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第八話



 しばらく静かに抱き合っていたが、思い出したようにノエルが「あっ」と言うので、抱き締めた腕を少し緩めて上を見上げた。


「どうしたの?」

「あー、実は人を待たせているんだ」

「人? なら、早く行った方が……」

「そうじゃないんだよ」


 仕事に関することだろうと思ってここを去るように促すが、首を振られて目をしばたたかせた。

 ノエルは何故か申し訳なさそうに私を見、次いで大きく声を張り上げた。


「もういいですよ」


 え? もういいって? 誰かがここにいるの? それだと、さっきまでの会話を全部聞かれていたことになるのだけど……。

 まさか、そんなこと。最初からいたなんてこと、ないわよね? 最初からだとしたら、キスしていたのも……?


 ノエルとどんなことをしたか、話したかを思い返している間に、待たせていたという人は小屋の陰から現れた。

 その人物は、予想だにできなかった人だ。

 私より両親に愛されていて、明るくて、溌剌としている可愛らしい子。


「――リリア?」


 いつも笑顔の妹は、今はしおしおとうなだれて小刻みに体を震わせていた。

 その目元が腫れて見えるのも、頬を涙が伝っているのも、髪が少々乱れているのも、見間違いではないようだ。


 サッと上を向いてノエルを見ると、困ったように頭を掻いていた。


「まだ泣いていたんですか、リリア嬢」

「……ノエル?」


 まだ?


「貴方が泣かせたの?」


 時々しゃくりあげている妹とノエルを交互に見て、ノエルが私から視線を逸らしたのをしっかりと目に焼き付け――


「やっぱり貴方に挽回のチャンスなんてないわ。どうか他の女性とどうぞ。二度と現れないで。今度こそ本当に」

「待ってくれ! 違う、泣かせた訳じゃない! いや、泣かせたと言えば泣かせたんだろうが……」

「くたばりなさい、人でなし」

「話を聞いてくれ!」

「言い訳は見苦しいわよ」

「急に人柄が豹変したけど、君ってそういう人だったっけ!?」


 もともとこういう人間だった気がするのだけれど?


 半目でノエルを下から睨めつけていると、妹から静止が入った。


「お姉様、違うの。ノエル様は、私に現実を教えてくれただけで……」

「現実?」


 説明を求めてノエルの横腹を小突き、促す。妹ではまともに説明できないだろう。

 気まずそうにしていたノエルは、諦めたように深い溜め息を吐いた。


「君を追いかけてすぐ、君のご両親にリリア嬢との婚約を解消するよう求めたんだ。リリア嬢にも、ちゃんとした説明をしてね」


 そうだ、両親の元へ行ったなら妹がその場にいて当然なのだから、婚約を解消する理由も伝えたのだろう。


「まさか、その時に酷いことを言ってリリアを……?」

「違うよ? ただ、俺がソフィアのことしか見られないことを告げただけ。ついでに、記憶が混乱した俺に真実を伝えても何も損することがなかっただろうリリア嬢は何故伝えてくれなかったのか、と少々詰問した」

「それは……」


 そういえば、何故なのだろう?

 首を傾げて妹を見るが、とてもつらそうな顔をしているので出かけた言葉を飲み込んだ。

 しかし妹はまだ弱々しい声音ながら、強い眼差しで私とノエルを見つめてきた。


「お姉様、ノエル様。私は二人に謝らなくてはいけません。――申し訳、ありませんでした……!」

「リリア……?」


 訳が分からず戸惑う私に、ノエルがリリアを右の手で示し、


「リリア嬢は俺に一目惚れしていたそうだ」

「一目惚れ……」

「だが俺は君を愛していて、君しか見ていなかった」


 ここで頷くのは、自意識過剰に思えて嫌ね……。


「君は感情が表情に出にくいから、リリア嬢は君が俺をどうでもいいと思っていると勘違いしたそうだ。自分の方が俺を愛しているのにという悔しさを感じながら過ごした数年だったが、そんな矢先に俺が事故に遭い――」

「両親が妹を婚約者だと紹介したのを、利用したのね……」


 なるほど、そういうことだったのか。

 つまり私がノエルへの想いを口にしていなかったことに原因がある、と。


 ふむふむと相槌を打つ私に、妹は泣きながら頭を下げている。

 そんなに謝ることはないと思ったが、しかし妹が状況を利用しなければ、とも考えてしまい、どう言えばいいのか分からなくなる。


「お姉様がノエル様を愛しているって、普段の様子から分かることはあったの……! でも見てない振りをして、勝手に妬んでた……! ノエル様が私を婚約者だって認識してくれたのが嬉しくて、お姉様は何とも思っていないように毎日過ごしてたから……! あんなに苦しんでたなんて、私……私……!」


 更に更に涙を溢れさせて膝からくずおれた妹に、私は近寄っていいのだろうか。

 妹が愛しているというノエルと結局結ばれようとしている私がこの子を支えようとしても、いいのだろうか?


 踏み出そうとした足を止めて迷う私の背を、ノエルは優しく押した。


「――君達は善くも悪くもご両親の都合のいい子になりすぎた。ソフィアは流されやすく、リリア嬢はご両親の甘さを愛と捉えるように。だからどちらにも責任はあるよ」


 背を押されて妹まで辿り着くと、泣いていた優しい子は恐る恐る顔を上げた。

 その表情は、許しを乞う子供そのものに見えた。

 貴女がそこまで責任を感じる必要は、ないでしょう? そんなに、悲痛に顔を歪めるほど苦しむことじゃ、ない。


「……ごめんなさい、リリア。私は貴女の気持ちを知ろうとしなかった。ノエルの言う通り、悪いのは貴女だけじゃない」

「お、ねえさま……!」


 すすり泣きながら抱き着いてきたリリアを抱き締めてノエルを見ると、彼は満足そうに頷きながら腕を組んでいた。


 彼が事故に遭ってから色々と大変だったけど、リリアと本当の意味で仲良くなれるなら、この一年は無駄じゃなかったかもしれないわね。


 幼子のように泣き声を上げるリリアの背を優しい撫でながら、私はほっと息を吐いた。








 その後、私はノエルと式を挙げた。学園のパーティの二ヶ月後のことだった。

 私達の式に参加したリリアもそこで縁があったらしく、毎日相手のことでのろけている。

 両親については、これまで通りだ。私よりリリアを可愛がっている。しかし私達姉妹が以前より仲良くしており、自立するようになってからはあまり関わらなくなっている。


 愛する人と婚姻を結ぶことができて早半年。

 夫は伯爵として働きながらも、愛妻家としても名を広めている……らしい。

 何でも、のろけるときにまず口にするのは




 月の光のような妻は、ずっと仄かに輝いてくれているんです――俺のために






















 ここで完結となります。お読みいただきありがとうございましたm(__)m

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