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腹黒乙女と12の時代勇者様  作者: 朝月ゆき
【一章】 黄の乙女は始まりを知る
7/24

〜安土桃山の勇者様(5)〜

一瞬、なにを言われたのか全くわからなかった。

とても理解しずらくて、笑ってしまうくらい。


「ねえ、あなた正気?本当になにを言いたいの?」


少年ーー否、青年は薄く笑うだけ。


「正気かどうか心配されるのは君のほうだよ、理香。君のお母さんは、もう死んでるんだよね?これは、確信だと思うけど」


本当に、なにを言っているのか。


「だって、戦う術が発達したこの時代の人間みんないとも簡単に死んじゃったんだよね?

だったら、君のお母さんだけが生きていた方がおかしい。それにーー」


淡々と告げた後、千夜が一度言葉を切り。

彼が、体を固まらせる理香の首元に端正な顔を寄せた。

暖かいはずの息が今は冷たく理香の耳元にかかる。


「なにより、君という破滅の少女がそばにいたんだからね。絶望を呼ばないはずがない。そうでしょ?」


ーー破滅の少女。

なんで、そう呼ぶの。


「ちがう!ちがう!ちがう!お母さんは死んでなんかいない!今も優しく笑って生きているんだ。おかしな事いわないでよ!!」


でも、思い出せない。

いつ、母親が暖かく笑ってくれた?

いつ、母親の優しい声を聞いた?

いつ、母親の手を引いてやつらから逃げた?


「あれ…………?」


よく考えたら、なにも分からなかった。


「……理香」


憂いを孕んだ千夜の声が遠い。

視界が真っ暗になる。全身から血を抜き取られる。

やがて、唇が震えた。


そうだったのか。

やっと理解した。


自分は、現実を否定したかったのか。ずっと。無意識に。

だから、母親の最後を思い出せないでいた。

母親は生きていると思いたかった。

たった一人の家族。それは、奪われたのだ。


ーー鮮血のような赤い目をした奴に。


あの目、あの髪、あの顔。よく忘れられたものだ。

それほどに、現実を直視したくなかったのか。

ーー戻された正気。

そして。


(よくも………)


震える握った拳。

忘れたくても忘れられないあの惨劇。

思い出すのは、言いようの無い悲しみ。そして。


(ーー絶対殺してやる)


