七日目(4)お説教と誓約書
それからずっと、ヴァシル王子はラドミール王子とラルスからこんこんと何が悪かったか、説教されている。ヴァシル王子は二人にただ、はい、はい、とうなだれて頷いている。
その間、長男のヨナスバルトと三男のディリエは優雅に茶を飲みながら、最近の王都の様子や家のことなど情報交換をしていた。リュカスは従兄弟同士のお茶会が不穏なまま終わらなかったことに安堵しているようで、出された菓子を嬉しそうに頬張っていた。
「ソレルはこれで、良かったのかい?」
リュカスに聞かれて、ソレルは頷いた。
「ソレルがそれでいいなら僕もいいけど。嫌なこととか困ったこととかあったら、我慢しないで言った方がいいよ」
「我慢していたつもりはありません。でも、ありがとうございます」
「うん、いや、僕も見て見ぬ振りしてて悪かった。――それにしても、こんな茶番を兄上たちが演じるとは思わなかったよ。ラルス兄上、忙しいのに何をやってるんだか。ねえこれ、パラディスの計画?」
菓子の皿を下げ、お茶のおかわりを注いだパラディスに話しかける。当然のように給仕しているが、護衛騎士の格好なのでソレルには戸惑いしかない。
「そうですね。私がラドミール様に泣きつきました。見るに見かねて」
リュカスは注いでもらった茶を飲みつつ、釈然としない表情で首を傾げた。
「でも、ラルス兄上以外いらなくないかい、これ。ヨナス兄上とディリエ兄上なんか、すっかり和んでるだけだし、僕こそいらなくない?」
「お二人は単なる護衛騎士代わりですよ。あなたはおまけです」
「あ、ひどいな。なんだそれ」
「リュカス様は、ソレルに親切にしてくださいましたからね。まあ、関係者と言えなくはないですな。成り行きは知っておいた方がいいかも、と思いまして。アーヴェルの方々にも、もう少し頑張ってもらわなければなりませんし。特に、ディリエ様とリュカス様はヴァシル様付きなのですから」
「相変わらず、歯に衣着せないね。――まあ、できる限り努力するよ」
パラディスはリュカスにニッと笑いかけると、今度はすっと笑みを消してフェデリタースを射抜くかのように見た。
「それより――フェデリタース、なぜ私に言わなかった?」
じろり、と睨まれてフェデリタースがびくりと震えるが、それでも憮然とした表情は崩さなかった。
「面倒を見ているつもりでした。――ただ、なぜ同じようにできないのか不思議でした。そのうちできるようになるだろう、と思っていました」
「だ、か、ら! なぜ、私に相談しなかったか、と聞いている。お前がここに来た時、私が何から何まで手取り足取り教えてやっただろう? 弟だと思っていろいろ教えたのに。お前は私を兄とは慕ってくれないのか?」
「パラディス……」
フェデリタースは犬の姿なら耳と尾がへたりと下がるくらいに、しゅんとしてラドミール王子の使い魔の名を呼ぶ。
「お前にとってソレルは弟分だ。上の者が守ってやらなくてどうする。私にとってもソレルは弟だ。可愛い弟を悲しませたくない。お前にできないことがあれば、私を頼れって、あれほど言っただろう?」
「はい……」
主が兄にこんこんと叱られている脇で、また使い魔も兄貴分に叱られている。その光景が不思議で、ソレルは思わず笑ってしまう。
王族二人が話し合い、ソレルの教育についてはしばらくパラディスの元に通うということで決着がついた。
最初は、しばらくの間完全にソレルを預かるとパラディスが言い張ったのだが、それだけは嫌だ、とヴァシル王子がソレルを捕まえたまま離さないので、お茶の時間と就寝前だけはヴァシル王子の元に戻すということになった。
「ソレルも希望があれば言っていいんだよ」
ラドミール王子に促されて、ソレルは少し考える。
「では、料理を覚えたいです」
「は? 料理?」
全員が虚を突かれたようにソレルを見る。ソレルは笑顔で頷いた。
「はい。少しずつでいいので」
「それは構わないけど……、料理って、楽しいのかい?」
「はい。ヴァシル様のお口に入るものは私が作りたいです」
「そうなんだ……。パラディス、厨房に頼める?」
「ええ。頼んでみます」
最終的に、ラドミール王子は一枚の紙を取り出した。それを見たヴァシル王子が、うへえ、とでも言いそうな顔で署名する。
ペラリ、と出された紙は誓約書だった。
『ソレルの待遇改善の要望。
その一、私室を与えよ
その二、侍従と侍女の再教育、もしくは入れ替えをせよ
その三、翼を奪うな
その四、知識を与えよ
以上、四つを守れない時にはソレルは貰い受けます。』
そう書かれた紙の最後に二人の王子の署名がある。
「これは私が預かっておくからね、ヴァシル。約束だよ」
「はい、もちろんです、兄上」
「ソレルもね、気が変わったら、いつでも私の元においで」
「はい、でも行くことはないと思います」
「それは、どうかな。ヴァシル次第だよね?」
「……そうですね」
「ど、努力します!」
だから行かないでッ、と懇願するような目で見られて、ソレルは吹き出した。
帰りがけ、ラドミール王子とパラディスが見送ってくれた。
ソレルはパラディスの脇を通り過ぎる時、足を止めて彼をじっと見上げた。
「……今日はパラディス、という名前なんですね」
小さく囁いた声は先を行くヴァシル王子やフェデリタースには聞こえていないだろう。
パラディスは僅かに頷き、にやり、と笑った。
「早く行け。置いていかれるぞ」
「はい」
「……ソレル」
二人を追いかけようと再び歩き出したソレルの背中に、パラディスが声をかけた。ソレルはパラディスを振り返る。
「はい?」
「――また、明日、いつものところで待っているからな」
「……はい」
ソレルは笑顔になり頷くと、二人に追いつくため、急いで歩き出した。




