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ゲームの終わり方

伍、ゲームの終わり方。


山田鉄男


 誰かが言ってた。“人生なんて、ゲームみたいなもんだ”って。

 モノクロに見えた世界を彩らせたその言葉は、俺の心の中で今も輝いてる。

 いつかは終わってしまう人生で何かに挑戦しないなんて、一生なんとなくで終わる人生なんてのは絶対に嫌だったんだ。

だから、楽器を取って演奏する人生を選んだ。でも結果は・・・・・

なあ、ゲームってものは、クリアしないとつまらないもんだろ?でも、自分なりにゲームをクリアすることが本当に大切なんだろうか?

 俺が目指した音楽の先に本当に良いエンディングなんて存在していたのだろうか?

 好きなやつに告白することもなく、そいつを死なせてしまって、それでも俺は俺の選んだ人生のエンディングを目指さないといけないんだろうか?

 何かを失って得ることのできるトゥルーエンドよりも、誰かと一緒にいれるだけの平凡な日常の方が、はるかに幸せじゃないのか?

 別に世界は綺麗じゃなくていい、モノクロでいいんだ。

 別に幸福にならなくてもいい、大切な誰かが生きてくれるだけでいいんだ。

 それさえ叶えば、何もいらない。

 目を開けると雪景色が広がっていた。目に映る銀世界はまるで、物語のエンディングを飾るゲームからの贈り物だなって思った。

「はは、つまんねぇエンディングだな。」

俺は、独りでつぶやいた。

でも、これでいいんだと思う。






病院で出た俺は、とにかく歩いてた。


意味なんてない。でも、


だからこそ、歩き続けてみた。


その先に何もないのは分かってたけど、ただただ歩いてみた。


思ってみれば、病院を出て、これからの先・・・・もうしたいことなんて何もなかった。


人生で紡ぎたい物語など・・・俺には何もなかった。


音楽を捨てた自分に、何も残ってなんていなかった。


だから歩いた。何日も、何昼夜も


何も食べずに、寝ることもなく。


何もない道の先・・・・何もないからこそ・・・・俺にはその場所が・・・必要な気がした。


だから、ただただ・・・・俺は歩いたのだった。


ぼろぼろになったそのあしで・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



たどり着いたのは、海だった。



ただただ、青が広がるその先には、水平線が見えて、なぜか、ああ世界は広いんだなって思った。

 俺は、コンクリートを背もたれにして、ゆっくりと砂浜に座った。

気が付くと、白い雪が空から舞い降りていた。雪なんてめったに降らない、瀬戸の海で雪を見ることができるのは、ちょっと幸せだ。

 寒いはずなのに、その雪は全く冷たくなくって、さっきまで足腰どれも痛かったはずなのに、今は何も感じない。

 刻々と降り積もる雪に合わせて、瞼をそっと閉じた。







 

 ザザー、ザザーと波が押し寄せる音が聞こえる。

「・・・くん。・・・・・鉄くん。」

誰かが、呼んでるような気がする。

俺は、目を開けた。

 すると、さっきまで雪が降っていたはずなのに、春のように暖かかった。俺は、あたりを見渡した、さっきまで誰かが呼んでた気がするけど、誰もいなかった。

 代わりに目に入ったのは、一台のピアノ。砂浜に一台のピアノがあるなんて、とてもシュールだななんて思いながら、なんとなく、そこに座ってみる。

太陽の光を反射して、なんだかピアノが弾いてくれるのを心待ちにしているように見えた。

 なぜか、俺の指は全部綺麗に揃っていて、それを不自然に思わない自分がいる。だから、すんなりと鍵盤に指を這わせた。

ゆっくりと、バラードを弾いてみる。

 音楽を選んだ道に意味は見いだせなかったけど、やっぱり俺は音楽が好きだったんだな。

 歌声が聞こえた。

 俺の大好きな歌声。

 俺の愛した歌声。

 でも、誰もいないことは知ってる。だからこそ、弾く指は止めない。

死んでも思い出の中にその人は生き続けるって世間ではよく言う。なら、あいつと作った曲の中であいつは生き続けてるのかもしれない。

(ああ、お前はそこにいたんだな。)

