プロローグ
憧れのファンタジーを始めてしまいました!
よろしくお願いします。
巣から落ちてしまった。
兄弟たちに押されて、あ、と思った時には遅かった。
巣のある大きな木の下に、ぽてり、と転がり落ちた。
巣立ちも近い羽の生え揃った頃ならば、自分で木を登ることもできようが、まだ短いふわふわとした毛に覆われているだけの今、自分で木を登って巣に戻ることなどできようはずもない。母が気づいて戻してくれるのを待つしかない。
心細さに母を呼ぼうとして、ピィ、と鳴きかけて、慌てて嘴を閉じた。
母に再三言われていたことを思い出したからだ。
――いいかい、こどもたち。もし巣から落ちてしまったら、草陰にじっとしているんだよ。わたしが戻るまで、狐や狼、烏や蛇に決して見つからないように。
草陰に隠れて身動きしないよう、息を潜める。
雪の中でも大丈夫な立派な羽はまだない。
普段は暖かくて安全な巣の中で、ふわふわした兄弟達と身を寄せ合っているから寒くない。なのに今は心許ない身ひとつだ。寂しくなってまた、ピィ、と鳴きそうになる。
――どんな動物にも見つかってはいけないが、特に気をつけなければいけないのがヒトだ。あれはいけない。
ヒト、ってどんないきもの? と問えば、母は恐ろしいことを言った。
――鋭い爪も牙も嘴も持たないくせに、我が物顔で森を荒らす二本足の生き物さ。それなのに恐ろしい道具を使って森の木を切り、生き物を殺す。ここにはあまり来ないけれど、麓の里にはたくさんいる。
――いいかい、こどもたち。もしヒトの臭いをつけられたら、お前たちは巣にはもう戻せない。決して見つかってはいけないよ。
ガサッと藪を掻き分ける音がして、何か大きなものが近づく気配がした。
びくりと身を竦め、ますますじっとする。
「梟の、雛だ」
聞いたことのない鳴き声がした。同族ではないのに、言葉がわかるのが不思議だった。
そっと草を掻き分けられ、あっと言う間に姿を曝された。
「巣から落ちたのか。まだ小さい。ふわっふわだなあ」
二本足で歩く、牙も爪も嘴もないヤツ――ヒト、だ!
ぶるぶる震えて、まだ小さな翼とも言えない毛の塊をばたばた動かす。カチカチと嘴を鳴らして威嚇したが、相手は少しも怖くないようだった。
器用に動く前足を伸ばされ、それに掬うように掴まれ持ち上げられる。
顔の正面まで持ってこられて、その両の目と向き合った。そいつは、眩い金色の毛をしていた。まるで光がそこにあるように、太陽が落ちてきたかのように輝いている。
一瞬驚いて動きを止めた。
だが、やはり怖くなってジタバタして、嘴でつつくが降ろしてもらえない。
「あ、いたた。ごめんごめん、びっくりしたんだな。何もしないから話を聞いてよ」
金色の光るヒトを見つめ返す。
「お前、私と一緒に来ないか?」
――いっしょに?
思わずピィ、と鳴いて尋ねてしまった。
「そう、一緒に。お前が望むなら、このまま巣に戻してもやれる。でも、もし良かったら私の元へ来ないか?」
巣にはもう、戻れない。
もう、ヒトの臭いがついてしまった。
悲しくなって、ピィ、と鳴く。
――どこへ? どこへいけるというの?
「王都の王城へ。大切にする。お願いだよ、一緒に来て」
――どうして?
「お前はふわふわで可愛いし、鳥は好きだ」
――すき?
「好き。飛ぶ姿が美しいと思う。人は飛べないから羨ましい」
――うつくしい?
「ああ、美しい。鳥はいいな。自由に飛べて」
――わたしは、まだとべない。それでも?
「もちろん。大きくなれば飛べるだろう?」
ヒトは明るく輝いた。
そして、温かくて優しい。
――こわくない、と思った。
「新しい名前をあげるよ。――そうだな、ソレル、というのはどうだろう?」
――ソレル。
「そう、ソレル」
――ソレル。
名前は不思議と馴染んだ。
――わたしのなまえは、ソレル。
「古い言葉で『太陽』という意味だよ」
太陽みたいなのはこのヒトの方だと思った。
けれど、その名前は心地良かった。
――ソレル。
「ソレル、一緒に、来る?」
ソレルは、ピィ、と鳴いた。
――いっしょに、いく。
暖かな巣も、仲良しの兄弟も、厳しくも優しい母も、森の木々も、すべて置いて山を降りる。
それでもいい、と思った。
新しい名前をくれた、この太陽みたいなヒトのそばにいたい、と強く思った。
――あなたと、いっしょに、いく。
ふわふわの毛で覆われた頭と背を優しく撫で、主となったそのヒトはほっとしたように息を吐いた。
「ありがとう、ソレル」