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いつか始まりに至るまで  作者: 今生 労無
序章
1/1

少年の目指す場所 I _aim _be_ reborn_ to_as_ a_soul

超駄文ですががんばりました!

???side





(此処から終わりに向かうには、一体いつまで、この地獄の世界に居ればいいんだろうな)


こんな考えを、もうなん百回も繰り返している。

どこまでも冷たくなって行く氷原。

肌を突き刺す寒さは、心すら凍らせて行く。

ただ前を向いているだけなのも飽き、視線をゆっくりと上げた。

最初に目に映ったのは月だ。

しかし、本来の、まるで人々を照らす神々しい黄色ではなく、灰色の、ほとんど光を発さなくなった月がポツリとあった。

その月はここ何ヶ月、否、恐らく何年間も動いていない。


『ここがお前の終点だ。逃げ出すことは出来ん』


そう言っているかのように、その月からは、錆びた鎖が月の中心からあらゆる方向に()()()()()()()

その鎖は、その周辺に広がる、闇のように深い色をした、星のない夜空と平行になるように伸びている。

どこまで行っても逃げられない、という状態を表したように無限に伸び続ける。


「(ーーーああ、羨ましいな…」


そんな感情を抱くことができたのは、本当に久しぶりで、自分でも驚いてしまった。

普通、あの様な物を見て、羨ましい、なんて思うのは間違いなのかもしれない。

勿論、その鎖が、俺を閉じ込める檻と同じことは分かっている。

けれど、あのように伸び続ける様は、何かの目標に向かって必死に歩き続けているように見えたのだ。

絶望して、嘆いて、叫び続けて。空っぽになってしまった頃から随分経った。

あの時と同じように、すっかり、希望も何もかも失くして、マイナーな人格として再構築された所為だろう。


「(どうせ消えてしまう命だがな)」


何処からか皮肉の効いた言葉が飛んだ。

身構えるがこの空間には自分以外誰もいない。


「…っくく…」


呆れて小さく、哄笑した。

一人というのは怖いものだな。

もはや自分で思った事すら別の誰かが言ったように聞こえるほどになるとは。

半分は呆れの感情、もう半分はどうしようもないやるせなさが溢れて来て、ギリッっと歯噛みした。

そのまま、右腕に強く力を込め、音を超越し、地面に打ち下ろした。

拳が激突する。すると、地面が爆弾をいくつも投げ込まれたように、数メートルほどの深いクレーターが作られ、半径数メートルは地面が蜘蛛の巣の様に割れた。

少し遅れて、爆音が生まれ、衝撃波と拳を振り下ろした時に発生した暴風が、更に氷の大地を破壊して行く。

身体中に、何かどろりとした液体が付着しているのがわかる。

拳を振り下ろして直後は分からなかったが、右目の視界が、赤黒いに覆われている。


ーーああ、これは…血だ。


今まで殺してきた人々の血が、こうして自分の世界を溜まり続けているのだ。

見れば、この血溜まりは足のブーツが浸かる程までに溜まっていた。

初めこそ周りを見渡しても、殆ど無かったはずなのだが、恐らくこの血溜まりは、俺が人を殺すことに増えているのだろう。

今、身体中にかかっているこの血の感触が気持ち悪くて、俺は無意識に浄化を始めていた。

目を閉じて、自分の身体に意識を向ける。

淡く光るそのエネルギーは、瞬時に(精神)を包み込み、僅かな爆発を起こし、大気に消えていった。

視界がクリアになり、身体中を覆う生暖かい感覚も完全に消えていた。

しかし、身体に付着していた血がなくなっても、心が晴れることはなかった。

頭で何かを考えているのも嫌になり、擬似的な睡眠をとることにした。

沈む意識の中、俺はあの日の事を思い出していた。

この歪な守備霊を創ったあの時に至るまでの事を……



数年前




俺は、他の人と何も変わっていなかった。

頭の思考が他の人と違いすぎるなんてこともなかったし、勉強も運動も、他の人と特に変わらなかった。

容姿も特別変なわけでもなく、標準的な体つきに、黒髪黒目の純日本人といった見た目だった。

友人だって人並みには出来ていたし、毎日毎日、平凡な日々を過ごしていた。

別に環境が悪かった訳でも、友人や家族の性格が悪かったわけでもない。

ただ、少し、ほんの少しだけ不幸だっただけだ。

さらに思考を沈ませて行く。