ーー憎しみ。


***



千夜は、目の前の少女が狂気を芽吹かせたことにつよい愉悦を覚えた。


そうだ。落ちて来い。こちら側に。底なしの暗闇へーー。


光しか知らないやつなどいらない。お優しいだけの人間なんてつまらない。綺麗事ばかり並べる者など論外だ。

そんな奴らはみんな殺したくなる。

だから、自分の腕の中で泣いていた理香にはひどく嫌悪した。顔にはでていなかったが。でも、確かに彼女を嘲笑い、煩わしく思った。

しかし、こんなにうるさく泣く事しかない小娘が破滅の乙女だと聞き、仕方なく片膝をついた。

本当に不服で苛立った。


だが、今の彼女には悪感情はなかった。憎悪や狂気を宿した者は最高だ。同士だ。

そのうえ、この少女は破滅を呼ぶ娘と言われている。本当に最高だ。皆に絶望を与えるなど、面白すぎるだろう。


千夜は自分の時代では闇業を営んでいた。

一筋の光さえ差し込まない暗黒の世界。

光なんていらない。おぞましい。憎い。


「ーー理香」


「…………」


彼女の名を呼ぶが、返事はなかった。

その事に微かだが苛立ちを覚えるもの、感情を制御できない千夜ではない。

それより、成すべき事がある。


「理香、ちょっと手を貸してくれない?」


「…………なに」


ようやく意識をこちらに向けた理香に、はい、と紫の石を渡した。

そう、これはアメジストと言う石だ。


「今から俺が言う事に従ってね」


そういうなり、腰を上げた千夜は理香の両腕をつかみ、立ち上がらせた。

訝しげにする理香に千夜は優しく笑い、自身の腰に下げていた剣を音もなく鞘の中から抜き放った。


「なっ!?」


「あー、大人しくしていてね」


ふふ、と笑い、千夜は右手に構えた剣の先端を、茫然とする理香の左手の指にゆっくりと重ねた。

そして、鋭利な剣が闇のなかで一瞬の閃光をはなった。


「…っ!!」


突如襲った鋭い痛みに理香は、呻き声をもらし、そして、血のついた剣を片手に悠然と佇む千夜を睨んだ。


「なにすんのよっ!!」


いきなり切りつけられた意味がわからないのだろう。苛烈な光を宿した漆黒の瞳が千夜を射ぬく。

そんな彼女に、千夜はごめんごめんと苦笑いを浮かべる。


「でも、こうしないといけなかったんだ。多分…」


「はぁ?」


「これできっと、石が働きだす」


怒りと戸惑いをあらわにする理香の手に握られているアメジストに、視線をおとす。

理香から流れた一筋の血がゆっくりと彼女の指をつたい、そして、アメジストに覆いかぶさった。

途端。


「え……?」


突然、アメジストが赤い輝きを四方に放った。その光が理香と千夜の顔、そして、建物の中を幾度も照らし、ぐるぐると回る。

やがて、ばらばらだった光の筋がひとつになり、理香だけに輝きを向けた。


「これは……」


一体、なんだと瞠目(どうもく)する理香に、千夜が赤の石を見据えたまま、簡単に説明する。


「時越えの勇者が主となる人に捧げる誓いの証なんだって。でも、普通に渡すだけじゃだめだったみたい

思っただね。だから、主となる人の何かにーー例えば、血とかに反応するのかなと思ったけど、あたりだった」


血に反応するのでは。そう思ったからのさっきの行動だったのか。目でそれを訴える理香に、千夜はもう一度謝っておく。


そんな事を繰り広げていると、アメジストが突如、理香の手の中から抜け出し、宙に浮いた。

そして、アメジストはそのまま千夜の手元まで浮遊していった。

生温かい血の石を片手で固く握った。次に、それを自分の唇に運ぶ。

千夜は、アメジストにかるく口付けを落とした。


(色々含ませてしまったな)


口付けと共に様々な感情を石に流し込んでやった。

石は、この行動により、やがて、面白い事を起こし出してくれる。

例の者にそう教え込まれたのだ。

この石は、従属する方のどんな感情も飲み込み、主につよい影響を及ぼす。

忠誠の証など、ただ与えるだけの理屈にしかすぎない。

本来の役割はもっと別の事。もっと凄いもの。

それは、彼女は知らない。ーー否、知られてはならない。


(これでは、どっちが主なのかわかんないよね)


だが、面白い。

こんな事は決して自分がいた時代にない。


(こんな物があったら、戦国の世がもっと荒れちゃうな)


まあ、それはそれで面白そうだが。


千夜から意思を託された赤の石は、もう一度浮き、理香の元へと戻る。

アメジストは、石が光り、挙句の果てには飛んでしまうというあり得ない光景に放心する理香におかまいなしに、彼女の胸元に寄った。

そして、石は引かれるように彼女の体に静かに入り込んだ。


「………あ、あぁ」


あまりにも非現実的な出来事に理香は声を震わせることしかできなかった。


体内に石が入ったというのに、痛みはないようだった。血も流れなかった。


「ほんとうにこれであってたのかな?」


今の所、理香にはなんの反応もみられない。

ただ、理解しがたい状況に恐怖を滲ませているだけ。

だが、効果を発揮するのは今ではないという事だけかもしれない。

例の者に詳しい説明をきかなかったらなんとも言えないが。


「まあ、いっか」


効果があらわれる時を楽しみに待っておこう。

そう、ほくそ笑んだ時だった。


ギィィアアアアーーーーー!!


「 「!?」」


外から尋常ではない大きさの雄叫びが聞こえた。

さらに、今の獣のような叫びに続くように、後から何回、何十回と無数の叫び声が建物の中にまで反響した。

間違いない。これは。


「奴らがきた……」


理香の呟きを拾うまでもなかった。

襲ってきたのだ。おそらく、千夜達を食らうために。今より、千夜の敵となる者たちが。


最初の不意を突いた雄叫びには驚かされたものの、今、 響きわたる凄まじい怒声と、大地を揺るがす巨大な足音に千夜はみじんも怯むことはなかった。

むしろ、軽く愉悦さえ覚えた。


片手に納められていた鋭利な剣を一度だけ撫で、優美ささえ感じる動きで、それを構えた。


「さあ、楽しもうか」



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