気づけば、楽譜に残っているメロディーや歌詞一つ一つに、あいつの名残は存在していて、そんなことに終ぞ、俺は気づけないでいたんだ。

ちょっとだけ嬉しくて涙が出た。

曲の終わり、最後のフェルマータを弾き終わった瞬間、あいつの声が聞こえた。

「ありがと。」

その声が聞こえただけでも、満足だ。

やっぱり、お別れはさよならよりも、ありがとの方がいい。

俺以外、誰もいない砂浜で、俺は微笑んだ。

「ありがと。」

ふと気づくと、ピアノの上に一つの楽譜が置いてあった。

『九音』と書いてあるそれを俺は、優しく抱きしめた。

(お前の、望んだものとは違うものになるかもしれない、でも・・・・・それでも・・・・・俺が、この曲を作ってもいいか?)

どうせなくなってしまうなら、やっぱり少しは綺麗なエンディングを見てみたくなったから。

答えの代わりに、優しい潮風がすーっと俺を横切った。

 その瞬間、砂浜が解けて、海は白く染まった。何もかもが白く、溶けていく。

 でも、この暖かい気持ちだけは、溶けてしまわないように、俺は強くこの楽譜を抱きしめた。






_____________________________________________________________________________________________








 目を覚ましたその先、そこは無音の世界だった。

 雲一つない青空のもと、地上を埋め尽くさんと広がる水平線。

 俺は、空を見上げていた。

 虫の囁きも、鳥の羽ばたきも、何も存在などしない。

 ただただ、寂しい場所で、ただただ空を見上げていた。

 俺は目をつむった。

 そうすれば、何もなくなるから・・・・・

すべてがなくなった世界に、そっと五線譜を敷いて・・・・

 すべてがなくなった世界で、ゆっくりと音を紡いでく。

 優しく・・・・優しく・・・・・音を紡いでく。

 つたない音は集まり、繋がっていって、いつか一線を越えて音楽になる。

 でも、足りない。どれだけ丁寧に音を紡いでも、俺の紡いだ音は音楽になりえなかった。

 何が足りてないんだろう?

 愛情?情熱?

 きっと違う。

 うまく表現できないその何かを掴むために、俺は手を伸ばした。

すると、ほんの一瞬のうちに光があふれて世界を包む。

何物も寄せつけはしない光の中で、それでも手を伸ばし続けた。


―――――瞬間―――――





_____________________________________________________________________________________________







音があふれた。

それは、銃声の音だった。

どこの国かはわからない。

よく知らない人たちが、銃を片手に誰かを殺し、誰かに殺されていった。

よく分からないが、ここは、戦場のようだ。

つんざく、銃撃の五月雨と、時折見える赤色の時雨。

でも、不思議なもんだよな、銃を向けるその人たちの表情は、相手を憎むものなんかじゃないんだから。

その顔は、どこまでも・・・・・悲しそうだった。

そんなに悲しいなら、銃なんて捨ててしまえばいいのに、彼らは今日も悲しそうな顔で誰かを殺していく。

まるで、操り人形だ。自分の心とは別に体は勝手に動いていく。

だから、歌を作ろうと思った。あんたらを動かしている見えない糸が切れるようにって願いながら。

でも、紡がれていく音は拙くて、幼くて、とてもじゃないけどその糸を切れそうになかったんだ。

だから捨てた。心の奥にあるごみ箱に。

彼らは、明日も殺しあうのだろうか?





_____________________________________________________________________________________________








次に見えたのは、どこかのお城の中だ。

そこには、王様がいた。

王様の周りには、金銀財宝が溢れていて、毎晩宴のような日々が続いていた。

王様はそんなこと望んでいないのに続いていた。

王様は、今日も憂鬱そうな顔だ。

どれだけ、美味しそうな物を食べても、

どれだけ、美しい女性を侍らせても、

ただただ、空しさだけが募っていく。

もし、綺麗なダイアモンドがあっても、それが石ころのようにたくさんあるのならば、

きっとそれは、ただの石ころでしかないのだろう。

だから、歌を作ろうと思った。王様がいつか、本当の笑顔で笑えますようにって願いながら。

でも、紡がれた音は、あまりにもノイズにまみれていて、とてもじゃないけど、王様の持つ宝の数々にはかないそうになかった。

だから捨てた。心の奥にあるごみ箱に。

王様が笑う日は、いつか来るのだろうか?