最初の原因は一体なんだったのかを。

そう、あれは俺が小学生六年生だった頃だ。

気力が根こそぎ取られそうになる蒸し暑い夏。

セミたちの音色が絶え間なく聞こえ、夏休みも遠くない日となったある休日に、俺は、友人や家族と仲良くピクニックに出かけていた。

父の住んでいた街はあまりこういうことをする機会が無かったようなので、正直行って父が一番楽しみにしていた。

山を登り、楽しく昼食を食べて遊んで、友人や家族と喋りながら家に帰るために、駐車場へ向かって信号を歩いていた時だった。

その信号が青だったのにも関わらず、白い車が猛スピードで突進してきた。

顔は良く見えなかったが、その運転手の目は明らかにイかれていた。

瞼を大きく開き、白眼しかほとんど見えないほど大きく釣り上げられた眼球は充血しており、それはまるで、ホラー映画のゾンビのようなものだった。

しかし、この世界にゾンビなんていうものは居ない。

考えられる要因は一つ、悪いドラックだ。

ドラックを乱用しすぎたせいで理性がおかしくなっているのだろう。

最初にそれに気づいた父が、母に短く呼びかけ、近くにいた、祖父、祖母を最初に、車に当たらないように突き飛ばした。

続いて、俺を助けようとして手を伸ばして来るが、その手を握ることはできなかった。

俺のすぐ横を空中を投げ飛ばされたように飛んでいる友人達を見て、ゾクリと悪寒が首筋をなぞり、本能に任せて身を駆け出していたからだ。

目に移ったのは、無理矢理な体の動かし方をさせながら、何とか友人を突き飛ばしたと思われる弟だった。

すべての力を全て出し切った弟は、体勢が乱れて、後ろに転んだ。

たった一メートル弱、けれど、その僅かな距離は、今から走ってもとても間に合うわけがない距離だった。


ーーもうダメだから諦める?


唐突に、頭の中にそんな自分の声が聞こえてきた。

どこか安心させるような、ゆったりとした囁きかけるような声。

(諦める…だって?)

首を何回も横に振る。

(ふざけるな。まだできないと決まったわけじゃない。まだ…何かあるはずだ)


ーーー方法は?


気づけば、自分の周りの空間がいつもより数倍も遅く感じられた。

自分の体も、周りの時間の流れと同じように殆ど動かない。

なのに、脳の思考だけが、この空間の中で通常と変わらない速さで動いている。

走馬灯だろうか?このまま自分は死んでしまうのだろうか?

そんな余分な考えを一瞬考えてしまうがすぐに破棄する。

(方法なんて分からない。このまま走っても追いつかない。何かを犠牲にしても良い。何か、何かないのかッ!)


ーーー[もしこの状況をどうにか出来るなら、何を失っても良いか?]


誘いかけて来るような陽気な声で、俺に訪ねて来る。

それに俺は、心臓が止まるような阿寒を覚えた。

けれど、そんなものはどうでも良かった。

考えてる時間など無かった。俺は無意識に頷きつつ、「ああ」と、その問いに答えた。

その瞬間、緑のうねうねとした何かが、俺の体を覆った。

バチッ!っと、電気が感電したような衝撃が、瞬時に身体中を包み込んだ。

脳裏に、鉄の塊のイメージが作られる。

それは二つに分けられ、同じような形に作られて行く。

磁石だ。

Cの様な形をしたそれは、片方は+もう片方は−という文字を描かれており、互いに同じ向きを向いている。

互いに引かれ合う性質を持つため、−の磁石がくるりと向きを変更させ、お互いに向き合う形となった。

それは、ガキっ!と鈍く、重い音を響かせながら撃ち付き火花を散らす。

ドクッ!っとやけに大きい心臓の音が体の何処かで鳴った。


「ぐっ!?…あ、あああアアアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッ‼︎」


ドクッドクッドクン!っと体の至る所から心臓の音が鳴り響く。

身体中が活性化するような妙な感覚が身体中を駆け回る。

それと共に、心臓や、血管などから、凄まじい痛みが襲った。

あまりの痛みに失神しそうになるが、歯を食いしばり耐える。

血管や心臓などが、異様な速さで膨張と収縮を繰り返す。

痛みも増していき、視界が真っ白に染められていった。

苦しい、辛い、痛い、逃げたい、助かりたい、助けて助けて助けて助けて助けてーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーえ?


