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過去

参、過去


山田鉄男


 きっと、あの日もどうしようもないくらい暑い日だった。そんな気がする。

 空には、大きな入道雲が出ていて、本格的な夏だなと感じさせた。と、そんな時、一人の女性が移動してきた車から出てきた。

「おう、美香。今日もよろしくな。」

「うん、鉄くん、よろしく。」

今日も美香は、白のワンピースを着ていた。本人曰くその方が一日が良くなるような気がするんだと。美香は、よくおまじないみたいなことを信じていた。例えば、曲作りの日は肉を食べない。まじないというよりも願掛けだ。それ自体に、何の根拠もないのに、なんとなくそっちのほうが良い曲が作れそうだと言って、いっつも変なことしている。

 まあ、昔からの付き合いだから、俺にとっては、それが日常なんだが。

 でも、なんだか今日の美香はいつもと違っていた。なんというか心ここにあらずといった感じだ。そういえば、昨日電話で不安がることを言ってたっけ・・・

「大丈夫だよ。」

俺はポンッと美香の背中を叩いた。

「どうしたの?」

「俺たちならどこまでだって行ける。」

「うん。・・・・そうだね。」

美香は寂しそうに笑った。

「・・・・・本当にそうなら、きっと幸せだろうな。」


ぽつりと美香が漏らした本音。でも、俺の耳には届いてなかった。


 目の前には、大きなステージがそびえたっていた。

「久々だな。」

本当に、久々だった。昔はバンドみたいなことをしてた時期もあったけど、ここ一、二年は美香とマンツーマンで作曲生活を送っていた。

 それ自体も充実しているんだけど、やっぱりライブはそれとは違ったウキウキがある。

 美香は、眩しそうにライブステージを眺めていた。

「なんだ?緊張してんのか?」

「緊張?・・・ああ、そうかもね。」

美香は、普段楽器を弾いたりするのに緊張したりしない。というか、普通皆なら緊張するだろうという場面では緊張せずに、何でもないところで一人で緊張してたりする。だから、今日はどんなことで緊張しているんだろうかと少し気になった。

 その時、ステージでウィーンと何かが持ち上がる音がした。今回のライブステージは特別仕様で、俺たち二人の足場が持ち上がるようになっていた。何とかと煙は高いところが好きだというが、今回のライブのオーナーはそのたぐいなんだろうか?

 俺はもう一度、美香の方を見た。

 美香は、まだ眩しそうにステージを見ていた。かと思うと、急にこっちを向いて、

「ねぇ、海を見に行こうよ。」

そう言って、俺の手を取った。


 海の波は今日も穏やかで、あぁ、日本は今日も平和だなーと変なことを考えてしまう。

「風が気持ちいいねぇ。」

「ん?・・・ああ、そうだな。」

「ねぇ、生き物って、海から生まれたんだっけ?」

「さぁ、どうだったかな。」

「もし、そうなら私たちは今、本当の意味で実家に帰ってきてるわけだ。」

「おいおい、どれだけ広い実家だよ。」

「広くてもいいじゃない・・・・お得だし。」

「得かなぁ?」

俺には、美香のその感性は良く分からないが、海を見てると望郷の念に駆られるのは同じだった。

美香は、背伸びをした。程よく膨らんだ胸が強調される。無防備だなと思いつつ、信頼されている証拠なんだと思うと、少し心地よかった。

「ねぇ、鉄くんは海に帰ることができると思う?」

「どういう意味だ?」

「ほら、よく言うじゃない?人の死後はどうなのかって。」

「?」

「死んだら、天国地獄に行くっていう人もいるし、魂みたいなものが消滅するっていう人もいるし、他の命として、また生まれるっていう人もいる。でも、私は死ぬのならその時は実家に帰って死にたいなって思っちゃったの。」

「まあ、戦争で死んで故郷へ帰れない人はかわいそうだと思うけど。」

正直良く分からない。

「うん、私もそう思う。だからね・・・」

「どうしたんだ。」

美香は振り返った。ちょっと寂しそうな笑顔だった。

「もし、私が死んだら・・・」

でも、笑ってたんだ。


「海に、返してあげてね。」


正直、言葉の意味は、俺にはさっぱりだった。でも、太陽をコントラストにして笑う美香の顔だけは、今でもひどく印象に残っている。


 その日の夜は、二人同じ部屋で月を見ていた。よく夜になると俺たちは二人同じ部屋にいることがある。一応言っておくが、美香とは十年以上の付き合いになるけど、一線を越えたことはない。なんというか、二人の間で不文律みたいなのが出来上がってしまってるんだと思う。でも・・・でも・・・、美香の横顔を見ていると、時折思ってしまう・・・。俺は美香と作曲以上に、彼女のことが‥‥。そう思って、そのたびに怖くなる。