_____________________________________________________________________________________________








次に見えたのは、とある家だった。

誰かが死んだのだろうか?その家の中には、悲しみの声であふれていた。

悲しい悲しい心であふれていた。

きっと、それは今日限りでは終わらない。

でも、思ってしまう。

きっと、明日は亡くなったその人のことを悲しいと思うことができるだろう。

きっと、明後日だってできる。

でも、一年後、二年後、それよりも遠い未来で、その悲しさはちゃんと悲しさとして残っているのだろうか?

心の奥底で、亡くなった人の思い出は輝いていられるんだろうか?

そう思うと、途端に怖くなる。

だから、歌を作ろうと思った。

亡くなった人が、いつまでも心のどかで輝いていられますようにって願いながら。

でも、紡がれていく音は、汚くて、醜くて、とてもじゃないけど、彼らの心に残り続けることなんてできそうになかった。

だから捨てた。心の奥底にあるごみ箱に。

きっと、いつかは悲しい気持ちにさよならって言わないといけないから。






_____________________________________________________________________________________________






次に見えたのは、一人のおじいさんだった。

おじいさんは、一生懸命何かを作っていた。

それは、クマのぬいぐるみだった。

そこには、愛情が詰まっていて、不細工だけど、心を温かくするだけの、何かがあった。

どうして、クマのぬいぐるみを作っているんですかって聞いてみた。

「このぬいぐるみが、誰かの心を温かくしてくれると、信じてるから・・・かのう。」

おじいさんは、どこか恥ずかしそうにそう言った。

でも知ってる、俺は真実を。

見せかけだらけの嘘っぱち花火が咲いているこの世界では、きっとその温もりは誰にも届きはしないって。

あるぬいぐるみは、ごみ箱に捨てられて、あるぬいぐるみはサンドバックにされて、あるぬいぐるみは、燃やされて・・・・・

ああ、寂しいなって思った。

だから、歌を作ろうと思った。

いつか、お金や利便で埋め尽くされた快楽の中、機械仕掛けの心に、誰かの想いが響きますようにって願いながら。


でも、だめだった。音は音でしかないからどれだけ大きく描いても、どこにも届きはしない。

地平線の向こうにも、

海原の奥底にも、

あなたの心にも、

空の上のあの場所にも。


それが、悲しくて悲しくて悲しくて悲しくて、今にも逃げ出してしまいそうになる。

でも、音を紡ぐこの手は止めない、絶対に。

あいつに曲を届けるまでは。






_____________________________________________________________________________________________






次に見えたのは、完全な世界だった。

誰もが、間違いな道を選ぶことはない。

本当に完全な世界。

誰もが正しい行いを行っているのだから、当然彼らにはそれに応じた幸せがあるはずだ。

でも、なぜだろう?

彼らは、皆無表情だった。

ただ淡々と、ロボットのように淡々と、正しさを重ねていく。

正しいことは、彼らにとって当たり前であったから、彼らに喜びはなかった。

世界は完全であったから、それ以上良くなることも、悪くなることもない。

永遠に終わることのない、変化のない世界。

彼らは泣いていた。

無情のまま泣いていた。

ああ、だめだ。俺には思いつかない。

彼らを幸せにする歌が。

どれだけ音を積み重ねてみても、砂のお城のように崩れていく。

きっと彼らは、この正しさが溢れた煉獄で、

朽ち果てるまで生きていくしかないのだ。

彼らに個性はなかった。真理で彩られた楔が、

彼らを幸せな煉獄から逃しはしなかった。

「ごめんな。」

俺はそう言って、目を背けた。



































きっと、世界は不条理で不平等で不完全で・・・








きっと、不合理で不健全で不格好で










きっと、矛盾で溢れている。







でも、きっと―――――





















だからこそ、美しいのだ。


















 


どこまで歩いたんだろう?

どこまでたどり着いたんだろう?

