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最初で、最後のデートと、それから・・・


 

 ナースは、その日のために時間をかけて服を仕立てました。その日のためだけに買った服。男のためだけに仕立てたそれを、ちょっとだけドキドキしながら袖を通しました。

普段しない化粧をして、その間にも今日の買い物は上手くいくだろうかとか、あいつは今日の私を綺麗だって言ってくれるだろうかと、色々と不安になる想像をしてしまいます。

 ただ、私自身服の知識があまりありませんので、その日のナースの外見を上手く説明することができないのですが、おそらく十人の男性がいれば、そのうち八人か九人は振り向きそうなほど、その日の彼女は綺麗でした。

 今日は土曜日。


 男とナースは、前からの約束通り、少女のプレゼント選びのためにショッピングモールにいました。男は、最初見たときに彼女をナースだと気づくことができずに、その日の始まりは、予定よりも遅い出発となってしまいました。

 午前中はぬいぐるみなどを中心に見て回ります。やはりというかなんというか・・・男は、プレゼントに関しての知識はまったくもってありませんでしたので、ナースが一つ一つの商品に私はこう思うとか、それは鈴には合わないだとか、意見を言いました。きっと、その意見一つ一つにはちゃんとナースの意見が入っていて、この女性の人の好さが、伝わってくるような気がしました。

 そんなナースの口調は、いつもよりも優しくて、少しほほを染めてしゃべるその姿は、普段の活発なナースとは、なんだか別人のように思えました。 品物を選んでいる最中、意見を言う時、ナースは振り向いたときに、シャンプーの香りが男に届いて・・・・・、そのしぐさの一つ一つに、普段のナースには見られないようなかわいらしさがあって・・・・・、ちょびっとだけ、いつもと違うナースの姿に男は困惑してしまうのでした。

  二人は、もちろんデートというわけではなかったので、特に手をつなぐわけではありませんでしたが、でもはた目から見ると、二人はカップルのように見えたかもしれません。



 二人肩を並べて歩きます。

 一人は小幅で早く早く刻みながら・・・

 一人は広く、ゆっくりゆっくり刻みながら・・・

 二人の歩幅が気づかぬうちに混ざり合い、男と女の視線が交差します。

 一人は顔を赤らめながら・・・

 一人は寂しそうに笑いながら・・・

 

 きっと、一般的なデートに比べてとても口数の少ない・・・そんな二人の歩む並木道はでも・・・、いつもよりもずっと・・・暖かな温もりに包まれているように、私には思えました。


 

 二人は、とあるレストランで昼食をとりました。

 ちょっと、高級なフレンチレストランでした。男は最初嫌がったのですが、予約してあるからと、結局店に入ることになります。

男はあまりフレンチに関する作法を知らなかったので、ナースは、仕方ないなあと言いながら、嬉しそうに教えていました。ドラムなど、ナースは男から教わることがほとんどでしたので、ちょっとだけ威張れることを嬉しそうにしていました。

 男は、そんなナースの手ほどきをこれまたちょっとだけ照れくさそうにしながら、受けているのでした。

 二人の距離は近く・・・そして遠い・・・

 男は、その距離をどこか寂しそうに眺めるだけ・・・


 でも・・・きっと・・・


 ナースは、男が自分の姿をどう見てるかなとドキドキしていたのですが、やっぱり気になって、男に聞いてみることにしました。男は意外にも別に冗談を混ぜるわけでもなく、素直に、ナースのことを綺麗だといいました。

 ナースは照れて、顔を赤くして、その姿はやはり恋する十代の乙女のように見えました。


 午後になってからも、二人は、少女へのプレゼント選びのためにいろいろな、店を回りました。男は、別にどの店でもいいじゃないかと思っていたのかもしれませんが、別にそのようなことを口にするようなこともせず、ナースの後ろをついていきました。

 ナースもまた、男がそのようなことを思っているかもしれないなと思ってたりしたんですが、そのようなことを口に出さないあたり、やっぱり優しいやつなんだなと、ちょっぴり、思ったり思わなかったりしました。