「ねぇ。」

美香は、こっちを見る。その顔は艶やかっていうよりの寂しげな顔だった。月光が絶妙なバランスで美香の顔に影を作っている。

「鉄くんは、私がいなくなったら寂しい?」

「へ?・・・どうだろうな。・・・いるうちは分かんねぇよ。」

「そう。・・・・私は寂しい。」

「・・・・。」

どう返答していいのかわからない。

なんだか、いつもの美香と違う。直感で感じる違和感に少し戸惑った。

美香は、もう一度こっちを見て、突然言った。


「ねぇ、キスしよっか。」


「熱でもあんのか?」

俺は、いつもの冗談だと信じて冗談めかして言う。

「もう、そうやって雰囲気をぶち壊すんだから。」

美香は、いつものように軽やかにそういう。でも、いつもと違う。

「ガラじゃねえだろ。・・・・そういうのは」

だんだんと、冗談を言う余裕がなくなってきた。

「ねぇ、鉄くんは私のこと、好きじゃないの?」

美香は静かに聞いてきた。正直、美香は美人だと思う自分がいる。でも、

「そういわけじゃないけど・・・」

「私は好きだよ。鉄くんのこと・・・・」


「俺たちは―――」


俺たちは、そうなったらいけねぇだろと言おうとして、振り向くと、口に柔らかい感触。見慣れている美香が恥ずかしそうに目をつむっていて・・・・・

奪われた・・・・・・美香に唇を奪われていた。

数秒のキス。


「しちゃったね。」


唇を添えるだけのお子様キス。美香はいたずらっ子みたいな微笑をしてた。

「どうして?」

俺の心臓は破けそうなくらい脈打ってる。うまく頭が働かない。

「鉄くんだけには、私のこと覚えてほしかったから。」

美香は、立ち上がった。とことこと何もなかったかのように、部屋の出口に向かって歩き出す。

心臓の鼓動だけがいやに響いて、俺は自分自身でも美香の出ていく姿を見ていくことしかできない。

 ただ、今日の美香は今までの美香と違ってしまっていて、それがなんだか猛烈に寂しかったのは覚えている。

 美香は、ドアを開ける前にもう一度こちらを向いた。

「最後のライブ、お互いに頑張ろうね。」

そういうと、今度こそ部屋を出て行った。





































そして、俺たちの物語は終わったんだ。



























轟轟とたきつける真夏の太陽。


ボーカルのいなくなったステージ。


騒然とする観衆たち。


赤色に染まった黒髪。


遠くから聞こえてくる救急車の音。


呆然と立ち尽くすことしかできない自分。


 美香は、高くそびえたつステージから飛び降りるとき、俺を振り返った。優しく、でもなんだか謝るような、そんな笑顔であいつは、最後にこう言ったんだ。


「バイバイ、鉄くん。」






そういって、あいつは、ライブの最中に 自殺 したんだ。







_____________________________________________________________________________________________







夜中に、目が覚めました。外には夢うつつのような満天の星空が輝いています。

 ふと、歌声が聞こえました。それは、男にとって、とてもとても懐かしい声。

 男は、どうしてもその歌声の主を見たくて、ベッドを抜け出しました。

 暗い病院内を迷うことなく歩きます。病院内は、ほんのわずかの照明でしか照らされていませんでしたが、男の足が迷いで立ち止まることはありませんでした。まるで何かに導かれるように、ある場所に向かっていきます。

 着いたのは、西病棟の屋上。本来、そこから男の病室まで声が届くなんてことないはずなのに、男にはどうして聞こえたのでしょう。

 男は、そっとドアを開けました。

 見えたのは、満天の星空。

まるで夢うつつのような星空。

そして、それを背景にギターを弾き歌う盲目の少女。

何が楽しいのでしょう。少女は歌いながら笑っていました。

ワンピースを着た女性のように。

少女は、星空に向かって歌っていました。とてもはかなくてどこまでも届きそうな歌声。少女は、どこで知ったのでしょう。男にとってひどく懐かしい曲を歌っていました。

 そう、ライブでやるはずだったあの曲。

あの記憶がよみがえります。

ライブのステージで歌う、男が愛した女性。

その姿そのままに盲目の少女は歌を歌っていたのです。

星空に向かって歌うその姿は、男が愛した女性、そのものでした。

どこまでも純粋で、どこまでも透き通っているのに、暖かくて、心地よくて・・・・

男は、その声を聴いたときに、不思議と涙を流しました。

止めようと思っても次から次へと流れ出ていきます。

「おじさん?」

「お前は・・・一体・・・」

「ボクは、ボクさ。」

そう言って笑う少女。まるで、男の愛していた・・・・あの人のように。

「・・・・。」

少女は、また歌を歌い始めました。

その歌声はきっと・・・

男が思う心を乗せたまま、きっと星空の先まで届いたのかもしれません。

そして、そんな星の舞う夜空の中で、光が照らす二人を別の病棟から誰かが寂しそうに眺めていました。


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