答えのない、答え探し。

そこに回答なんてあるはずないのに、それでも、あきらめの悪い、悪ガキのようにあがく。

久遠に続く、この回廊の中で、今日も音を紡ぐ。

いつか、あいつのもとに、その音を届けてみたいから。

でも・・・・・


ああ・・・・・


でも・・・・・


やっぱり、しんどいや・・・・・



 最後に見えたのは、横断歩道。

 なんだか、妙に見覚えのある横断歩道だった。

 向こう側から、大きなトラックが走ってくる。

 ゆっくりと、歩道から車道へと歩み出る。


―――――ああ、―――――


ゆっくりとすぎる時間・・・・


―――――やっと終われる。―――――


自然と笑みが出た。

トラックは、俺の存在には気づいていないのか、スピードを落とすことなく近づいてくる。

ライトが俺を照らした。

優しく、優しく照らした。


―――――もう、すべてを終わらせてくれよ。―――――


「さよなら。」






_____________________________________________________________________________________________

服部京子





きっと、主人公のいない物語ほど空しいものはない。でも、主人公なんていなくったって、世界は回り続ける。

 何事もなかったかのように、回り続ける。

 案外、主人公がいない方が、上手く回るのかもしれない。だって、物語における日常の変化はさ、いつも主人公を中心にして起こるだろう?見方を変えれば、日常を壊してるのはあいつらだって思うこともできるってわけで・・・。だからさ、案外主人公みたいな存在はなくてもいいんじゃないかなぁ、なんて思ったりするわけだ。

 じゃあ、それが主人公ではなくて、好きな人だったらどうなるんだろう?

 きっと、世界は灰色になるんだ。

 真っ新な白でもなければ、どす黒い黒でもない。その中間のあいまいな色。

 もしも、完全な黒だったら、お前のせいだって睨んでやれるのに・・・

 もしも、完全な白だったら、白々しいなって、やっぱり睨んでやれるのに・・・

 灰色じゃあ、何にもできやしないじゃない・・・


 あいつがいなくなって、約一年が過ぎた。

 あいつがいた病室は、今は違う誰かが使っている。別に、あいつの特等席というわけではないはずなのに、そのベッドにほかの人が寝ていると、なんだか違和感が残ってしまう。

 もちろん、そこにだれがいようと、私には何も言えはしないのだから、どうしようもないのだけれど、でも、それじゃあどうやって、この胸のもやもやを晴らしたらよいのだろう?

「はあ。」

今日もため息が出た。と、その時目の端を、何かが落ちていった。白色の何かがゆっくりと落ちていった。

 窓を覗くと、雪が降っていた。

 瀬戸内海気候のこの地域では、ほとんど雪を見ない。道民の方には申し訳ないが、雪を見ると少し幸せな気分になれてしまう。

「そういえば、あいつがいなくなった日も、雪が降っていたっけ・・・・」

本当に無意識に独り言が漏れた。


 「お疲れ様です。」

「お疲れ様でした。」

今日の勤務も終わったから、私は私服に着替えて、ナースステーションを出る。いつものように帰り際、あの病室の前に立ち止まる。

「バイバイ、鈴。勤務終わったから帰るね。」

いつものように返事はない。当たり前のことだ。だって彼女は・・・・


 外に出ると、やっぱり雪は降り続いていた。積もるかどうかわからない、この微妙な塩梅が憎らしい。

「よし、今日は肉じゃがにするか。」

雪を見てると、何となくそう思った。長年使い続けている愛用の傘をバサッと広げて私は歩いていく。

 いつものスーパーに寄って、いつものように今日の献立に使う食材を買った。よく話しかけてくる若い店員さんに、今日も苦笑いで会釈して、スーパーを出ると、

 やっぱり雪は降っていた。

 なんとなく、寄り道をして帰ろうと思った。一たび家についてしまうと、こんな些細な雪景色なんてすぐに忘れてしまいそうだなと思ったからだ。

 一年前までは、よく鼻歌を歌いながら行き帰りをしていたけれど、今はぼんやりと空を見上げるだけ。

 空は、やっぱり灰色だ。

 視線をもどして、少しだけ雪化粧された歩道を見ていると、ちょびっとだけ幻想的だななんて思った。

 あの日々みたいに。


 ちょっと前に、父から見合いの話が合った。見合い写真を見た感じだと、そんなに悪い話には思えない。第一に、これ以上独身でいるというのも、親に申し訳ないから・・・。でも・・・

でもさ・・・・もし、この話を受けてしまったら、私はあいつのことを忘れてしまうんじゃないのだろうか?

