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第二話


 それから彼は、度々妹と一緒にどこかへ出かけた。

 何をしに行ったのか、どこに行ったかなんて知らない。私には知る権利がないのだから。

 私は、彼の婚約者の姉。ただそれだけだ。


 周りの人達は、彼が私ではなく妹と一緒にいるのを見て、納得したように頷く。

 彼は社交界でも人気の人だ。若く、美しく、溌剌としていて、仕事のできる万能な伯爵。人気がないほうが不思議になるだろうくらいに、凄い人だった。

 そんな彼が、こんな冴えない私と婚約しているのは、端から見ても可笑しかったのだろう。

 世間が私達に向ける視線は、ただただ納得したものなのだ。私を見下す目すら、ない。




 そうして時は過ぎ、一年が経過した。

 私はもう少しで学園を卒業する。本来なら卒業してすぐ、彼と式を挙げる予定だった。

 そんな予定があったことなど、もう誰の記憶にも残っていないのだろうけど。


 彼と妹は相変わらず、仲睦まじい。

 彼の記憶が『異常』に戻ることなく、二人は相思相愛で幸せそうに過ごしている。

 妹は最初、私のことを気にかけていたけれど、彼の記憶が元に戻りそうにないことと、彼に愛されていること、それらの要因により彼の婚約者として振る舞うことに躊躇いがなくなったようだった。

 私が以前通りに過ごしているのもあって、気にならなくなったのかもしれない。


 私の感情に機敏に反応できる人なんて、彼しかいなかった。人より表情が変わりにくい私の表情を読めるのは、私をよく見ていた彼しか。


 あぁ――愛していた。彼を。


 しかしこの感情を誰かに言ったことはない。

 これからも、言うことは、ない。






 その日は、屋敷に私以外いなかった。父は仕事へ、母は友人の茶会へ、妹もまた友人と遊びに。

 そんな時に客人が来れば……私が応対するしかない。使用人にさせる訳にはいかないから。

 そう、誰がやって来ても。

 例え、彼がやって来ても……。



「申し訳ありません、リリアがいないことを知らずに来てしまって」

「いえ、こちらこそ、大したおもてなしもできずに申し訳ないです」


 彼は私が入れた紅茶を美味しそうに飲み、にこやかに会話を進めていく。


「お義姉さんとはあまり話したことがなかったので、こうして話せるのは嬉しいです」

「そうですか。ありがとうございます」

「リリアと違って、とても落ち着いているんですね。貴女を妻にする人は、きっと安心して家を預けられるんだろうな」

「……いいえ、リリアの方がきっと、良い妻になれます」


 奥ゆかしいんですね、と私を褒める彼は、これ以上ないほど好青年だ。

 本当は、こうでなかった。いや、外向きの姿はこうだったけど、もっと、腹黒くて、いつも政治について語っていて、私以外の人の方が美しいのに、私ばかりを見ている、変な人だった。

 あんな姿より、今の方が綺麗だ。彼は綺麗になった。

 妹に見合うような、心の美しい男性になった。


 もしかすると、神様がこの人を変えたのかもしれない。妹への最大の贈り物として、見合うように。

 だとすれば、そのために神様が彼を作ったのだとすれば。



 私の婚約者なんて、最初から存在なんかしていなかったのだ。



 彼からの愛は全てまやかしだった。

 だから私は何も失っていなかった。妹は初めから全てを持っていたのだ。

 彼を失ったと思った一年前の自分に、笑いが込み上げてくる。


「? ……お義姉さん?」


 堪えきれずに口角を上げた私に、彼が不思議そうに声をかけてくる。

 その様子が私を心配しているものだと分かるのが、つらい。

 他の誰も私に視線をくれることなどないのに、妹の婚約者になった彼が未だに私を見ているとは。

 もう気にしなくていいのに。私のことを気にする貴方は、もともと存在していなかった。


 ――そうでしょう? 神様。



「……いえ、少し、思い出し笑いをしてしまいました。はしたないところを見せてしまい、申し訳ありません」

「それなら、いいのですが」


 今度は不審そうに私を見ている。


「……なんだか、悲しんでいるように見えてしまったので」


 あぁ、なんてことだろう。私のことは忘れてしまったのに、表情の読み方は覚えているのか。

 もういいから、これ以上希望を持たせないでほしい。他の人と同じように、私を見ない人になって。

 そうすれば、きっと。

 きっと、もう傷つかないから。



「……気のせいです、ノエル様の」


 そうやって微笑んで、ありもしなかった愛の記憶を忘れて、誤魔化して。

 妹のための世界に、私も入ろう。


「お義姉さ――」

「何か茶菓子を出しますね、ノエル様。妹ももう少しで帰ってくるでしょう。きっと喜びます、愛する人に会いに来てもらったのですから。私からも、お礼を言います」

「待っ……」


 彼の台詞を聞こえなかった振りをして、部屋を退出した。

 本当なら相手の言葉を途中で切るなんて失礼極まりないことだけど、彼は優しいから許してくれるのだろう。

 過去と違う、今の彼の優しさは、万人に共通するものであって、過去のように裏があるものではない。私に本音を言ってきたような、そんな人は今の彼にはいない。

 ――そこに、何か救いがあるわけないけど。





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