「ごめんね…」


それはどこから聞こえてきたのだろうか。

負の感情に覆い尽くされていた思考が急速に冷える。

真っ赤に染まった視界で見たものは、目に涙を溜めて謝る弟の顔だった。

車はもうすぐそばに来ていた。俺と弟までの距離は少し近づいたようだが、それでもまだ足りない。

痛みは止んでいない。

それは、俺の意識を刈り取ろうと未だに続いている。

既に判っていた。この体の何かが変化したことが。

そして、今なら弟を助けることも出来る事が。

ゴクリと唾液を飲み込む。

これを使えばこれは人間としての何かを失う。

一生後悔するだろう。しかしーーー


(今、この場で大事なものを失って生きるくらいなら、俺は、何を代償にしたって構わないッッ!だからーーー)


弟に向けて伸ばしていた手を、空が見える方向にずらした。

先程のうねうねとしたものが、もう一度全身を覆って行く。


(俺に、今この状況を変える力をッッ!!)


決心した瞬間、まるで契約が完了したかの如く、緑のソレは、俺の体に吸い込まれていった。

再び、あの激痛が襲い掛かるが、その全てを、己の感覚として否定して捨て去る。

目を閉じて、今、感じ続けている痛みのことも何もかも全て無にする。

身体中から力を心臓に集める。

先程の磁石だけがある空間の上に、三つのダムがあった。

一つは、右側にある緑色の透き通った液体が入っているもの。もう一つは、左側にある、黄色と言うより黄金に近い色をした液体がダムに満ちていた。

最後の、その二つよりも十メートル程は上にあり、真ん中に位置する、灰色のダムはなにも溜まっていない。

しかし、そのすぐ両側の空間には、それぞれソレと全く同じ色をした、数メートル程の管が浮いていた。

何故か、これを使う方法が頭の中に入っていた。

右腕をあげるイメージをすると黄金な液体が右の管に伸びる。

それと同時に感じるのは、酷い脱力感。

それを無視し、右腕と同様のイメージを左腕ですると、緑色の液体が左の管に伸びた。

続いて発生するのは、疲労感。

その二つがそれぞれの管に同時に入って行く。

すると、二つの管がさらに上に伸び、遥か上空にある、赤い球体に繋がった。

それは、一定のリズムでドクドクッという音と共に動いていた。

二つの液体が、その球体の中に流し込まれた。

球体の動きのスピードが速くなる。

二つの液体が混ざり合うと、球体の下の部分に丸く穴が空いた。

先ほどの二つの液体とも違う、水色のそれは3つめのダムに入って行く。

体を何とも言えない満足感が覆う。

視界が元の世界に戻る。

確かな力を右手に集め、叫んだ。


「来いっ!」


紫色の光が、弟の体を包み込む。


「ーーあ、」


パキリと自分の中の何かが割れた。

痛みはもう感じない。

吸い寄せられるように、俺の右手に飛んできた弟の襟を掴み、手を伸ばし続けている父の手を、瞬間移動するように移動し握った。


「お…らあああアアア!!」


朦朧とした意識の中で僅かに聞こえた父の叫び。

その顔は、今までの誰よりも強さに満ちていた。

その事実を確認した直後、俺の意識はブツリと途切れた。


「………」


目を覚ました時に最初に見えたのは白い天井だった。

続いて横に貼り付けてある時計に目をやる。

時刻は午後4時。ピクニックに行った時の最後の記憶では午後3時程度だったのだから、丸一日程眠っていたことになる。

夏を象徴するセミたちの鳴き声が、現実感を出してくれた。


取り敢えず目を覚ましたのなら、起きなければならないので体を起こそうとする。

「うぐぃ!」


しかし、それは出来なかった。

体を起こそうとした瞬間に、神経に針を刺すような痛みを感じたからだ。

しかし、それは頭を動かす時には発しなようなので再び周りを見回す。

横にあったのは、何か液体が送られ続けているシリコン型の線だ。

上へ線をなぞって見て行くと、緑色の液体が入った丸い容器があった。


(先程から妙に鼻に着く匂いがある名と思っていたがこれだったのか。)


自分で勝手に納得して少し自慢げになる。

これぐらいで自慢したくなる性格は、やはりお調子者の証拠だった。

特にやることも無いので二度目をしようかと思った時、トントンとドアをノックする音がなった。


「はい」


そう答えると、かなりの勢いでドアを開けて何かが飛び込んできた。

その何かは重症と思えるこの体を容赦なく抱きしめて来る。


「ギウッ…グウァア!……あ」


あまりの痛みに、甲高い音で呻き声を上げて離れようとする。

そこでようやく重体だということを思い出した。

激痛に重なる激痛。

その痛みは、まだ中学生にもなっていない子どもには、少し刺激が強すぎたのだろう、意識がまた遠のき始める。


(ああ、まずい、このままだと……)