今、目の前で降っている雪のように。

―――――それは・・・・やだな。―――――

 そう思った瞬間、人影が目に入った。

「えっ?」

その人影は横断歩道の前に立っていた。ひどく辛そうな横顔だ。

「どうして?」

私が、慌てた理由。

「なんで?」

私の心が跳ねた理由。

その人が、あいつにそっくりだったから。

着ている服も、何かに耐えているあの顔も、あの日と同じ。だから・・・、

 何かを感じる前に私は、駆け出していた。背後で買い物袋がドサッと落ちる音がする。

 向こう側から一台のトラックが走ってきて、あいつはほっとしたように車道に身を乗り出した。あいつの意図するところは明白だ。

「・・・いやだ。」

間に合って・・・

 景色が後ろに流れていく。雪の中、ブーツで走るのは危ないのに、そんなこと忘れてしまうほど、がむしゃらに走った。

「・・・・もう・・・嫌だ。」

あいつは、迫ってくるトラックを見て、少しだけ微笑んだ。やっと解放される、そんな笑みで

―――――ダメ、させない―――――

「ダメェェェェェーーー」

私は、車道に飛び込んだ。

あいつに私の体がぶつかった。

お互いに反対車線まで飛び移る。

眼前には、トラックの影。

B級映画さながら、スタントマンまがいに飛び込む。

無我夢中だった。

流れる風景と、見えたテールランプ。

自分の身が危ないとか、そんなこと忘れて、私とあいつは反対車線まで飛び移る。

一瞬だけ、あいつと目が合った。

驚いた顔で、こっちを見てた。

そして、ずしりと地面にぶつかる衝撃。ゴーという音がした方と思うと、何事もなかったかのように大きなトラックが走り去っていった。

「はぁ、はぁ。」

心臓が飛び出そうなほど脈打っている。多分、一生分の度胸を使い切ったに違いない。

でも・・・・そのおかげで・・・・

もう一度、男の顔を見た。信じがたいことだけど、やっぱりこいつは一年前に病院を去った山田鉄男本人に違いなかった。

 先ほどまでの心臓の鼓動が、今度は別の意味で脈打っている。

「おい・・・・おい・・・。」

とりあえず、揺さぶってみる。

反応はない。

「おい、起きろって。」

今度は、もっと強く揺さぶってみた。そうすると、あいつはゆっくりと目を開けて、

「きょうこ・・・・・さん?」

あいつは、意識が安定してないのだろうか、ぼんやりとした口調で言う。でも、どうやら無事なようで、・・・・・本当に・・・・よかった。

でも、次にあいつから出た言葉は・・・・

「どおして、・・・・たすけたり・・・したんですか・・・」

そんな・・・言葉だった。

その言葉を聞いた瞬間、助けられてよかっただとか、さっきまでの怖い思いだとか、胸のドキドキだとか、全てが飛んだ。

 ただただ、胸の奥から上手く言えない感情が押し寄せてきて・・・・。

 目に涙がたまって、顔がしわくちゃになっても気にならなくなって・・・

―――――どうして、分かんねぇんだよ―――――

「お前のことが・・・・・、好きだからに・・・・・決まってんだろうが・・・・・。」

やっぱり、泣きそうな声で、そんな言葉だけが・・・漏れた。

 あいつは、最後に何かをつぶやいて、意識を失った。



 ぐつぐつと、鍋が煮立つ音がする。お粥を作ってみてはしたものの、多分食べられることはないだろう。

「はぁ。」

今日何度目のため息だろう。私の幸福度パラメーターは絶賛急降下中に違いない。ふと、ベッドを見る。あいつは、安らかそうな顔をして寝てる。

 結局、あの後あいつは目を覚まさなかったから私がおぶって帰る羽目になった。

「はぁ・・・普通、逆だろうが・・・。」

なんで、女の私が男をおぶって帰らにゃならんのだ。おまけに、アパートまで連れ込んでしまったし・・・・・。

 いや、これはいたしかたがないことなのだ。看護師として、あんなところに人を放置したままなんてできるはずない。

 なんて、変な言い訳をしてみるが、そういう間もあいつを横眼で眺めてしまう。

 やっぱり、安らかそうに寝ていた。

「なんだかなぁ・・・・。」

ほっとするような、もやもやするような、何とも言い難い感情を抱いたまま、ソファに横になって、私も眠りについた。

「はぁ、ふつう・・・逆だろうが・・・・。」

そして、明日はあいつに鈴のことを話さなきゃならないな・・・・。


 非番の日は、正午前まで寝続けるのが私のJUSTISなわけだが、やはりというかなんというか、目覚めたときの時刻は7時前、ソファで寝てたせいか、首が痛い。

「はぁ。」

モーニングコーヒー代わりのため息で一息つくと、エプロンをつけて台所に立つ。土鍋に、研いだ米を入れて、いつもより多めに水、もといだし汁を入れる。その間に野菜を切っていく。