 二人の時間は過ぎていきます。

 甘酸っぱいというには、ちょっと遠いように思える距離感を保ちながら、、、

 それでも大切だと思えるような・・・そんな時を刻みながら・・・。


 そして、二人は最終的に少女のために一つの服を買いました。





 ざざーと、波が押し寄せてきます。時は夕暮れ。そろそろ帰ろうかといった男に最後にナースは頼みごとをしました。

「なあ、今日付き合ったお返しに、私からも一つ頼みごとをしてもいいか?」

「えっと、なんですか?」

「最後にさ、あれ・・・・・乗ってみたいんだけど。」

ナースはそう言って、指さします。その方向を見てみると、クルージングの絵が描かれていて、どうやら、彼女は船に乗りたいようなのでした。

 男は、少し考えたそぶりをした後、

「ええ、いいですよ。」

そう返しました。

 ナースは、嬉しそうに笑いました。


そして、今二人は船のデッキで、夕焼けを見ているのです。

「なあ、あと、もう少しで・・・今日の買い物も終わりだな。」

「そうですね。」

寂しそうにナースは言いました。

「多分、一生、私はこの夕日を忘れない。」

夕日が彼女の顔を照らします。

「どうしたんですか?急に。別に、また買い物をする機会もあるかもしれませんよ?」

ナースは首を横に振ります。


「いや、今日で最後だ。」


ナースの髪が潮風に揺れました。

ナースは、話を続けます。

「お見合いの話が来てんだ。」

夕日を見たまま、彼女は話します。

「・・・・そうですか。」

「来月で、私は看護婦をやめて、東京に引っ越す・・・・。」

「・・・・そうですか。」

「結構、いいとこのぼんぼんらしくてさ、ま、苦労する必要もなくなるわけだ。」

そういって、彼女は背伸びする。今までの苦労から抜け出したことを表現するっていうよりも、空元気を出しているように見えました。

「もう、セクハラされることもねぇな。」

ナースは男の方を向いて、にやりと笑います。

「そうですね。」

男もまた笑います。

「寂しくなりますね。」


寂しそうに・・・


男が言った言葉、ナースにはやはり冗談にしか聞こえてないようでした。でも、彼女は気づいたのでしょうか、、、   ほんの少しだけ男の顔に影が差したことを。

 二人の頭上を渡り鳥が一匹、過ぎ去ってゆきました。

 ナースは、寂しそうにそれを目で追います。

「ふん、どうせ別の女性にでも手を出すんだろ。」

男もまた、その渡り鳥を眺めながら、

「さあ、どうでしょうね。」

そう言って笑います。



 「あーあ、ありきたりな幕引きって感じになっちまったなぁ。」

「そうですか?」

「まあ、ドラマではよくある展開さ。」

「へえ。ドラマだと、どんな感じになるんですか?」

「うーん、そうだなぁ。ここでさよならする話をして・・・」

「話をして?」

「・・・・・・最後に・・・・お別れの・・・・・キスをする・・・・。」

「・・そう・・・・・ですか。」



「なあ。」

彼女は、再度、男の顔を見ました。


彼女は、決して目をそらそうとしません。


夕暮れのさなか見上げる彼女は・・・本当に綺麗でした。

「最後に、・・・・本当に・・・最後のお願いだ。」




彼女は言います。



「別に、私を好きでなくてもいいんだ。」


「・・・。」


恋慕の募るその眼を迎えるのは・・・、



「お前の目が私を向いていないのは知ってる。」


「・・・。」


まさに沈みゆく夕暮れの赤と・・・。



「別に、嘘だっていいからさ。」


「・・・。」


ただただ続く波の音・・・。


「今だけ・・・・」


ナースは、そっと男に近づいて・・・


「今だけは・・・・」


そっと目を閉じて・・・

























「私だけを見て・・・・・キスして。」















男は拒否しませんでした。それは、優しさなのかもしれませんし、一種の恋心だったのかもしれません。優しく目の前の女性を抱きしめると・・・・


しばしの間、二人は唇を合わせました。


ナースの目から、一筋涙がこぼれました。


それは、本当に・・・・本当に・・・・優しいキスでした。






_____________________________________________________________________________________________







 「本当に、これをボクにくれるのかい?」

時は過ぎ、翌日の日曜です。

「ああ、そうだよ。」

少女は、別にその服がどのようなデザインの服か全くわからないはずなのに、その服を本当にうれしそうに抱きしめました。

「ありがとう。」

「おう。」

「ありがとう・・・おじさん。」

「・・・・おう。」

少女は、大げさなほどに嬉しそうにしていました。

少女は、今日だけだからと言って、その服を着て男に見せました。

少女は、やっぱり恥ずかしそうに笑いました。

 そして、

「ねえ、おじさん。」

カラスが鳴いてる夕暮れ空、

「ん、なんだ。」

少女は、今度は寂しそうな顔で話しかけてきました。

「おじさんは、今が幸せかい?」

「んー、どうだろうな。」

「ボクは、今が幸せだ。生まれて一番幸せだ。」

「そうか。」


「だからこそ・・・・違和感を感じる。」


「・・・・・そうか。」

「幸せをさ、感じれば感じるほどに、ここにいてはいけないような気がしてしまう。」

「・・・・。」

「ボクは、いずれ目を覚まさないといけないんだと思う。」