後1秒でも長く抱きつけられていたのなら、また気を失っていたのだろうが、抱きついてきた巨大な人は先ほどの俺の声を聞いてすぐに離れていった。

いつのまにか濡れてしまった瞳を瞬きで落とすと、視界が戻り、そこにはよく知っている人が立っていた。

少しだけ太った体つきに、眼鏡をかけた40代の男性だった。

どこからどう見ても父親だった。

穂を何かが伝った。

先程の痛みを感じた時に出たものではない。

再び会えた時の感動の涙だった。

目の前の父も、涙を流して泣いていた。

言葉をかける必要は無い。

赤ん坊の産声のように声をあげながら二人で泣いた。

数十分経って俺も父も泣き止んだ。

父は少し恥ずかしそうに頭を書いている。

考えてみれば、俺だってもう小学6年生だ。

その事を意識されられて顔が熱くなる。

俺も父も、なにも言葉を発さなかった。

しかし、この静寂は不思議と気分が悪くなかった。

そのまま何分間過ぎた時に、ふと聴くべきことを思い出した。

そう、それは弟がどうなったかだった。

緊迫した声で問うが、父は、より顔を穏やかにしながら答えた。


「お前のおかげで傷一つない」


その言葉に、凄まじい達成感と喜びが身体中に満ちた。

この容態じゃなかったらガッツポーズを決めながら飛び跳ねていた所だ。

そういえば自分の体はどうなっているのだろうか。

先程、体を動かした時に感じた激痛のことを考えると、相当重体なのは分かったのだが、首を動かせないので、どれほどのものなのか把握できないのだ。

そんなことを考えていることが、顔に出ていたのか、父は直ぐにまた真剣な表情になり、俺に問いを投げかけてきた。

先ほどの柔らかい表情が嘘だったのかの様に思える程の切り替えに、ゴクリと唾を飲む。

静寂が辺りを包み込む。

カチカチ、となる時計。ピッピ、と一定のリズムで機械音を鳴らし続ける何かの医療器械。

互いに言葉は発さない。

心臓が凍りつく様に思えたその静寂は、十秒間程度で終了した。

不意に、父が深呼吸をした。

やがて、父は俺の状況について詳しく説明し始めた。


「まず、お前の体についてだが、臓器や、骨、皮膚などには一切以上は見当たらなかったよ」


父の言葉に、ふう、と安堵の息を吐いた。

皮膚の傷は縫い合わせるか、手術などをすれば、多少見た目に変化が起こるくらいで、今後の生活にあまり支障が出るわけではないのだが、もし、骨が粉々になっていたら、治らない可能性だってあるし、臓器に傷が入っていたなら、生活に支障が出るどころか、手術に失敗したら死亡する可能性だってあるかもしれなかったのだ。

安心する一方、もう一つ、不思議な気持ちが湧き出た。

(もし、その通りなのなら、この激痛はなんだ?)

今の説明から推測すると、恐らく父は、俺が気絶する直後に、俺と弟を、車に激突する範囲外に引き寄せてくれたのだろう。

もし、そうなのであれば、辻褄が合わない。

痛みというのは、基本的に皮膚に外傷を負ったり、骨が折れたり、又は、臓器の調子が悪い時などに起こる。

後は、筋肉痛なんかも入るがーーー

そこまで頭の中で考えた所で、俺はなんてバカなんだ、と自分に対して呆れてしまう。

確かに、先程父が説明した3点については全く問題ないのかもしれない、しかし、痛みの原因というのは、かなり量が多いのだ。

案の定、痛みの原因についてはそれがふくまれていた。

最も自分の思っていた原因の何倍も凄まじかったのだが。


「動いた時に激しい痛みを感じただろう?それはお前の体の筋肉、血管などが、ほぼ全てズタボロになっているからなんだ。あと、一部は完全に穴が空いてたやつもあったよ」


その時、俺はどんな表情をしたのだろうか。

あまりの驚きと、全身の重体さに、表情が固まった。

その表情に驚いたのだろうか、父が少し体をびくりと震わせた。

しかし、直ぐにその表情はまたかの真剣な表情に戻り、説明を続けた。

どうやら、一時は死に関わるほどの傷だったらしいが、医師が優秀だったのだろうか、それとも自分の運は良かったのだろうか、後遺症もなく、一ヶ月ちょっと入院すれば完全に元の生活に戻れるらしい。