 包丁をメトロノーム代わりにして、無意識に鼻歌を歌ってた。

 と、その時、

「へぇ、京子さん料理なんてできたんですね。」

―――――久々に聞くあいつの声―――――

ゆっくり振り向くと、当たり前だけど・・・・・あいつがいた。ぼさぼさの髪に、それとは打って変わって、中性的で整った顔立ち。くたびれた顔して、あいつがそこにいた。

一年前と何も変わらないあいつがいた。

「目が・・・覚めたのか?」

あいつは、やっぱりやさしくて、どこが白々しい笑顔で、

「ええ、お陰様で。」

そう言った。

「そうか。」

私は、それだけ言うと、また振り返って料理を再開する。私もまた、あいつの前だとぶっきら棒になってしまう癖は、一年前のままのようだ。

 私が包丁を再度握ると、何のつもりか、あいつが隣に立った。

「手伝いますよ。」

あいつはそう言って、ピーラーを手に取った。

「寝てろって・・・」

無視して、皮をむく。

「手伝ってほしいくせに・・・」

あいつは、むき終わった人参を渡してくる。

「・・・・・。」

渡すとき、あいつの手が触れた。

「勝手にしろ。」

昨日倒れたばかりなんだから、横になってろっていうべきなんだろうが、なんだか、わからないけど、あいつにそばにいてほしいと思う自分がいて、

「なんだかなぁ」

そうつぶやく私がいた。


「へぇ、なかなかおいしいじゃないですか。」

「お粥で、上手いって言われてもうれしくねぇよ。」

熱々のお粥を食べながら、あいつが笑う。

「いやいや、ただのお粥の中にもこだわりが感じられますから、おそらく何かしらのだしを取ってんじゃないですか?」

確かにだしをとったものをお粥にしてる。

「ふん・・・まぁ、私もできる女だってこった。」

「そうですねー。本当においしいですよ。」

あいつは、美味しそうに食べてた。そんな顔を眺めながら聞きたかったことを口にする。

「一年間・・・どうしてたんだ?」

後回しにすると、言いづらくなるから・・・なんとなくを装って切り出してみる。

「一年?」

あいつは、不思議そうにそう切り返してきた。

「そうだ。お前が病院を抜け出してから、一年間、どうしてたんだ?」

「そうですか・・・一年もたってしまってたんですね。」

「?」

あいつは、どこか納得したように切り返す。そういえば、あいつは患者服のままあそこにいた。これはどういうことなんだろうか?

「まぁ・・・・」

あいつはきりだした。

「浦島太郎にでもなってたんだと思います。」

「?」

あいつの回答は意味が分からなかった。

「一年間で、この町もさぞ変わってしまったんでしょうね。」

「ああ、変わったよ。・・・たくさんのものがな。街の風景も、患者の顔ぶれも、鈴の容態も・・・・。」

「・・・・・。」

「お前がいなくなってから、鈴は・・・・。」

「鈴の・・・・」

あいつが私の言葉を遮る。

「鈴の話は、もうしないで下さい。」

「いや。」

私も、強引に私の言葉を潜り込ませる。

「お前は、聞かないとだめだ。そして、鈴に会わないとだめだ。」

「・・・・・。」

「お前には、あいつに会う義務がある。」

「・・・・・。」

「お前には、お前の選んだ選択の結果を知る必要があるんだよ。」

どうしても、お前は鈴に会わないといけないんだ。

鈴に会って、謝らないといけないんだ。

お前の罪と、向き合わないといけないんだ。

その後は、上手く会話できたのか覚えていない。覚えているのは、あいつにあの鈴の姿を見せないといけない罪悪感と悲しみが合わさって、時間が過ぎてほしくないなと思う自分だけだった。

