第一話
私には、妹がいる。
神に、世界に愛された、可愛らしい私の妹。
愛らしい顔立ちに純粋無垢な笑顔は誰もかもを惹き付け、愛される。
対する私は無愛想で、何の取り柄もないただの女。妹と似た顔立ちも髪色も、何故かくすんで見えるよう。
こうして自覚できるほどなのだから、本当に何もない。ひたすら空っぽの女だ。
当然、こんな私では愛されない。光り輝く妹がいるのに、どうして私なんかに目をくれるものか。
けれど唯一、私に目線をくれる物好きがいる。妹より私を構い、微笑みながら『可愛いよ』と言ってくれる、物好きな――私の婚約者。
だがそれも今や――
過去の話に、なってしまった。
いつも通り学園で勉学に励んでいる最中のことだった。
突然、教室に入ってきた先生に言われたのだ。婚約者が仕事中に事故に遭ったと。
私は思わず最悪の想像をして体を震わせたが、先生によると頭を打っただけだという。
ならば大丈夫か、と先生の言葉から判断し、胸を撫で下ろしたが――『大丈夫』なんかではなかった。
正確に言うなら、私が大丈夫ではなかった。
私が通っている学園は、彼が入院したという王都の診療所に近い場所にある。だから学園が終わったらその診療所に向かった、のだけれど。
彼がいるという部屋に向かい、そこで見たのは、妹と彼が仲良く手を繋ぎながら談話している姿だった。
「え……?」
談話だけなら、分かる。私より早く学園が終わった妹が彼のお見舞いに来て、それから話しているというなら。
でも、何で手を繋ぐの? 男女が、婚約者でも夫婦でもない男女が、どうして触れ合っているの?
「あっ、お姉様!」
そう言って笑顔で私に駆け寄ってくるのは、とても可愛い妹。先程まで彼の手を握っていた手で、今度は私の手を握りしめている。
「リリア……? 彼は、その……」
「ノエル様のこと? 今、ちょっと記憶が混乱しているらしいの」
「リリア」
眉尻を下げて寂しそうな様子の妹に、彼が優しい声音で話しかける。
……今まで、呼び捨てでなんて、なかったのに。
「すまないね、リリア。自分の婚約者のことも分からなくなってしまうなんて……」
「そんな……! ノエル様が気にすることではありません」
パッと頬を染めながら彼を気遣う妹は、美しい。容姿も心も、何もかも。
でも、違う。何か一つのことが、変わってしまっている気がしてならない。
「あの……」
「うん? あぁ、貴女はリリアのお姉さんですね? よく世話になっていたようで……」
「いえ、そんなことは、ないです」
むしろ私が、貴方にお世話になっていたのだけれど。
それに、何でそんな他人行儀なの? どうして……どうしてリリアを名前で呼ぶのに。私を、リリアの付属品かのように……。
まるで、他の人と同じように言うの?
今の優しい笑みは、今までの彼のようで、彼でない。記憶が混乱していると、ここまで変わってしまうのか、普通?
「ノエル、様……。私のことを、忘れているの……ですね」
今のこの状況を信じたくないのか、信じられないのか。はたまた、もう理解しているから確認しようとしているのか。
私の口からは無神経な言葉が飛び出した。
妹が私に悲しい視線を向けてくるのが、痛い。何でそんなことを言うのかと、彼が今悩んでいることについて、事実を突き刺すのかと、目で訴えてくる。
彼も申し訳なさそうに目を伏せ、「えぇ」と頷く。
「主に自分の人間関係について、混乱しているようでして。しばらく、婚約者が誰なのかも思い出せませんでした」
その婚約者は今、目の前にいるでしょう?
貴方がずっと、うるさいくらいに構ってきた婚約者が――。
「リリア……結婚するまでに、君のことをちゃんと思い出すから」
――これで、世界は『正常』になった。
全てが妹を愛し、全てを妹が愛する、優しい世界に。
そこに私はいなくて、私以外は幸せになるのだろう。
もう――いいのだ。とっくに諦めていた。彼が異常だっただけ。
こうして、妹が唯一手に入れられなかった彼は妹のものになり――私はついに、全て失った。
伯爵である彼の元に嫁ぎ、彼に愛されるのは妹になったのだ。
だから――記憶が混乱している彼に、両親が妹を『貴方の婚約者だ』と紹介したのを後で聞いても、何も、感じなかった。
もう何も、感じられない。
感じたく、ない。