その間、夏休みが殆ど無く無くなってしまうのが、少し悲しかったが、死ぬよりはマシだったので、あまり気にすることはなかった。

不意に、父が歯噛みをした。

先程まで、真剣な表情の中に、幾らか柔らかさを残していたものが、急に血の気が無くなったように、冷めて行った。

そんな急に変化を起こした父に声を掛けようとしたが、あまりに冷たいその表情に、全身が固まった。

互いが何も言葉を発さない中、先程と同じリズムで、しかし気持ちの変化故か、やけにねっとりした機械音だけが、部屋の中を支配する。

先ほどまで聞こえていた、セミたちの鳴き声も、どこまでも暗く聞こえてくる。

その静寂は、時間が経つ程、恐怖を書き立てた。

1分、2分と時間は止まることなく流れていく。

30分ほど経った所で、父はまるで、覚悟を決めるように深呼吸をした。

見てみると、父の体は小刻みに震えており、その表情も、先程と全く変わらない、あの冷たい表情のままだ。

あの元気な父がここまで表情を暗くする理由は分からない。

分からないはずなのに、頭の中ではその理由がまるで、最初から分かっているかのような違和感を覚える。

ややあって、父は震える声で訪ねた。


「これから話すのは、重要な事だ。けれども、お前が聞きたくないのならそれで構わない」


それは、まさに究極の決断だった。

問い自体は、誰でも答えられるようなものだった、

つまり、聞きたくないか、聞くか、という普通なら、重要な事の前に一応聞いておく程度のものなはずのそれは、まるで、選択を間違えれば、炎の海に落とされるいうな、緊張感を持っている。

この時、頭の中で、俺の感情は二つに分けられていた、

一つは、不安を抱えてこれから生きて行くぐらいなら、いっそのこと思い切って聞いてしまった方が良い、と前向きに考える自分。

そして、もう一つは、聞いてしまえば、あまり遠くない内に、きっと何かに気づいてしまうだろう。

もし、それに気づいた時、必ず自分は、後悔し続けるだろうから、このまま何も気づかないまま残りの人生を歩みたいと考える自分。

何方(どちら)も間違ってはいない。

聞くべきだと思うのならば、聞けば良い。

この問いについては、自分に正直になれば良い。

頭の中ではわかっているはずなのに、答えが自分の中で見つからない。

聞くか、聞かないか。二つの問いは、互いにせめぎ合い、そう簡単に割り切れるものじゃなかった。

自問自答を繰り返している内に、辺りの温度が変化していることに気づいた。

横を見やれば、寂しいほど暗い空。

どうやら、気づかない内に時間は思ったより早く流れていたらしい。

目を閉じ、深く、覚悟を決めるように深呼吸をする。

少し冷たい空気が、頭の中をクリアにして行く。

目を、パチリと開き、首を縦に振った。

俺の答えに、父は、初めから覚悟を決めていたのだろうか、対して表情を変えずに頷き返した。

ゴクリと喉を鳴らしたのは、一体どちらだったのだろうか。

父は、最後と思われる空気を持って説明し始めた。


「あの時、お前達二人は、何とか車に当たらないように投げることが出来た。血管などに傷が付いた理由はだが、恐らく、火事場の馬鹿力という奴だろう。普段使われることの無い出力を咄嗟に出した結果だと医者さんは言っていたよ」


父は、分かりやすいように、言っているが、要するにこういう事だ。

人間は普段、力をかなりセーブしているらしい。

けれど、本当に身の危険や、重大な事が起こった場合にその限界を超えることだ。

しかし、果たして此処まで副作用が掛かるようなものなのだろうか。

精々、筋肉痛になる程度だと、俺は思っていた。

チラチラと助けられる直前の記憶が、頭をよぎる。


(あの時、俺は何をした?)


決して届くはずのない距離、助けられるはずもない状況。

そんな中、一体どうやって俺は、弟を助けていたのだろうか。

身体能力が少し上がった程度では弟を助けて、父の手が届く場所まで戻ることなどほぼ不可能だ。

ズキリと頭に陣痛が走った。

思い出したのは、あの陽気な声、緑の謎の物体、プラスとマイナスと書かれたCの形をした二つの磁石、暗い空間、三つのダム、水色の液体、紫の光。

様々な情報が、記憶として頭の中を駆け巡る。

その中でも特に頭の中にしぶとく残り続けるのは、あの陽気な声。


([もしこの状況をどうにか出来るならーーー])


続いて告げられる真実。

地獄の門を開ける、鍵となった言葉。


(止めてくれッ!お願いだ、聞きたくない、聞きたくないッ、聞きたくないッッ!キキタクナイィッ

ッ!!!)