 でも、見せないといけない。

 あいつに現実を。


次の日。

あいつが病室で見たのは・・・・


チューブにつながれて眠る、やせ細って痛々しい・・・・鈴の姿だった。






_____________________________________________________________________________________________









 「嘘だ・・・・。」

「現実だ。」

男は、現実を直視することができませんでした。だって、男がこの病院を去る前には、少女はあんなに元気だったんですから。

「ねぇ、嘘でしょ?」

「違う。現実だ。」

男は、思い出します。一年前に院長先生が言った言葉を。

「ねぇ、違うって言ってくださいよ。」

今なら、どっきりでも許せますからと、言おうとしたのに・・・

「・・・・これが、現実だ。」

ナースの告げる、無情な一言。

 いる時には、当たり前すぎて気づかない大切なもの。

 いなくなって、やっと気づく当たり前のもの。

 男は、それを守るために少女のもとを去ったはずなのに・・・、世界を回す歯車は男をただただ冷たく笑うだけ。

「お前が去った三日後に鈴は、倒れたんだ。」

ナースは話します。鈴が男がこの病院を抜け出してから、すぐに倒れてしまったこと。そして、それから一度としても、目を覚ましていないこと。

 結局、男は何も理解してなかったのだと思います。男が少女の前からいなくなることがどういうことなのかを。いや、今も完全には理解することはできないのだと思います。

結局、そのつらさはそれを受けた本人でしかわからないですから。

男は、ただただ、呆然と少女を見ました。コンサートの直前、あんなに生き生きしていた少女は、今は枯れ木のように廃れてしまっていました。

「どうして、こんなことになってしまったんだよ・・・・。」

男は、小さくつぶやきました。

自分を責めるように、小さくつぶやきました。




















その日から、男はずっと少女のそばにいました。

時間の許す限り少女のそばにいました。

ただただ、少女が目を覚ますことだけを望みました。

でも、

少女は目を覚ましませんでした。

幾日も、幾日も経過しても、少女は目を覚ましませんでした。

それでも、男は少女を見守り続けました。

男は、特に少女に言葉を投げかけはしませんでした。

どんな言葉も、言い訳にしか聞こえないから。

だから、男はただ黙々と、少女のそばにいました。

でも、

少女は目を覚ましはしませんでした。

しんと静まった、病室で、ただただ時間だけが無情に過ぎていくだけでした。














もう、先へは進みたくない。

もう、先へなんて進めやしない。

何も見たくない。

何も知りたくなんかない。

そんなことを、自嘲気味に言ってもちっとも笑えやしない。

抜け殻のようになった感情を振り絞っても、人は生きてはいけない。

本当は、もう何も見たくなくても、俺には死ぬ権利もない。

生きる権利もなくて、死ぬ権利もない。

何の権利も、存在するはずないのに、今日も醜く廃れていく、

きっと、そんな存在が・・・俺だ。

何もない泥沼の奥で・・・・・・一人の少女を見守っていた。

罪を直視しながら・・・・・・・一人の少女を見守っていた。

でも、やっぱりつらいから、空っぽの心を振り絞って水面を見上げた。

誰も、入りたくないであろう、冷たさの水底で・・・

誰も、入りたくないであろう、へどろの水底で・・・

それでも、誰かの手が見えた。

ぶっきらぼうな泣き顔で、一人の看護師が俺を抱きしめた。

本当は、そんな資格なんてありゃしないのに・・・心の奥が暖かい。

どうして、あんたはそれでも、俺を気遣うんだ?


いっそのこと、俺のことを殴ってくれたら、いいのに・・・

いや、俺にはそんなことさえも、許されてはならないのだろう・・・

なのに、

京子さんは、今日も泣きそうな顔で笑う。

そんなぎこちない笑顔の合間合間でこの人の優しさが垣間見えて、背中越しに抱きしめる京子さんの優しさにすがってしまいたい衝動に駆られる。

そして、そんな自分自身を許せない気持ちがあとからあとからあふれ出してきて、

また、螺旋の下に心が落ちていった。




そんなある日の夜。

面会時間が終わりを迎える、その直前、男は今日も少女のそばにいたのですが、ふと、一台のアコースティックギターが目に入りました。それは、少女の相棒になっていたあのギターです。

今は、あるべき主人を失ったせいか、なんだかひどく寂しそうに男の目にはそれが映りました。でも、不思議と弦だけは錆びておらず、まるで、ギターだけがもう一度あの少女に弾いてもらえることを、信じているようでした。

