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三日目(4)王子の学友

 ジョルジュが立って軽く礼を執った。


「リュカス様。お久しぶりにございます」


 ジョルジュよりも少し小さい、王子と同じ年頃かと見える少年だった。従者のお仕着せではない、私服を身につけている。

 ジョルジュにリュカスと呼ばれたその少年はソレルの座る机の横に、ドサリと抱えていた本を置いた。


「久しぶりだね。今日はジョルジュか。殿下のお加減はいかが?」


 にこりと笑って言う顔を、ソレルは見たことがある、と思った。


 ――ヴァシルさまのごがくゆう、だ。


 ソレルは、そう心の中で呟いた。


 確かアーヴェル伯の子息だった。

 アーヴェル伯爵は王子の母の兄だ。リュカスは王族ではないが、王子の従兄弟にあたる。以前、フェデリタースに説明されたが、従兄弟という関係性がソレルにはよくわからなかったのだが。


 ――学友は、ともだち。従者や侍従とは違って、仕える仕事ではない、とソレルは思い出していた。


 学友は何人かいるようで、王子が勉強するとき、時々一緒に勉強する。毎日来るものではないらしい。一度しか来なかった者や、しばらく顔を出さない者もいる。

 その中でアーヴェル伯子息のリュカスはほぼ毎日王城に来ている者だった。


「このところ体調は良くていらっしゃいます」

「それは良かった。殿下のお使い?」

「いえ、今日は彼を案内してきました」

「ああ、ヴァシル様のところの子だよね? 確か――ソレル?」

「はい。こんにちは。なぜわたしのなまえを?」


 ソレルは驚いて挨拶を返した。王子とフェデリタース以外に名前を覚えられていることがあるとは考えていなかった。実際、他の「学友」と呼ばれる少年たちに名前を呼ばれたことはない。目も合ったことさえないから、認識すらされていないだろう。

 しかし、リュカスとは何度か目があったことがある。時々、じっと見られていたのは気のせいではなかったのか、と思う。確かに、目が合えば微笑んでもくれていた。


「ヴァシル様が名前をお呼びになったことがあったから。フェデリタースの新しい仲間だろう?」


 従者の、ではなく使い魔としてのソレルを理解していた。そのことにソレルは更に驚く。

 王子は周囲の者に、ソレルのことを使い魔だとは特に説明していない。隠しているわけではないのだが、訊かれないので言わないだけだ。他の従者達はソレルをただの平民の新入りだと思っているらしい。だからこそ、何もできないソレルを侮るのだった。


「ああ、だからジョルジュが面倒見てるのか。……確かに放置されてるな、とは思ってた」


 くすり、と笑うリュカスにジョルジュは渋い顔になった。


「お気づきだったのですか?」

「まあね。でも使い魔の管理は主の管轄だと思うから。学友如きが口を出すことじゃない」

「ずいぶんと、冷たいお言葉ですね。それをお諫めするのがご学友の務めではございませんか?」

「仕方ない。ヴァシル様にはディリエ兄上の言葉しか響かないから。なかなか、ラルス兄上と君の殿下とのようにはいかない。僕には無理なんだと思う」


 リュカスは肩をすくめて軽い調子でそう言う。ジョルジュは眉をひそめた。


「諦めるのが早すぎます。お年は近いのですから、もう少し歩み寄ってください」

「まあ、努力してみよう。でもジョルジュも自分を棚に上げてるじゃないか。ソレルが来てから半年も経ってるよ。今頃面倒見始めたのかい?」


 ジョルジュが少しだけ、ばつの悪そうな顔になった。


「……知っていたらもっと早く手を出していました。フェデリタースが面倒見ているものだと思っていたので。……あの野郎、今度締め上げてやる」


 最後は低くぼそっと吐き捨てたジョルジュに、リュカスが軽く吹き出した。


「コワイコワイ。君が本気出したら死ぬよ。ほどほどにね」


 笑われて面白くなさそうな表情のジョルジュが、リュカスの置いた本の山に目をやる。


「今日はお勉強ですか?」

「いや、ラルス兄上の調べものの手伝い」

「相変わらずこき使われてますね」

「そういう星回りなんだ。……そっちは、王宮見取り図と組織一覧? 君が今更そんなものを?」

「いえ、ソレルに」

「ああ、そうか。どれ、僕も手伝おうか」

「ラルス様のご用事はよろしいのですか?」

「大方目星はつけたから大丈夫。それより今まで見て見ぬ振りをした罪滅ぼしをしよう。さて、何を手伝おうか?」


 リュカスはソレルの隣に座った。反対側に座ったジョルジュが、ソレルを挟んでのぞき込むようにリュカスに話しかける。


「そうですね。では王宮組織の説明を簡単にしていただきましょうか? 本宮のことは私よりもリュカス様の方が詳しいですしね」

「……何を言ってるのかな、君は? 仕官してもいない子どもに向かって。僕だって、ラルス兄上からのまた聞きでしかないよ?」

「いやいや、私はアーヴェル家の情報網の恐ろしさを知っていますからね。仕官してもいらっしゃらない子どものあなたがラルス様の補佐ができるのですから。こんなものは朝飯前でしょう?」


 ジョルジュは爽やかに笑い、教師役を譲る。リュカスは呆れ顔で溜め息を吐いた。


「補佐なんて高尚なものじゃない。部下に振れないような雑用を押し付けられてるだけだよ。……誰でも知ってる基本的なことだけでいいなら、説明しよう」

「よろしくお願いします」


 ジョルジュがにこりと笑って気取った仕草で頭を軽く下げた。ソレルもリュカスに向かって丁寧に頭を下げる。


「よろしくおねがいします」

「うん、じゃあ簡単にね」


 リュカスはソレルの横で、王宮の見取り図を広げ、組織一覧を開いた。

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