〜安土桃山の勇者様(6)〜
ーー耳を劈くような無数の雄叫び。
躊躇うことなく、荒廃した建物を後にし、夜になり始めている空の下に千夜は現れた。
(これが、人類の敵か……)
一言で言うと、敵は巨大だった。
元々千夜が小柄だという所以での感想ではない。どんな背丈を持っていようと、必ずそう思うに違いない。
人間をはるかに凌駕する巨体に、それぞれ色は異なっているが、大きな翼。
さながら、竜のようだと言っても過言ではない。
(こいつらに、剣は通用するの?)
巨軀を持っているゆえ、攻撃はしやすい。だが、その大きな体を包む鱗を果たして、斬り刻めるのか。
ーー答えは、おそらく否だ。
ならば、どこから攻撃すればいい。
(……弱点は、あるのかなぁ?)
目を眇め、ゆらりと剣を構えた時だった。
気配を消していた千夜が殺気をあらわにすると、近くにいた敵が唸り声を発した。
「きなよ、俺の獲物」
柔らかく微笑み、その瞬間、体を跳躍させた。
獰猛な赤い目をした敵の一匹が、千夜に牙をむいた。
そんな敵のようすに少しも焦ることなく、彼は疾風のごとく敵の足、胸元、そして長い首をつたい登り、すかさず剣を翻した。
ーーが。
ーーキィィィン!!
まるで、強固な鉄に攻撃したような衝撃音だった。
尋常ではない。こんなに硬い鱗など。
「まあ、でもどこかしら急所はあるよね」
なんて楽観的な考えだろうと自分でも思う。
そんな簡単に、相手が教えてくれるわけがない。
ーー否。
(教えられてもこまるよなぁ)
弱点などがあったら、一瞬で片がついてしまう。それではちっとも面白くない。
素早く動き回る千夜に、苛立ったらしく、敵は鋭い咆哮を放ちながら再度、彼におそいかかった。
千夜の背丈の三倍はあるに違いない牙を振り下ろしてくる敵に、千夜はどこか妖艶に笑った。
月光が闇の中で軽やかに踊る千夜を照らし出した。
(だって、たくさんの血が見れないんだもの!)
再び、金属の衝突音が闇夜にこだました。
周囲にいた他の敵達が、凶暴な目で千夜を取り囲み始めた。
千夜は、登っていた漆黒の翼を持つ敵のもとから身軽に地面に着地した。
そして、優雅な動きで立ち上がり、自分を囲う数十体の敵を前に笑い、鋭利にひかる剣を構え直した。
***
キィィィン、と刃のぶつかる音が、この荒廃した建物の中まで聞こえた。
「ほんとうに、戦っているの?」
ありえない。たかが人間一人でたおせる相手ではないと言うのに。事実、幾数、幾百、幾億という命は数日間で消し去られてきた。
あらゆる部門で発展したこの時代。なのに。呆気なく人類は衰退していった。
ーー本当は知っていた。
日本の国民は、数日間で全滅したという事を。
理香を一人残して。
なぜ、自分だけが生きのびられたのか。
なぜ、自分が敵を前にして殺されなかったのか。
なぜ、自分を見た瞬間に敵は首を垂れたのか。
それは知らない。考えたってちっともわからない。
ただ、これだけはわかる。
(奴らは、敵。憎むべき敵。殺し尽くすべき敵)
だって、理香の大切な人たちを無惨に殺したのだから!
「報いを受ければいい……」
暗い笑い声と共に理香は、千夜の元へ駆けだした。
***
「ちょっ、本気?理香ってば」
突然、荒れ狂う敵達の前に姿を現したと思ったら、あろうことか、理香は懐に隠していたらしいナイフを手にした。そして、そのまま彼女は敵の足元に切りかかったのだ。
(なんて、無謀なんだ)
かの時代で、裏の剣豪と名を馳せた自分でさえ、正直に言うと苦戦しているというのに。
ましてや、彼女は全くの素人に違いない。
ナイフの構え方、攻撃のスピード、身のこなし、どれをとっても、彼女は武術の無経験者であるという事を明確にしていた。
だがーー。
(面白いなぁ)
初めて出会ったかもしれない。
激しい憎悪と悲壮を抱きながらも、真っ直ぐに敵へと恐れることなくたちむかっていく少女など。
いや、本当は恐れているのだろう。
しかし、清々しいまでに恐れや怒り、そして悲しみを刃に変える姿に、千夜は一時、ここが戦場であることを忘れ、高揚し、また、目を奪われてしまった。
(気にいったよ……)
汚れた自分にふさわしい主だ。
破滅の乙女。
ーー暗い執着が芽生えた瞬間だった。