あの後の話。
自作フリーゲーム「あすなな -アストリア王国騎士団第七小隊-」のエンディングにて、姿を消してしまった彼女のその後を書いてみました。
その空間は瘴気に覆われていた。
破壊された魔笛より内包されていた大量の瘴気が溢れだしていたのだ。
この濃度は尋常じゃない。
これは毒だ。
生きとし生けるものを殺す害悪でしかない。
力尽きその場に倒れた賢者の子孫の男は微動だにしない。
その傍らで聖剣の勇者たる少女は涙を流し絶望に打ちひしがれていた。
彼女の嫌な予感は的中した。
このまま放置すれば濃密な瘴気はこの空中宮殿"堕ちた聖域"より漏れ、
外の世界…"人間界"に甚大な被害をまき散らすことになるだろう。
"魔界"の住人たる彼女にとっては関係ない事なのかもしれない。
だが、彼女はそれを看過する事は出来なかった。
「安心せよ、アリア。
世界は滅ぼさせはしない。
我輩に任せるがよい。」
「ドロシー?
……何をする気なの?」
不安そうなまなざしを向ける少女に、彼女は歩みを進めながら語り掛けた。
「……久しぶりの人間界は思ったより居心地が良く、
それでいてどこか懐かしいものじゃった。
我輩の無二の親友たち。
アストリアやメルティナ、それにウィゼル。
300年前、魔王という絶望に立ち向かい、
彼らがまいた希望の種はどのように育ったのか。
我輩はずっと気になっていた。
じゃが、安心したよ。
世界はちゃんと育っておる。
あんなにも光り輝いておる。
我輩の選択は間違ってはいなかった。」
彼女は満足げにほほ笑むと、懐から小さな鏡を取り出した。
ハッとした様に少女は彼女を見つめる。
「その手に持っているのは"転移の鏡"!
ドロシー、まさか……!?」
「つかの間ではあったが、楽しかったぞ。
アリア、お主達に会えて本当に良かった。」
別れたくはない。
本当はこんな台詞、言いたくなかった。
少しでも気を緩めれば涙がこぼれ落ちてしまうかもしれない。
だが、この瘴気をどうにかしなければ目の前の少女はおろか、世界は滅んでしまう。
だから、この選択に悔いはない。
彼女は涙をこらえ、渾身の笑顔を少女に向けた。
「サヨナラじゃ。
我輩らが築いた世界の未来、お主らに託すぞ!!」
「待ってッ!
ドロシーーーーッ!!!」
"転移の鏡"の能力を最大まで引き出し、自身を魔笛と周囲の瘴気もろとも"魔界"に飛ばす。
それが彼女が選んだ選択だった。
鏡より溢れた強烈な光は周囲を白く染め上げ、そして静寂が訪れた。
これで良い。
これで皆が助かるのであれば―――。
光の世界の中で彼女は寂しそうに笑みを浮かべ、やがて意識を失った。
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長い夢を見ていたような気がする。
まぶたの外から強烈な光が差し込んで来る。
『我輩は……死んだのであろうか?
この光はなんじゃ……?
そうか。
遂に我輩は"冥界"へとたどり着いたのじゃな…』
ゆっくりと意識を取り戻しつつあった。
全身の感覚が徐々に戻って来る。
なんだか体が熱い。
口の中がジャリジャリする。
鼻がむずむずする。
「ふぇっ、ふぇっ……
ぶえっくしょーーん!!
ペッペッ!
なんじゃこれは、砂か!?」
盛大なくしゃみと共に彼女は完全に意識を取り戻した。
そして起き上がって周囲を見回すと、目に飛び込んできた光景に唖然とした。
「なん……じゃと……?」
そこにあるのは一面の砂と雲一つ無い青空と強烈な太陽。
彼女が生まれ育った常夜の"魔界"に青空なんかあるはずがない。
「さ……砂漠じゃと!?
ここはどこじゃ!?」
あ、暑い、暑すぎる!!」
叫べども周囲には人っ子一人おらず、返答が返ってくるはずもない。
直射日光が苦手な"闇の眷属"たる彼女にとって、この環境は耐えがたいものであった。
一刻も早くここから脱出せねばならない。
だが、どうやって?
「そ、そうじゃ!
イチゴよ、おらぬか、イチゴよ!」
慌てて自身の使い魔、インプ族のイチゴの召喚を試みる。
「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん」
どっかで聞いたフレーズと共に飛び出して来た彼女の使い魔は…。
現れるや否や地面に突っ伏した。
「あーつーすーぎーるー。
ここ、どこですかー、ご主人さまぁ~。
変な所に呼び出さないで下さいよぉ……。」
「知らぬわ!
お主までへばってどうするのじゃ!?
はよ我輩を助けぬか!」
「無茶言わないで下さいよぉ。
ワタシだって魔界の住人なんですから、直射日光は苦手なんですぅ。」
役に立たん羽虫じゃと毒づきながら、彼女は再び周囲を見回した。
「我輩は魔界に飛んだつもりであったが…。
どうやら転移は失敗したらしいの。」
「そうですねー。
魔界に太陽なんて聞いた事ありませんし。」
「しかも感覚がある。
我輩は死んではおらぬようじゃ。
となると、ここは冥界でもない。
……だが、この全身を覆う気だるさは何じゃ?
この強烈な日差しもあるじゃろうが、なんか、こう違和感というか…。」
そこまで述べて、はたと気付く。
「そうじゃ!
魔笛の欠片はどうなったのじゃ!?」
「欠片ですか?
うーん。
それっぽいものは見当たりませんけどー。」
使い魔は周囲を飛び回り、そう答えた。
彼女は思案する。
「となると、魔笛の欠片も瘴気ごと何処かへ飛ばされたという事か。
じゃから我輩は助かった、と。
これはラッキーじゃのう、ムフフフ。」
「ラッキーなのは良いんですけど、
あんなもの放置するのはマズイですって。
探したほうが良くないですか?」
「のう、イチゴ。
提案なのじゃが。」
悪そうな笑みを浮かべる彼女を見て、使い魔は嫌な予感がした。
「このまま鏡を使って魔界へトンズラするというのはどうじゃ?」
「はぁ!?
突然何を言いやがりますか、このご主人様は!」
「だってのー。
先程の転移に魔力を使い切ってしもうたし、
身体がだるくて動きたくないのじゃー。」
「ダメです!
どこだか知りませんけど、この世界に迷惑をかけることになったら……。」
そこまで言いかけて唐突に。
使い魔の表情が一気に青ざめた。
「あ、あ、あ……。」
「なんじゃ、どうしたイチゴよ。」
「ご、ご主人様、う、後ろ……。」
「ああん?」
彼女が振り向くと、視線が合った。
体長10メートルはあろうかという巨大な化け物に。
「あ、どうも、コンニチワ。」
引きつった表情のまま化け物に軽く会釈すると、彼女は自身と同じ表情をしている使い魔に向き合った。
そして……。
「ぎゃああああああああああああああ!
サンドワームじゃああああああああ!!?」
「いやあああああああああ!!
ミミズ嫌いいいいいいいいいい!!」
使い魔は主人を置いて脱兎のごとく、一目散に空の彼方へと飛んで行ってしまった。
「待たんかあああ!
何故我輩を置いてゆくのじゃああ、このたわけがあああ!!」
…かくして。
新しき世界"イナーシア"の南、広大な「エルグ砂漠」を背景に、
彼女と巨大な砂虫とのチェイスバトルが始まったのであった。
めでたし、めでたし?




