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六日目(1)友達らしい話し方と呼び方

 昼準備前の静かな厨房に顔を出す。


「おお、来たか」


 どういうわけか、セッペはソレルの後ろの方をしきりに気にしている。ソレルは振り返るが、ひとりで来たので当然誰もいない。顔を戻してセッペを見れば、がっかりした風で腰掛けていた椅子に座り直していた。


「うしろ、どうかしましたか?」

「ユリーさんがいないかと思って」

「今日はいっしょではありません」

「うん、見りゃわかるよ」


 隣で今日も賄い用の野菜の皮剥きをやらせてもらった。黙々と剥いていると、昨日皮剥きを教えてくれた男の一人が紙の包みを抱えて近づいてきた。

 甘い、良い香りがそこからする。

 思わず、手を止めて凝視しているソレルに笑って男が包みを渡してくれた。


「ほらよ。ユリーちゃんに渡すつもりで仕込んでたんだが、焼く前に来ちまったからな。あの後焼いたんだよ。ユリーちゃん、次いつ来るかわかんないだろう? せっかく焼いたし、渡しといてくれるか?」


 大きな包みの他に小さな包みを別にくれた。


「こっちはぼうずの分だ。今、ひとつ摘まんでみろよ」


 セッペもひとつ分けてもらって早速食べている。小さな包みには楕円形をした狐色の焼き菓子が三つ入っていた。初めて厨房に来た日にユリーがもらって食べていた菓子に似ていた。ひとつ摘まんで口元に運ぶ。