心がそれだけはダメだと必死に叫ぶ。

聞いてしまえば自分の未来がないことを、自覚してしまうから。

しかし、動き出した時間の流れは決して止まってくれない。

何とか叫ぼうとしても、口から溢れるのは荒い呼吸音だけ。


「お前はーーー脳に謎の後遺症が残ってしまっている」

「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」


何も感じない、何も考えられない。

パキリとガラスを割るような音が頭の中で響き渡る。

分かっていた、この言葉が何を意味するのかも、自分がこれからどうなってしまうのかも。


([もしこの状態をどうにか出来るならーーー])


頭の中を支配するのはまたあの声。

誘いかける様な気味の悪い声が、重なり合って頭の中を埋めて行く。

助けて。

頭の中に誰かの声が響いた。

弟の声ではない、知らない女性にような高く、か細い声。

頭の中に、何かの映像が流れ込んでくる。

殆ど人の気配を感じない、住宅街。

どの家も、何かに荒らされていて、ボロボロになっている。

所々から聞こえている、何か叫んでいる声。

目の前の女性は、ほんの少しだが、皮膚の一部を緑色に染めていた。

何かが皮膚に付いているのでは無い。

時間が経つごとに、それは少しずつ体を緑に染めて行く。

ふと、視界に何か映った。

全身を緑に染めて、うめき声を上げながら暴れているソレは、ゾンビと表すのが相応しいのではないのだろうか。

一つだけイメージと異なるものは、その身体能力だった。

人によって違うとは思うが、ゾンビの動きはそう早くない。

早かったとしても、それは人間に出せる常識範囲内の速度だ。

しかし、目の前のそれは、10メートルほどの距離を一息でつめるほど早かった。

一人、また一人と噛んで行く。

噛まれたものは、全身がゆっくりと緑に染められて行っている。

ふと、ソレはこちらを向いた。

口元に残る、赤黒い血を垂らしながら、風を切る速さでこちらへ近づいていく。

この視界に持ち主は、慌てることなく、その首を絞め上げて地面に叩き落とした。

サッカーボールのように、ソレを蹴り飛ばす。

先ほどまで、恐怖に震えていた女性が一瞬、顔を綻ばせる。

けれども、それは、ほんの一瞬のことで先ほど以上に表情を曇らせた。

(何があったのだろうか?)

そう思った瞬間に、何かが女性の首を貫いた。

直ぐに、ソレを引き抜く。

おかしいほどの量の何かを吹き出して、女性はバタリと倒れた。

その体を浸して行く、赤黒く、なま暖かく感じる血。

何故かその光景を見て、()()()()()()

と感じた。

瞬く間に頭の中を過ぎる、死の光景。

叫ぶ誰か、飛び散る臓器、溢れる血。

実際に自分がやった訳でもないのに妙に、慣れを感じるソレに、どうしようもない程の阿寒が全身を覆う。

再び過るのはまた、あの声。


([もしこの状態をどうにかできるのならーーー何を失っても良いか])


