は肉感的に膨らみとくびれを持ち、妖艶な美女なのだが、生憎ソレルは人間の女性に対する美醜がよくわからなかった。


 女性が微笑んで白い繊手がゆらゆらと揺れてソレルを差し招いた。


「お仲間ね。こちらにいらっしゃいな」


 ――なかま?


 ソレルは首を傾げた。軽く引っかかりを覚えたが、この人も自分のように王城内を散歩して歩く人なのだろうか、と理解した。


 王城の中で怪しい者がいるはずもないが、見る者が見れば女性の異質さは際立っていた。しかし、ソレルにはまだ人を判断するほどの基準が備わっていなかった。特に怪しいとも思わず差し招かれるまま庭に降り、女性に近づいた。


「あなた、ヴァシル様の新しい使い魔でしょう?」

「はい。ソレル、といいます。あなたは?」

「私は……、そうね、じゃあ今日はロイーゼ」

「じゃあ? きょうは? いつもはちがうのですか?」

「違うかもしれないし、違わないかもしれない。――でも今日はロイーゼの気分だからそう呼んで」


 ふふっと笑い、楽しそうに言われれば、ソレルは頷くしかない。反論する理由などない。


「はい、ロイーゼ」


「ふふ、素直ねぇ。ぼうや、こんなところでどうしたの?」

「ヒトのれんしゅうです」

「人の練習?」

「はい。やくたたずなので」


 ロイーゼは軽く眉を上げる。ソレルの言葉は圧倒的に情報量が少ない。そのため王城の侍従や侍女には軽く見られがちだった。ろくろく剣も持てないし、側仕えとしてまともなことひとつできないのでは尚更だ。すれ違い様に「役立たず」と呟かれたことも一度や二度ではない。


「――誰が言ったの? そんなこと」


 笑みを消したロイーゼの眉間に皺が寄り、軽く睨まれるように見られたが、ソレルに人の表情を怖いと判断することはできない。――実際、ロイーゼの敵意は目の前のソレルではなくソレルにそう言わせる周囲に向いていた。それすらもソレルは気づいていなかったが。


「じぶんでおもったのです。わたしはヴァシルさまのおやくにたてていないから」

「……そう」


 ロイーゼは小さく溜め息を吐くと、黙って近くの四阿に向かって歩き出した。二、三歩進むと立ち止まり、庭に差し招いた時のように手を上げた。

 ついて来い、という意味だということは理解して、ソレルは言われる通り四阿に近づく。

 屋根の下で長椅子に優雅に腰掛け、隣をぽんぽんと叩かれた。


「お座りなさいな。少しお話をしましょう」


 用事もないし、ソレルは頷いて素直に腰掛けた。


「なぜ、自分のことを役立たずだと思うの?」

「おやくにたてていないからです」


 木で鼻をくくったような返答にロイーゼは僅かに苦笑する。回答になっていない回答に、それでも根気よく言葉を重ねた。


「ソレルは、使い魔の仕事は何だと思っているの?」

「あるじをまもること」

「……そうね、間違ってはいないわ。では、ソレルは主を守ることは具体的には何だと思っているの?」

「けんがもてないと、まもることはできません」

「ソレルは剣が苦手?」

「はい。うまにものれません」

「だから役に立たないと?」

「はい。わたしは『やくたたず』です」


「……フェデリタースめ。何を教えているのよ、あの馬鹿」


 舌打ちし、ロイーゼは辛辣な言葉を吐き捨てた。言われた言葉の意味がわからず、首を傾げてロイーゼを見つめているソレルの髪を、白い繊手がそっと撫でた。力強い黒の瞳が、真っ直ぐソレルを見つめた。


「まずは自分のことを『役立たず』だと言うのも思うのもやめなさい」


 不思議そうに首を傾げたまま、ソレルが瞬いた。


 ――『思う』のも? 実際役立たずなのに?


「使い魔の仕事は剣を持って主を守ることだけではないわ」


 ソレルはロイーゼの言葉に世界がひっくり返るほど驚いた。


「ほかにもあるのですか?」


「あるわ。まずは王族の周囲をよく観察して、使い魔に限らず、どんな仕事があるか探してみなさい。そして、自分に何ができるか考えてみなさい。『できない』ことではなく、『できる』ことを」

「できること……?」


 自分に何かできることなどあっただろうか、とソレルは疑問に感じたが、ロイーゼの言葉通り、とにかくまず周囲を観察してみようと思った。

 ロイーゼはやっとふわりと笑った。


「毎日、この時間にここに来られる?」

「……はい、たぶん」

「そう。では宿題よ。周囲を観察して気づいたことを毎日ここで私に報告しなさいな。そして一週間後に改めて聞くから、自分に何ができるか、自分が何をすべきか、よく考えてみなさい」

「しゅくだい?」


「そう、宿題」




 ソレルは早速周囲の観察から始めることにした。

 なるほど、言われてみれば王族の周りにはたくさんの人間が仕えている。


 まずは、侍女と侍従。


 朝起きた時から夜眠るまで、その世話には常にどちらかがついている。洗顔や湯浴みの補助、着替えなどの身支度、食事の給仕、お茶の支度。何か必要となれば物を取りに行き、来客があればその対応もする。常に主人の行動の先周りをし、準備をする。その合間に軽い掃除や部屋の飾りつけをし、快適に過ごせるように部屋を整える。


 ヴァシル王子にはどちらかというと男性の侍従の方が多くつき、母である王子妃には女性の侍女の方が多くついているようだ。侍女は身の回りのことを中心にこなすのに対して、侍従は一日の予定の管理もする。


 次に、護衛騎士。


 これは武器を帯び、常に部屋の入口に立ち、王族が移動すればそれに付き従って周囲を守る。私室にいるときは部屋の隅に控えているが、公的な場所にいるときは側に立ち、移動すれば左右や背後で主人を守る。剣を持ち、当然乗馬もする。


 そして、従者。


 これは年若い少年が多い。騎士や侍従の見習いになる前の者が行儀見習い代わりにつけられているようだ。王族の話相手や侍女・侍従に準ずる仕事、護衛騎士が側にいない場合や間に合わないようないざという時、身を挺して主人を守る役目もある。この仕事で適正を見て、護衛か侍従か選ぶようだ。


 ソレルと同じ使い魔であるフェデリタースの見た目は既に立派な大人だが、王城内での身分は従者だ。仕事内容は護衛騎士寄りの従者というところ。


 さらに、各種の教師。


 剣術や体術などの武術から地理・歴史・算術・音楽・語学・政治・経済・魔法などの学問、舞踏や行儀作法などの社交まであらゆる種類の教師が毎日入れ替わりで教える。

 母である王子妃には教師はつかないが、まだ幼い王子にはたくさんの教師がつき、毎日多くの時間を費やして勉強をしていた。


「なるほど……」


 たくさんの人間が仕えていた。ソレルもなんとなくわかっていたが、これまでぼんやりとしか見ていなかった。

 自分の格好からすれば、自分の仕事は従者だった。剣術に優れているに越したことはないが、護衛騎士と違って必ずしもそればかりが求められるわけではないようだ。

 主人の話を聞き、心を和らげるのも仕事だった。


 一日でわかったことはそこまでだった。

長かったので、一日目を二話に分割しました。内容に変わりはありません。

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