ハイヒールと乙女心~靴の妖精が冴えない私に魔法をかけました!~
ヤオヨロズ企画参加作品になります。
詳しくは主催者黒井羊太様のページをご覧下さい。
「ヤバい…どうして買ってしまったんだろう」
早織は本日買い物に出掛け、理想のハイヒールに出会ってしまった。
久しぶりの衝動買い。
目の前に置かれた素敵なハイヒール。
ブランド物ではないながらも、シャンパンゴールドの控えめな色味と光沢に、数種類のレースと花柄の布でロゼット形を作った上にコットンパールとビジューとリボンがあしらわれたボリュームある飾りが、バンプいっぱいに広がっている。
裏側も抜かりなく赤い革が張られており、歩くたびアウトソールの赤い色がちらりと目に入る仕様は非常にセクシー。
まるで美しい人形か妖精の履く靴のように思え、心を奪われるばかり。
私は靴を集めるのが好き。
きっかけは、幼少に絵本で読んだシンデレラ。
大人の女性になって素敵な靴を履いてみたいとわくわくした。
けれども『ガラスの靴』というのがどうしても好きになれなかった。
フィットしたとしても、ガラスって冷たく硬い素材でしょう?
割れる恐怖を気にしながら踊るのも何だか嫌!
私がシンデレラを変身させる魔女なら、もっと素敵な靴をデザインするのに――なんて考えたものだけど、その思いを具現化したならきっとこんなデザインかも知れない。
(貴女の感性嫌いじゃないわ)
ため息に混じって何か聞こえた気もするけれど、気のせいね。
それよりもこのヒールどうしよう。
合わせる服がないのよね。
しがない普通の社会人であり、習い事や趣味にお金を掛ける余裕もない私にとって、着飾って出掛ける機会なんて本当にないのだから仕方がない。
衝動買いの反動は、いつも自室で現実に引き戻されてからじわじわと私を苦しめる。
「ねーえ、折角買ったんですもの試しに履いてみない?」
今度こそはっきり聞こえた声の主は、黒髪の艶が美しい耳隠しヘアに黒の羽根付ヘッドドレス帽を着けたセクシーな女の人で、深い緑色のワンピースがとても良く似合っている。
テーブルに置いたヒールを眺めていたパジャマ姿の私に降り立つ彼女は、王子様のように私の片足をおもむろに持ち上げ、爪先から丁寧にヒールを合わせて、納得したのか頷いている。
「ぴったりね。良かったわ!ねえ、何処に履いていく予定?」
「履きたい気持ちはあるんですけど…
合わせる服と靴に似つかわしい場所に行く予定もなくて…」
「あーまたソレね!
前の持ち主もその前も、そう言って眺めてばかりだったのよねえ」
「やっぱりそうなりますよね…」
私はがっくり項垂れて、履かせて貰った靴を丁寧に脱いでからテーブルへと置き直す。
「気にしないで履いて欲しいのだけど、靴の妖精としては」
「…妖精?」
このアダルトなお姉さんが妖精なんて…予想外だわ。
「そうよ~宜しくね、早織」
妖精と名乗る彼女は、私の両手を握ってオーバー気味に握手をすると、にっこり笑って顔を傾げた。
「妖精の宿る靴なんて尚更履けませんよ!」
「大丈夫よ~履いてる時はこうして実体化しておくから」
「はぁ…」
呪われた赤い靴の童話を思い出す。
喜んで履く人なんて果たしているのかな。
「あ!今売ろうかなとかお祓いして貰おうかって考えたでしょ!」
「だって曰く付きとか精神衛生的に善くないですし」
「私は由緒正しいオーダー品よ。
靴職人が娘の為に端正込めて作ったものなの」
「そんな経緯があったんですね」
「そうよ。だから早織が履いてくれる迄諦めないから」
「そんな…」
それからというもの、妖精さんは私が仕事で家を空けている間に掃除をしたり、TVや雑誌を見て寛ぐ等、ルームメイトのように振る舞い始めたのです。
仕事を終えて家に帰ると妖精が出迎えるなんて贅沢な気分になりますが、仕事で疲れた私を見ると妖精さんのテンションは下がるようで、気を使われてしまう有り様です。
「そんな不幸そうな顔しないでよ、早織」
「生きるのに精一杯なんです。平日はいつもこんな感じですから」
「あら。休日だって家でごろごろしてばかりでしょう?」
「お金も恋人もない人の生活はこんなものでしょ」
「ふーん…そうやって理由ばっかりつけて行動に移さないでいると、出会いも運も逃げていくばかりよ。早織」
「お母さんみたいな事言わないで下さいよ」
「だって事実ですもの」
妖精の彼女は憂いある眼差しを讃え私を見るが、何となく気まずい私は妖精の顔色を伺い、購入してからずっと気にしていた事を言葉にする。
「…靴を履く機会がない事、怒ってます?」
「いいえ、お節介で嫌かと思うけど聞いてね。
人の生涯なんて短いものよ。
もっと楽しんで欲しいと思っているの」
「そう…ですね」
自分に甘く思考を停止して過ごしてきた事実を見透かされ、妖精に呆れられてると理解した。
私の生き方ってそんなに不味い?