視点が移り変わる。

目の前に移ったのはナイフを持ち、ローブを被った青年。

顔はそれに隠れて見えないが、その表情は、何処と無く自分に似てる気がしてーーーー


「うっ!……ゴホッ!ぐぇっ……げぇホッ…うぅ”っっ」


吐き出した。

頭の中が血で一杯になって気持ち悪くて、胃の中のものを全て吐き出す。

ビチャビチャと汚い水の音が、シーツの上で鳴って汚していく。

鼻にくる独特の臭いが、血のソレと重なり合い、さらに吐き気が増す。

胃の中のものが全て無くなっても、吐き気は止まらない。

父が、何か叫んでいるが音が何も聞こえなくなる。

心臓の音がおかしいほどに速くなり、呼吸が荒くなる。

汗が止まらなくなって、視界が白くなって。

やがて、俺の意識はまたプツリと途切れた。

その直後、いきなりテレビの電源を付けた時のように、暗闇から再び世界が色を取り戻す。

目の前には、まだ十歳程度の幼い少年。

そこで、ようやく俺は理解した。

今まで、自分の過去を追体験していたが、現実世界で奴に呼び出されるまでの時間が迫ってきているのだろう。

正直助かった。

少しは自分の意識が残るとはいえ、殆ど十割近く、記憶にリンクしていたのだ。

この後のの悪夢に付き合わされることが無かったことは幸運といっていいだろう。

浮遊感が身体を覆い、意識を現実へと帰していく。



意識が覚醒する。

鉛のように重い目蓋を開け、先ほどから感じるこの奇妙な感覚について考察する。

いったい何を見ていた?だめだ、何も思い出せない。

思い出すことは出来ないが、この感覚は何度も感じている。

おそらくだが、自分のくだらない過去でも思い出していたのだろう。

ふと、自分が呼吸していないことに気づく。

少々危機感を覚えるが、自分が全く苦しい、と感じていないのに気づき、自分の状態を再確認する。

やはり、この生きていると感じているのに、実際は死んでいるという微妙な存在には何年も経った今も慣れることができない。

死、というものは、肉体の大きな損傷、寿命、多量出血、心臓の停止などの影響を受けて、魂の依り代が無くなった時に、自然へと還った時に起こる。

分かりきっている事だが、この身は数年前に一度、滅びている。なのに意識がまだ存在しているのはこの(いつわ)りの肉体を得ているからだ。

俺の運命を変えた二度目の出来事。

普通ならば、一度、魂が還り始めればもう一度生き返ることはないのだが、裏技を使うことによって、今の状態になることが出来た。

即ち、代わりの肉体を、瞬時に作り、その中に魂を入れ込むというもの。

幾ら奴でも、俺の体や、顔を再現することは出来ないので、魔力で構成だけを創り、その上から幻術を使う事によって、あたかも本当の肉体を持っているように見えるのだ。

そんな事してくれなければ良かったのに、と後悔ばかり浮かぶ。


(あの日、馬鹿なことを考えなければ、ソレ以前にあんな事をしなければ、俺は普通に死ねていたのにっ!)