「?」

「だから、もう一度、夜にこの病室に来てくれよ。」

「夜にか?」

「うん・・・・そこで・・・ボクの・・・・本当の姿を見せるからさ・・・・。」

少女は、ぽつりとつぶやくみたいに、そういいました。

_____________________________________________________________________________________________

山田鉄男

 夜になり、言われた通りに鈴の部屋に来た。

ドアを開けると、当たり前だけど鈴がいた。

「やあ、おじさん。」

いつも、落ち着いた雰囲気の鈴が、今日はなんだか違った。声に緊張感があったんだ。


「今日はね、おじさんにボクの本当の姿を見せようと思うんだ。ボクの最も人に見られたくないものを。」


「?」


「もしかすると、いや、きっと、あの姿を見たらおじさんはボクのことを嫌いになっちゃうと思う。」


鈴は、笑わない。


「もし、ボクのことが嫌いになったら、そっといなくなっていいから。一緒にいるのが嫌になったら、ボクのことなんて忘れていいから・・・・。」


 あきらめたような声で、そう言った。

 ちょっとだけ、泣きそうな声でそう言った。

彼女は、覚悟を決めると、スルスルと目を覆っていた包帯を取り始めた。なぜだろう、心の奥でそれを見てはいけないと警鐘を鳴らす自分がいる。

でも、やっぱり好奇心からだろうか、俺は目を離さずにいて、するりするりとほどけていく包帯を、何の考えなしに見ていた。

 でも、その包帯の奥に合ったものは、俺の楽観的な感情を一気に吹き飛ばしたんだ。

「・・・・・どうして・・・?」

正直、とっさに出ようとした醜い言葉をせき止めるので精一杯だった。

 次から次へと浮かんでくる醜い言葉が今にも口から漏れ出してしまいそうになる。


 

目の前の少女が身近な女の子から、得体のしれない何かへと変わっていく。

 そんな風にしか見ることしかできない自分の目こそ抉り出してしまいたいと思うほどに、目の前の・・・・・少女の目は・・・・・悲しみで溢れていた。



 背中を冷たい汗が流れる。気が付くと、数歩後ろに下がっている自分がいた。

 気持ちはとどまれって言ってるのに、本能がそれを拒否している。

 今すぐにこの病室を出て、今見た光景を忘れてしまいたい。

 でも、・・・・・分かったんだ。

 少女から離れそうになる自分がいたから・・・・・それは見えた。


 彼女、いや、鈴の手は震えていた。


 鈴は、今にも泣きだしそうだった。


 どれほどの勇気だったのだろうか?鈴が、自分の姿をさらすことは?


 どれほど悩んだのだろうか?鈴がその行為に及ぶまでに?


 きっと、プレゼントを貰ったというだけで、それをさらしたわけではないと思う。


 とても、長い時間・・・・悩んだのだと思う。


 でも、鈴は選んだのだ。俺に自分の醜くい、本当の姿を見せることを。



 俺は、ゆっくりと鈴に近づいた。それをさせたのは、なんだったのかは分からない。でも、さっきまで心の奥底にはびこっていた恐怖みたいなものは、不思議と感じなかった。

 



 俺は、鈴を抱きしめた。優しく、抱きしめた。鈴にこのぬくもりが伝わるように。




 でも、強く抱きしめた。この子が、どこにも行ってしまわないように。




 そんな男の手に包まれて、気づくと鈴は泣いていた。

 初めて聞く、泣き声だった。

 いつもの、男口調の彼女からは考えられないほど、その鳴き声はあどけなく、大きな声をあげて泣いていた。まるで、今までの人生でこらえてきたものをすべて吐き出しているかのように。

 もしかすると、この姿こそが彼女の本当の姿なのかもしれないなと思った。







「退院おめでとう。」

鈴の体調はそれから急激に良くなった。今では、コンサートを開いたあの時ぐらいには、元気を取り戻しているように思う。

 そして、晴れて退院することになったのだ。病院の受付前には、医者や看護師がたくさんお見送りに来てくれてた。

 結局、俺は鈴の保護者になることになった。あの出来事以来、鈴のもとを離れてはいけないなと感じてしまったからだ。鈴の身元を預かる身として、これから頑張らないといけない。

「二度とこんな場所にお世話になるんじゃねえぞ。」

「うん。・・・わかってるよ。」

「よし。」

京子さんは、そういうと、鈴の頭を強引に撫でた。鈴は、やっぱり嫌がるわけでもなく、まるで猫のように気持ちよさそうにしていた。

 京子さんは、一通り撫でまわすと、俺の方を向き直った。

「じゃあな。」

「ええ、京子さんもお幸せになってください。」

「おう。」

京子さんは笑ってた。ぎこちなさとかそういったものはなく、素直に笑っていた。きっとこの人の中で、いろいろなものに踏ん切りがついたのだろうと思う。

「鈴、そろそろ行くか。」

「うん、そうだね。」

俺と鈴は、手をつないで病院を出た。

 門をくぐる間際、もう一度だけ、振り返って病院を眺める。

 そこには、綺麗な桜がたくさん舞っていて、俺たちの門出を祝っているように見えた。

「鈴。」

「なんだい?」

「これからも・・・よろしくな。」

「うん、こちらこそ、よろしく・・・・おじさん。」

「呼び方は・・・おじさんのままなのな・・・・。」

俺たちは、手をつないで、病院を出た。二人とも新たな生活に・・・・胸を躍らせて・・・


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