私に買われて妖精は失敗したと思ってる?
このままじゃ幸せにはなれないの?
色んな思いが溢れてきて、凄く自分が惨めに思えて仕方がなかった。
それから次第に妖精さんは姿を現さなくなり、私も気まずさから何となくヒールを視界に入れないよう意識して日常を過ごしていった。
ようやく仕事の繁忙期を終え、気持ちに少し余裕が出てきたある日の休日。
妖精さんが息苦しいかなと思って靴箱にしまえず、飾る様に部屋へ置かれたヒール。その上に埃避けとして被せておいたスカーフを取って、ヒールを改めてまじまじと見た。
綺麗だけど、以前より何か違う気がする。
「今なら履けそう」
購入したての頃は、素敵な靴には素敵な服を!という固定観念が強かったけど、よく見たらそんな事無いのかも知れない。
何をあんなに謙遜していたのかしらと不思議に思うほど、今の私には少し洒落た靴としか思えなかった。
思い立つまま勢いに任せて、手持ちの服から合うものをタンスから次々引っ張り出し決める。
手短に化粧をして髪を整え、休日用のバッグを選ぶ。靴に合わせた色と素材でこれと決めると、財布とポーチにハンカチと最低限の荷物を入れて準備完了。
持ち出したヒールを玄関で履くと、小さくくるりと回って履き心地を確かめる。
「うん。行こう!」
初めて履く靴は足が痛くならないよう、遠出は控える。
気分は良いから少しお洒落で落ち着いたカフェでお茶と甘いデザートを頼もう。
妖精さんが満足するようなデビューとはいかないかも知れないけれど、これが今の私の精一杯。
私は行き慣れた街の中から、落ち着いたインテリアのカフェを思い出し、足を運ぶ。
昼過ぎのカフェは人の出入りが落ち着いた後で、皆まったりとした時間を楽しんでいる。
思いきって来てみて良かった。
案内された場所は外も見られる窓側の席で、薄暗い店内に優しい光が注がれている。私はメニューを開いてお薦めコーヒーとタルトケーキを注文し、店内に置いてある雑誌を取りに席を立つ。
コツコツとヒールの音が静かに響くと、カウンターに座る男性が音に気付いてこちらを振り向く。
ヒールの音も久しぶりに聞いた気がするなんて思いながら本を選んで、足取りに注意を払いなるべく静かに席へと戻る。
本を読みつつコーヒーを飲み、一段落してケーキをつつく。
ゆっくり時間が流れる中で、最後の一口を食べ終え冷めたコーヒーを飲み、もう一杯頼もうか悩んでいると、ふとカウンター席の男性と目があった。
シルバーフレーム眼鏡が知的でラフな髪型、シンプルな白シャツに薄手の青いカーディガン、細身のアンクルスキニーで全体的に清潔感ある出で立ちで好印象の青年だ。
ヒールの音がうるさかったかな。
とりあえず帰る前にトイレに寄っておこうと立ち上がり、本をついでに戻しに行くと、男性も本を戻しに現れ隣に立つ。
「あの、信じて貰えないかも知れないけれど、その靴…」
「「 妖精 が… 」」
見事に妖精という言葉がハモった所で、お互い初めて顔を見合わせた。
シルバーフレーム眼鏡の奥の物静かな瞳に、私と同じ好奇心が宿っている。
私は一目で彼がとても気になってしまった。
彼もそうだと思いたい。
それから彼と共にコーヒーをもう一杯注文して、同じテーブルに向き合うと、彼は妖精の続きを話し始める。
なんて事無い、彼の読んでいた小説に出てきた妖精が作った靴の描写が、私が履いてるハイヒールそのもので、丁度私が歩いて来たのが見えたからとても驚いたというものだ。
お返しに私もこの靴に纏わる妖精の話を教えてあげると、彼はとても興味を持ったようで靴と私を交互に見てから、暫く考えに耽っている。
「妖精が君を選んだのか、君が妖精に惹かれたのか…とても興味深いと思うのだけど」
「妖精は私を怒っていると思う」
「靴に何かしたとか?」
「その逆。今日初めて履いたの。買ってからずっと置いたままにしてたから」
「じゃあ…次会う時もその靴を履いてくるといい」
少し俯いて視線を外しつつもさりげなく告げた彼に気付いて、私はにやける笑顔を抑えて窓の景色に意識を向けた。
「そうね、履いてるうちに許してくれるかな」
「靴職人も飾るより履いてくれた方がうれしい筈だよ、きっと」
「次もこのお店で?」
「君が靴に飽きるまで付き合うよ」
こうして妖精の靴の効果か私には素敵な理解者が現れ、毎週お休みにになると靴の為にと理由をつけて、彼とあちこち出掛けるようになりました。
一歩踏み出す勇気をくれた、私の大切な妖精の靴。
未だ妖精の彼女は私の前に姿を現してはくれないけれど。
次に彼女と出逢える時まで、私は諦めずにこれからを楽しんで生きていこうと思う。
その為にはもっとこの靴を履いて、いつか真に似合うと思われるような素敵な女性を目指します。
理想は勿論、靴の妖精の彼女です。