死ぬ方法は普通なら幾つもある。

魔力は使い過ぎれば枯渇(こかつ)し、生命の危機になると、自然とセーフティーが掛かり、気絶する。

ソレを遥かに超えるほどの魔力を消耗すれば、衰弱死することもできる。

だが、自分の魔力はいかに膨大な魔力を使おうとしても、常に、限界以上の魔力が補給されるため、衰弱死は出来ないのだ。

首を搔き切り、自殺する方法もあるが、この体から再び魂が爆散しようとしても強制的にここで修復させられ、元どおりになってしまう。

憎悪の感情に飲み込まれそうになりかけた時、急に体が青い光に覆われた。

今まで自分が何百回も経験した魂が引っ張られる感覚。

やれやれ、と首を振りながら口元に薄い笑みを浮かべ


「はっ、また仕事か。いつになったら終わるんだろうな。」


と愚痴をこぼした。

数秒で背景は変わり。

先ほどの場所とは全く違う場所に出た。

様々な形、大きさをした家がそこら中に建っていて、地面は砂漠からしっかりとしたコンクリートになった。

辺りを見渡すと所々木や花も植えているようだ。

一見、普通の平和な町か村に見えるだろう。

だが、その道路や家には所々血が付いており、銃声や悲鳴も時々聞こえてくる。

何故俺がこんな所に移動させられたか、それは人殺し(仕事)を行うためだ。

目を瞑り、魔力を魂を保護する防壁へと変える。

防壁の後ろに魔力を収束させ一気に爆裂させた。

ドン!と砲撃のような音が鳴り、体が加速する。

その速度は音を超え、瞬時に目的の場所へ移動した。

魔力が人の形へ戻り、目の前で起きている地獄への対処法を考える。

目の前には大勢で船へ乗り込もうと逃げる人々、そして、それを食い殺そうと迫るアンデット達が互いに断末魔をあげている。

アンデット、それは人間の理性や寿命を犠牲に人の域を超えた力を手に入れた者のことだ。

それは映画に出てくるゾンビのようなもので、噛みつかれるとその菌が体内を汚染し、やがて、その特性を受け渡されてしまうのだ。

アンデットを殺すためには、水を浴びる、又はその菌を殺す薬を感染者へ飲まさないといけないのだ。

いくら俺が無限の魔力補給を受けていようと、それは難しい。

故に私が取る行動は一つだけだった。


「やだ..やだよ...」


南方向からいまにも泣きそうな声が聞こえてきた。

自分の中の心象()に魔力を使い、働きかける。

すると体がまた青い光に包まれ、一瞬で声のした方向に転移した。

先ほど声を上げていたのはおかっぱ頭の眼鏡をした13歳と思われる少女だった。

手にはクラリネットを持っている。

制服を着ているので恐らく吹奏楽部に入っていたのだろう。

そんな余計のことを考えていると目の前に大きく口を開けたアンデットが俺の首を噛もうとしていた。

顎を蹴り上げる。まさかこれほど遅いとは思わなかった。

その首を掴み、うっとしい友人の手を払うような勢いで投げた。

そのアンデットは投げられた事に気づかないまま壁に激突した、おそらくあと10秒もすれば起き上がるだろう。


「ヒッ!」


とその激突音に驚いた少女が声をあげた。

その手を勝手に握り再び転移する。

次に目の前に映ったのは大勢の人が逃げ込み出発した後の船だった。

しかし、避難した大半がいるのはここ、船の地下室。

操縦者は操縦席にいるのだろう。

どちらもドアは鍵がかかっているようだ。

その理由はついて来た|死徒アンデットに襲わられないためだろう。

アンデットは思考能力がほとんどないので一度姿が見えなくなると何も出来なくなるのだ。

少女がいきなりのことで戸惑っているが、時間がないので次の場所へ転移しようとすると

「あ、あの!」

と声をかけられ振り返ってしまった。

本当は一刻も早く外にでなければならないのだが、話しかけた勇気に免じて話を聞く事にした。

「何だ?俺は急いでいるのだが。」

その声の低さ一瞬怖がったがすぐに表情を変えて

「あの、助けてくれてありがとうございました!」

と笑顔で声を下げてきた。

その笑顔に私は嬉しさではなく、悲しさが溢れてきた。

そんな表情を見せたくなくて

「ああ..」

と一声返し転移する。

切り替えろ、今は甘さに浸っている場合じゃない。

そう心に深く刻み込み逃げ遅れた人々を次々と船に送った。

やがて、最後の一人を地下室へ送り、町の一番高い場所へ登る。

船は町から数百メートル離れており、街にはもう人は一人も残っていない。

恐らく次の目的地に着くまでの間、その場所の兵士に避難直後にアンデットの駆除を行って貰うつもりだろう。

俺の成果で人々の死は最低限に抑えられた、だが、誰も|死徒アンデットの弱点、強さを教えていない。

兵士に伝えた内容は、化け物が暴れていて船から出ることが出来ないといった内容だろう。

目的地に着いたのなら、おそらくアンデットは外の兵士を嚙み殺すため船から出るだろう。

しかしそのあとは?

船が近くにあるので大爆発するような兵器は使えない、そんな状況でアンデットが殺せるだろうか。

答えは否だ。

アンデットは普通の人間では相手になど出来ない。

感染者は増え続け、被害は拡大してしまう。

そうなってはダメだ。

アンデットはここで食い止めなければならない。

ズボンから小さなボタンが付いたスイッチを取り出す。

電源を付け、ボタンに指を置いた。

一度目を瞑り、もう一度開けてから一言。


「ありがとう」


そう、ロボットの様に無機質な声で呟き、かちっとそれを押した。

数秒後、轟音と共に船が大爆発を起こした。

スイッチを押したことにより、船に取り付けられた大量の爆発物がいっせいに爆破したのだ。

そのまま体の力が抜け、倒れそうになる体を腕で支える。

「はは、ははは、ははははは...」

ああ、笑っているさ。笑っているとも。

だと言うのに、何故こんなに心は空っぽのままなんだ。

「父さん、母さん、どうだい?今回も上手く出来たよ、貴方達にした時にした時と同じくらいうまく出来た。ああ、そうだよ。これで良いんだ..あのまま陸に着いたら......一体どれだけ被害が出ていたんだろうな…」


(ありがとうございました!)


不意に、頭の中にクラリネットを持った少女の言葉が思い浮かんだ。

瞬間、とてつもない量の悲しみと、怒りが、俺を包み込んだ。

視界がぼやけ、目からいくつもの水滴が溢れる。

やがて自分から発せられた声は震えていた。

「...ふざけるなよ....ふざけるなよ..!!...何が..何が両親への償いだ!!...こんなもののために《《僕》》は....!!!」

手を握る。

爪が食い込み、血が滲むが関係ない。

「うあああああああああああああああああああああああぁぁぁア゛ア゛ア゛ア゛ア!!!!!!!」

自分への怒りが咆哮となって発せられた。

しかし自分への怒りは高まるばかりだった。



破却者の咆哮は数秒で無くなった。

屋根を濡らしていた涙は、その跡を残さずに消えている。

少年は再び決意する。

(罪を償うことは、もう叶わない。ならばせめて、この在ってはならないこの魂をーーー消すことにしよう)

罪を償うことを止め、己を抹消しに行くその姿は、血に濡れた氷そのもの。

少年は再び青白い光に身を包まれる。

次こそは、消えることが出来る、そんな、ある種の理想を抱いて再び戦場に出向く。

光から開放された場所は、どこかの森だった。

ターゲットを、発見するために、視力を強化し、風を超えて走る。


そう、この数分後からーーーー世界の軸は歪み始める。

そのことを、今は誰も知らない。

一度歪み始めた軸は、もう直らない。

ーーーさあ、君はどこまで、運命(ディスティニー)に抗えるのかな?


side pass
































読んでいただき、誠にありがとうございました。

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