そのギターを見た瞬間、空っぽの感情に何かがともりました。

このギターで、『紫陽花の歌』を弾いてみたいなって・・・

少女は、目の前でまるで死んだように眠っているけど、あの歌の中には少女と過ごした日々の思い出がたくさん詰まってるから・・・・

きっと、気休めでしかないと分かっていても、男は少女を感じていたかったのです。

だから、手に取った。

失った薬指をほかの指で器用にカバーしながら、男と少女で作った二人の曲を静かに歌いました。

綺麗なアルペジオと、男の静かな歌声。

綺麗ではないけど、男の優しげな歌声。

その優しさは、二人の作ったメロディから生まれたのだと思います。

そのメロディーと歌詞の中で、この盲目の少女は、確かに輝いていると思います。

男だけでは作ることができなかったであろう、メロディーと歌詞。

あの子がいたから完成したこの曲。

男は言いました。

「お前がいなきゃ、この歌は・・・・」

と、その時・・・・・少女のほほが揺れました。

ゆっくり、ゆっくりと、少女の口が開きました。

「お・・・・お・・」

「え?」

「おじさん・・・・なの?」

こけた頬はそのままで、それでも・・・・少女に・・・・

「え?」

「おじさん・・・・なの?」

男が弾いたメロディは、確かに少女の心に響いたのでした。

「鈴・・・なのか?」

「うん・・・・そうだよ。」

男は、本当は、謝ろうと思っていたはずなのに、気づくと少女を抱きしめていました。

「本当に・・・鈴なんだな?」

「・・・うん、・・・ただいま・・・おじさん。」

「よかった・・・・本当に・・・よかった・・・。」

少女は、男にこたえるように細い腕を、男の背中にまわしました。

「ずっと、夢を見てたんだ。」

「夢?」

「うん、夢。いろんな不安を抱える人たちがそこにいたんだよ。それでね、誰かが捨てた楽譜があった。」

「・・・・・その楽譜をどうしたんだ?」

「そこにあるメロディがね、とても歌ってほしそうにしてから、歌ってみたんだ。」

「・・・・そうか。どうだった?」

「とても、素敵なメロディだったよ。皆泣いてた。そして、感謝してたよ。」

「そうか。」

男は、そういうと、本当に久しぶりに少女の頭を撫でた。

「ありがとな。」

男はそういいました。


 少女は、その日から急速に元気になっていきました。


 男と少女は、今日も病院内を散歩していました。

 車椅子を押しながら、何気ないことを二人で話していました。何気ないことで男が笑い。何気ないことで少女が笑いました。

 当たり前で、当たり前だからこそ、暖かい時間。

 少女の体は本来のものに比べるとまだ細く、不健康さが残っていましたが、その笑顔だけは、以前の笑顔を取り戻していました。

 男もまた、その日常がまぶしく感じました。



 男は、ナースの勧めで、とある喫茶店でバイトを始めました。

 男自身、鈴が目が覚めた手前、いつまでもナースにおんぶにだっこというわけにはいかなかったのでしょう。それに、貯めたお金で、送りたいものがあったのです。

 ある日、男はナースに、言いました。

「京子さん、ちょっといいですか?」

「どうした?」

「ちょっと、今度の土曜日に付き合ってほしいんですけど?」

ナースは、それを聞いた瞬間、目をぱちくりとして、間抜けな声を出しました。

「は、はぁ?な、、、、、、何を言い出すんだよ?」

「いや、やっぱりこういうのは京子さんにしか頼めないので。」

ナースは、ごくりと喉を鳴らしました。

「次の土曜、鈴のプレゼント選び、手伝ってくれませんか?」

「へ?」

また、ナースは間抜けな声を出しました。

「鈴に、プレゼントを贈りたいので。」

「へ?・・・あ、ああ、誕生日プレゼントな?・・・も、もちろん、いいぜ。」

「なんで、そんな動揺してるんですか?」

「うっせぇな。別にいいだろう。」

「そうですか。まあ、別にいいですけど。」

「まあ、でもちょうどよかったよ。」

「?」

「いや、私もお前に伝えたいことがあったからさ。」

そう言って、ナースは勤務に戻るのでした。




















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