四日目(4)本の読み方
「今日もいっしょに行っていいですか?」
王子が就寝した後、いつものように梟の姿になるのを待っていたフェデリタースに声をかけた。
「その姿のままか?」
「はい」
フェデリタースは不思議そうにソレルを見ると、それ以上は何も言わず、頷いて部屋を出ていく。その後ろについて使用人棟に戻った。
机の上には紙束と筆記具、そして二冊の本が置いてある。
「この本はどうした?」
フェデリタースは今朝部屋を出て以来、戻っていなかったため、本については今初めて目にしたのだった。
「図書館でかりました」
驚いたようにフェデリタースがソレルを見る。
「お前が? 一人でか?」
「リュカス様にかりかたを教えてもらいました」
「リュカス様……、リュカス・ファン・アーヴェル様か? ヴァシル様の御学友の」
「はい。図書館でお会いしました」
アーヴェルの名にフェデリタースは「ならいいが」と呟く。
それ以上何も聞かれなかったので、なるほど、アーヴェル家というのはフェデリタースにとっては信用できる者のようだ、とソレルは思った。
フェデリタースは本を手に取り、ぱらぱらとめくって眉を寄せた。
「経済だの、会計だの……こんな本読めるのか?」
「これから読みます。しばらく読んでいていいですか?」
「ああ。寝台を使え」
梟の姿ではページをめくるのが困難なので、人の姿のまま寝台に腰掛け、本をめくった。
フェデリタースが武器の手入れを終え、「風呂に行くか」と聞かれたが、黙って首を振る。特に強く誘うこともなく、フェデリタースは風呂に行ってしまう。
ソレルは人の姿でいることに疲れてきていた。梟の姿なら夜はこれからだが、人の姿だとうとうとしてしまう。ただ寝てしまうには続きが気になる。
ソレルは机に移動して、本を机の上に広げた。机の端に硝子製の掌に収まるような楕円形の置物を見つけ、閉じてしまわないよう、開いた本の上にそっと置く。そして梟の姿に戻った。椅子の背もたれの上に器用に留まり、本を読んでいく。梟の姿に戻れば眠くなかった。
快調に読み進め、ページをめくる時だけ人の姿に戻る。短時間なら眠くなかった。いちいち服を着るのも面倒なので、脱ぎ捨てた服は汚れものを入れる籠に畳んで入れた。
梟になったり、人になったりしながら読み進めた。
時折梟に戻る間が惜しくて、眠くなるまでは人の姿のまま読んだりしていたら、風呂から戻ったフェデリタースが裸のソレルを見てぎょっとしたように声を上げた。
「なぜ裸でいる!?」
「服をきるのがめんどうくさくて。重くてつかれます」
「服は着ろ!」
「あ、今日はあらいもののかごはわたしが持っていきましょうか?」
今日の分は洗濯に出してしまうし、新しい服もないからこのままでいいか、とソレルがそのまま籠を抱えて出ていこうとするので、フェデリタースが慌てて止めた。
「部屋着を貸してやるから、先に着ろ!」
黒い上下を投げられて、頭にひっかかったそれをしぶしぶ身につける。身長差があるので、余った分は捲り上げた。
ただ着てみると、薄い生地一枚だけなので、上等な布地を重ね着する従者のお仕着せと比べると軽いし、動きやすかった。
なんだ、これなら服を着ていてもいいのにな、とソレルは思った。
籠を出して昨日のフェデリタースのように洗われた必要な物をひとつひとつ確認しながら籠に入れて部屋に戻った。
部屋に戻って間違いがないかフェデリタースにも確認してもらう。問題なかったようで、フェデリタースが棚に納めていった。
――洗濯物を出すこともできた。
ソレルはそのことに安堵する。
これから洗い物は自分が出してもいいかフェデリタースに尋ねると、裸で出歩かないなら、という条件付きで了承を得た。
そんなやり取りをしているうちに、いよいよ短時間でも人の姿は限界になった。
急に梟に戻ってしまい、黒い服の中に埋もれる。いつもならうまく脱ぎ捨てられるのに、予期しない変化だったため、そのまま埋もれてしまったのだ。じたばたするが、人の姿に戻るのは無理そうだった。
服の中からフェデリタースが救出してくれて、その肩に乗って王子の私室に戻った。
今日の読書はこれで終了だった。
油断して自分の部屋のドアを開けたら裸の少年がいる、という状況はフェデリタースのトラウマになりました。