 ふわりと甘い香りがして、そっとひと口食べてみると、口の中でほろほろと崩れた。ほんのりとした上品な甘さで、優しく舌の上で融ける。


 菓子を食べたことがないわけではなかったが、これほど美味しいと感じたことはない。夢中で手の中のひとつを食べてしまった。


「おいしいです」


 満面の笑みで礼を言うソレルを、渡してくれた男も満足そうに見ている。


「そういえば、ユリーさん、昨日何か怒ってなかったか?」


 こちらも食べてしまったセッペが、昨日のユリーの様子を思い出したのか、僅かに震えた。


「おこってました」

「うわぁ、やっぱり……。俺、怒らすようなことなんかしたかなぁ?」

「ユリーに気にするなといわれました」

「そうか……?」

「はい」


 ソレルは野菜の皮剥きを再開しながら、思い出して付け加える。


「私のことはおこっていないから気にするな、といわれました。セッペに対してはわかりません」

「ヒッ……!? やっぱ俺が原因じゃねえか……!? 何、なんかした!? な、生意気だとか……!?」


 セッペが震えながらしきりに呟くが、ソレルは「さあ?」としか答えられない。黙々と野菜の皮を剥いているソレルに、セッペが口を尖らせた。


「ちぇ……っ! でも、俺は後悔してねえからな! 生意気だってなんだって、言いたいことは言うし! お前にだってな、いい加減言いたいことは言うぞ!」


 急に自分のことが出てきて驚き、ソレルは手を止めて目を瞬いた。


「私に、ですか? なにを?」


 首を傾げて問い返され、セッペは更に口を尖らせた。


「その口調!」

「……え?」

「友達ならもう少し打ち解けてもいいだろう!? ばかっ丁寧にしゃべられて、線引かれてるみてえなんだよ!」

「うちとける……?」


 意味がわからず、困惑する。


「だから……っ! 貴族じゃねえし、普通、友達なら敬語とか必要ねえの! もっとくだけてくれていいんだよ」

「くだける……」


 他の話し方がわからず、困惑したままソレルはそれ以上どう話していいかわからなくなる。


「セッペ、そりゃあ、無理ってもんじゃないか?」


 菓子を渡してくれた男が溜め息を吐いて肩を竦めた。近くに居た数人も「なんだなんだ」と寄ってくる。


「従者様に俺らみたいな言葉使わせたらだめだろう? せっかく丁寧なんだからいいじゃねえか。咄嗟の時にヘンな言葉が出ても困るだろうし」

「そうだぜ。ほら、地方から出て来たヤツが方言隠すためにそういう話し方することあったじゃねえか。ぼうずもそれじゃねえか?」


 話し方なんてどうでもいいだろう、という先輩たちにセッペは「でも!」と言い縋る。


「その人、結局馴染めないまま辞めちゃったじゃねえですか!」

「いや、ぼうずは充分馴染んでるだろうよ……」


 料理人でもないのに毎日顔を出しては、刃物の使い方を教えてもらったり、何か食べたりしている。少々雑な動きと大声で話しをする男達に気後れする様子もない。

 皆、ソレルが厨房に顔を出すことに違和感がなくなってきているのだ。


「従者らしくて、親しい話し方……」


 従者はほとんどが貴族か騎士の子息だ。確かに下働きたちとは言葉遣いが違う。

 ソレルはリュカスやジョルジュを思い出した。二人のソレルに対する話し方は嫌いではなかった。厨房の男達とは違う丁寧な話し方だった。だが、親しさも気安さも感じられた。


「……わかった。そうしてみる」

「え?」

「人によって話し方をかえてみるって、ことだよね? 友達だろう? ……これなら、どうかな?」


 リュカスを思い浮かべる。表情も真似てみて、少し微笑んで見せた。


「君と、僕は対等。友達って、ことだよね?」


 その場の全員が、呆気に取られてソレルを見た。全員に注目されて急に不安になる。


 ――何か、また間違えただろうか?


 男の一人が驚きから立ち直って、呟いた。


「なんだ……、綺麗に喋るじゃねえか。訛りもないし」


 他の男達も頷く。


「いいんじゃねえか? 良いとこの坊ちゃんに見えるぞ」

「むしろ今までの話し方のほうが素朴に感じるのが不思議だがな」


 セッペが複雑な顔で首をひねる。


「そうだけど……、なんだ、対等ってより急に上から目線じゃねえ? 急に貴族っぽい……!? あれ!?」

「仕方ねえだろ、従者様なんだから。らしくていいんじゃねえか? 贅沢言うなよ、お前が言い出したんだからな!」


 釈然としない風のセッペに男達は笑う。正直、ソレルがどう話そうが、どうでもいいのだろう。


「話し方以外に、親しく感じる方法は、ある?」


 ソレルが訊くと、セッペが「う~ん?」と少し考えるように唸った。


「そうだなあ……、あとは愛称で呼ぶとか?」

「あいしょう?」

「名前を短縮してみたり……、とかかなあ」

「たとえば?」

「ううん? う~、お前だったらなんだろう? そもそも短いからあんまし短縮にならないけど……、ソレルならソル、とか?」


 ソレルはソル、という響きが不思議だった。自分の名前ではないような感じもする。


「ソル……。じゃあセッペなら……、ペ?」


 セッペ以外の全員が「ぶはっ!?」と吹き出した。セッペがムッとして黙り込む。


「ぶはは! ペ!?」

「おお、いいんじゃね? 忙しい時呼びやすいぞ、ペ!」

「もう、ペでいいな!」

「おい、ペ! 皮剥き早くやれ、ペ!」


「うるせえっすよ! 『ペ』禁止! なんだこれ、いじめじゃねえか!? サイテーだ、兄貴達! 全国のいるかもしれない『ペ』さんに謝れ!」


 拳を振り上げて抗議するセッペに対してますますゲラゲラ笑って、頭やら肩やら乱暴に揉みくちゃにしてから男達が休憩に入るために去っていく。

 ぽつんと二人残されて、セッペは口を尖らせたまま、じとっとソレルを睨んだ。


「これから『ペ』って呼ばれたらお前のせいだからな……!」

「ごめん、ペ」

「だから『ペ』禁止! セッペって短いんだから、もうセッペでいいよ!」

「うん、そうする。僕の名前もソレルと呼んで。ほかの名前は自分じゃないみたい」


 セッペに愛称で呼んでもらえるのはより親しくなったように感じて嫌ではなかった。ただ、魔力がないと言っても、セッペも人間だった。人から別の名で呼ばれることは落ち着かなかった。

 ソレル、というのはヴァシル王子からもらった名前。

 この名を気に入っている。

 それ以外の名前になりたくない。

 それはヴァシル王子以外に仕えたくない、ということだった。仕事を変える気もない。


 自分の主はヴァシル王子だけだ、とソレルは思った。


「でも……、ありがとう」

「うん?」

「……僕も君と仲良くしたい、セッペ」


 セッペはどこか得意そうに、そして嬉しそうに笑った。

本人が嫌がるような名前いじりは絶対に駄目です。

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